結果オーライな幸せ


丈夫じゃない身体

私は小さな頃から食べることが大好きで、豪快に食べ続け現在に至っているのですが、胃が弱い為よく胃を壊しては食の自粛余儀なくされていました。
食べられないこと胃の痛み辛かったのですが、そんな強制的な自粛の機会定期的
にあったから、深刻な生活習慣病などに至らずに生きてこられたのだと考えると「そんな体質でかえって助かったなぁ」と思えます。
よく食べ活発に行動する割に、寒さに弱く風邪を引きやすかった若い頃の私は、季節の変わり目に発熱して寝込み、その度に「もっと丈夫な身体だったら楽なのになぁ・・・」と思っていました。
故郷を離れての独り暮らし具合が悪くて寝込むのが、特にしんどかったです。

経験からの学び

マンションで一人きりで寝込んでいると、不安な気持ちに負けてつい弱気になり動けなくなってしまいますが、そんなことではいつまでも回復しないので『どんなに怠くて食欲がなくてもとにかく食べる』という強い意志を持ち、気合で食べて乗り切ってきました。
なので、普通の人は風邪を引くと体重が減少するところ、私の場合は必ず体重が増加していました。
そんな経験を何度もする内に、独り暮らしで寝込んだときのツラさ回復に向けての対処法摂りやすい飲食物がわかってくるので、独りで寝込んでいる人がいたら適切な差し入れや対応ができるようになりました。

きっと必要だった経験

そんな知識があることで、自分の娘が風邪で寝込んでいるときも、看病をする母親としては精神的に楽でした。
自分が経験してみないとわからない気持ちや見えてこないことが、世の中にはたくさんあるので、もちろん病弱な身体よりは丈夫な身体の方がいいけれど、自分が何度も寝込んだ経験があるからこそ学べたことがあったのだと考えれば、マイナスばかりではなかったと思えます。
具合が悪くなる前兆身体のサインにも敏感になり、予防策早めの対処ができるようになったので、相変わらず丈夫な身体とは言えないけれど、今では風邪などで寝込むことは滅多になくなりました。


大切なルール

私は独りで行動することが苦にならず、人の言動に左右されない性格なので、それなりに自分の思う道を歩めているような気がします。
『素直に言う通りにしていたらそんなことにはならなかったのに』という状況や、強烈な個性の持ち主と衝突して散々な目に合うこともありましたが、そんな平穏ばかりではない道を歩んできたからこそ、打ちのめされた状態から這い上がって立て直す術を学び、強くなれたような気がしています。(キャッ★)
私は『自分で選択したことは、たとえ悪い結果でも後悔したり人のせいにしたりせずに潔く受け入れ、現実をしっかりと捉えた上で立て直す。』という、自分のルール大切にしています。

直感的な確信

周りに勧められるまま就職した金融機関を辞めて、憧れていたアパレル業への転職を考えたとき、私に賛成する人は誰もいませんでした。
不況のあおりを受けてアパレル業界の景気は早い段階で低迷しており、金融機関勤務と比べると私の収入や待遇は確実に下がる状態だったので、それも当然でした。
それでも転職を決意したのは夢だった憧れの仕事
を通して意欲的に多くを学び成長していける自信と、刺激的でワクワクする日々を送れるという直感的な確信があったからです。
『収入』よりも『幸福感』重きを置いたその選択により得た、あの発見だらけの充実した日々は、私の『人生の宝物』です。


価値観と視点

私は『食べる為に働く』という言葉が、正直ちょっと苦手です。
実際に人間は食べなければ生きていけないので、その為のお金はもちろん必要ですが『働く』ということをもっと違う捉え方若い人たちに伝えていけないものかと思います。
自分の娘には「興味があるから経験してみる」とか「好きだからもっと知りたい」とか「こんなことができる人間になりたい」とか、そんなポジティブな気持ちベース『働くこと=挑戦ができるということ』という感覚で、自分の人生を楽しむ為の仕事の選択をして欲しいと思うので、人生には教科書なんてなく様々な価値観や視点があるのだということを伝えていきたいと思っています。

覚悟と大正解の選択

『1か所で長く勤続するのが良い』という考え方や『1つの職業しか知らないなんてつまらない』という考え方があったりします。
『就職=ゴール』ではなく、働きながら勉強したり、一度働いてお金を貯めてから学校に通って学び資格を得たりと、上を目指す為の努力それぞれのスタイルで継続する人も少なくないと思います。
『仕事』『働くこと』の捉え方は本当にいろいろなので、選択に迷ったときに一番役に立つのは『自身の覚悟』なのかもしれません。
親や周りの人から見れば、収入や待遇が下がった私の転職『愚かな選択』だったかもしれませんが、私にとっては間違いなく『大正解の選択』でした。


育児という修行

私は若い頃、子供が嫌いでした。
『苦手』ではなく『嫌い』という表現がピッタリで、なるべく関わらないようにしていました。
なので、自分が母親になる将来なんて考えてもいなかったのですが、そんな私も現在『母親10年生』として、娘がいてくれることに感謝幸せを感じながら生きています。
お腹に赤ちゃんがいるとわかった瞬間から、自動的母性本能のスイッチが入り、自分でも驚くほど意識が変わりました。
出産はもちろん大変でしたが、産んでからの3~4年の方がもっと大変でした。
ずっと同じ大変さが続くなら慣れるのですが、子供の成長と共に大変さの質が変わるので、常に振り回されているような感覚でした。

過酷な肉体労働

最初は約3時間おきにお腹が空いたと泣いて起こされ、ほとんど眠れないという悲惨な状態でした。
月齢が上がると感情表現でよく泣くようになり、泣き止むまであの手この手で必死にあやし、娘が動き回るようになると怪我や誤飲などの危険があるので目が離せず自分のタイミングでトイレにも行けない生活でした。
娘が成長して活発になればそれに伴いこちらも体力勝負となり、30代で出産した私にとっては過酷な試練の日々が続きました。
「子供は早いうちに産んだ方がいい」というのは、産むのが難しくなるという意味合いよりも、産んだ後の数年はかなり体力を要するという意味合いの方が強いのだと私は思いました。

母親の悩み

何も知らなくて何もできない真っ新な状態の一人の人間守り、全てを一から教えできないことをできるようにしていくのは、とても責任重大なことに思え、私は毎日『必死』でした。
育児の参考書数冊購入し、一通り読んで自分の考えや育児方針に合いそうなもの抜粋したり、どんな食べ物教育が良いか情報収集をしたりと、いろんなことに試行錯誤しました。
子供の性格や特徴、また母親の性格や生活環境にもより、育児に関する悩みや考えはそれぞれで、私の場合はずっと家で育児に専念していたので特に、娘のいろんなことが目につき、次から次へと悩み事が尽きませんでした。


忍耐の日々

娘は鈍くさいところがあり、私の予想をはるかに超えた失敗斜め上の余計な行動をするので、ひたすら後始末と忍耐の日々でした。
「子供は何度も失敗を繰り返しながら学んで成長していくのだから仕方ない」とわかっていても、できない子供に対して我慢できず「何でできないの!」とつい口にしてしまい、娘に対する罪悪感自己嫌悪落ち込むということがよくありました。
そんな繰り返しの中で私は『許す心』『見守る我慢強さ』重要性身をもって知り、少しずつですがそれらを身につけられた気がします。
それは現在も続いていて、様々なことに対して『我慢の訓練中』といったところです。

人生はミラクル

子供が一年一年成長するにつれ母親歴は長くなりますが、つねに未知の新たな一年なので、子供が成長の過程でどんな変化を遂げどんな対応が必要になるのかというのは、どのお母さんもずっと手探り状態なんじゃないかと思います。
そんな日々の積み重ねにより私は、まずは許そうとすることを心掛け『できないという事実を責めるよりも出来るようにする為の工夫をしよう』と考えるようになりました。
『子供嫌い』で、そもそも結婚にも興味がなかった私が結婚母親になり、強い母性本能で育児に励み、悪戦苦闘して泣きながら『忍耐力』『許す心』を身につける為の厳しい修行をすることになるなんて、私にとってはもの凄いミラクル「人生って本当にわからないものだなぁ」と思います。

幸せは自分次第

こうして振り返って考えてみると私の人生には結果オーライなことがいっぱいで、いろんな幸せに恵まれており、何だかお得な気分ウキウキしています。
もしかすると誰でも、過去のいろんな経験をポジティブに捉えれば、実は『結果オーライな幸せ』がたくさん見つかるのかもしれません。
例えそれが「ちょっと強引かな・・・」と思えても、それで自分が幸せな気分になれるなら、それもまた『結果オーライ』アリだと私は思います。
『幸せ』ってきっと解釈の仕方ひとつで、良い方向に解釈した者勝ちなんだと思います(^-^)