日々の学びから


白髪の対処法

私は家系的に白髪になりにくい髪質50代になった今も白髪が比較的少なく髪を染めたりせずに過ごせています。
ドライヤー焼けして少し茶色っぽくはなっているものの、黒っぽい色なので白髪があるとけっこう目立ちます。
そんな白髪を見つけてはピンセットで抜くのが私の密かな楽しみで、白髪だけを上手につまんで根元からしっかりと引き抜けたときの達成感と、気になる白髪たちを排除して見た目を黒髪に整えたときのやりきった感がたまらなく好きでした。
先日、美容室で白髪の話になり白髪を抜いていると話したら『白髪は抜いてはいけない』ということとその理由を説明されました。


毛根の仕組み

1つの毛根からは1本の髪の毛だけが生えているのではなく、実は『成長段階の髪の毛』『成長しきって停滞中の髪の毛』『古くなり抜けていく髪の毛』3本がセットになって生えているのだそうです。
毎日、髪の毛が自然に何本も抜けるのに髪の毛の量が保たれているのは『成長しきって停滞中の髪の毛』が今度は『古くなり抜けていく髪の毛』となり、『成長中の髪の毛』が今度は『成長しきって停滞中の髪の毛』となり、新しく『成長段階の髪の毛』が生えてくるという定期的なローテーションになっているからとのことでした。
白髪の毛根から生えている3本の髪の毛は全部白髪という訳ではなく、3本の中の1本だけが白髪で他の2本は黒髪というパターンもあると聞き、私は衝撃を受けました。


美容師さんとの約束

白髪を1本抜くことで3本分の毛根を一気に台無しにして『成長しきって停滞中の黒髪』『成長段階の黒髪』までダメにしていたなんて、私は今までなんと恐ろしい事をしていたのでしょう。
せっかくの黒髪を温存する為には白髪を抜くのではなく根元に近い位置で切るのが正解なのだと力説され、美容師さんの「もう白髪は抜かないでくださいね」という強めの念押しに、私は「はい」と素直にうなずいて帰ってきました。
それからは白髪を見つけても抜きたい気持ちをグッと堪え、美容師さんのアドバイス通りに根元近くの位置で切るようにしています。
普通サイズのハサミだと1本の髪の毛だけを挟むのが難しく小さな眉毛カット用ハサミを使っていますが、不慣れなのでだいぶ手古摺っています。


桜の枝

私は今『WEBデザイン』の学校に通っています。
先月、学校の受付に120センチ以上ありそうな立派な桜の枝が飾られており、キレイな花を咲かせていました。
1週間程たって花がすっかり散ってしまった状態の桜の枝を見て、私は「もう片付けた方がいいよなぁ」と思っていたのですが、ある先生の「お花が散っても葉っぱは頑張って成長していますよ」という言葉を聞いてハッとしました。
私は、過去の仕事の習慣で『お客様の目に触れる箇所は常に美しく』という考えが今も自分の中に残っており、来客が目にする事業所の顔とも言える受付に萎れた花を飾りっぱなしにしておいてはみっともないという感覚で「花が散った枝は速やかに片付けた方が受付の印象が良い」と当たり前に思っていました。


学ぶ素直さ

私とは違い「花だけではなく葉っぱの頑張りも応援しよう」という植物の生命に対するリスペクトが感じられるその先生の考え方に、私は「なんてポジティブな捉え方でフォローする力に長けた人なんだ!」と心を動かされました。
私もかなりポジティブ思考で良い所を見つけるのが得意ですが、植物に対してそういった意識はなかったので勉強になり「頑張って生きているのに酷いことを思ってごめんね、桜の枝ちゃん・・・」と反省しました。
日々の生活には学びのチャンスがたくさん存在し、それらに『気づける力』『学ぶ素直さ』によって学びの量と質は違ってきます。
より学んだ方が人間的に成長できる気がするので、私はいくつになっても学びに対する素直さを失わずにいようと改めて思いました。


満たされている人

世の中には長期的から期間限定まで様々な集団が存在しますが、人が集まる所には他人のことを陰で話して面白がる低俗な人間が残念ながら必ずいます。
自信がない人満たされていない人ほど他人を批判して嘲笑見下すことで自分の方が上だと自他に認識させるのに痛いくらい必死になるものです。
『金持ち喧嘩せず』という言葉の通り、本当のお金持ちは他人と比べたり他人をひがんだりして争うことも自慢することもしません。
金銭的に恵まれて十分に満たされている人にはそんな発想自体がないからです。
心の豊かさにおいても同じことがいえると思います。
自分の存在価値肯定して心が十分に満たされている人は、他人の目評価を気にしてビクビクしませんし躍起になって他人を蹴落とすこともしません。


為にならないこと

他人のことを嗅ぎまわり個人の情報をコソコソと入手してネタにしては得意げに『情報通』を気取っている人とその周りのゴシップ好きの人たちは、そんな程度の低い真似を続けている限り人間的に底辺に位置し軽蔑されるということに早く気づいてやめた方がいいのになと思います。
他人をけなして勝ち誇ったところで、他人が努力して身につけた知識力人間力を奪ったり追い抜いたりすることはできず、どんなに優位を装っても実際には勝てないのです。
会話が流暢な社交家口の軽い人間は全く別物で、社交家は情報を制しビジネスで成功できますが、口の軽い人間は都合よく利用されて排除されるのがオチだと教わったことがあります。
薄汚い言動自分の為にならないということです。


人の評価

人脈についても、闇雲誰でも構わず関わるとロクなことにならず負の財産となるので見極めが重要だと教わりました。
確かにその通りで、他人のゴシップ悪口で繋がっている関係から建設的な事案は生まれませんし、とりあえず繋がっておけばいつか何かに役立つだろうという単なる利用目的雑多な繋がりに私は価値を感じません。
人の評価というのはSNSや世間話で繋がっていれば良くなり、長く関わりがなければ悪くなるというものではなく、例えばその人のことを聞かれる機会があったら「真面目な人だ」とか「仕事ができる人だ」とか「口が軽くて信用できない人だ」とか、その人がとってきた行動がそのまま反映されるものだと思います。
問われるのは薄っぺらい調子の良さではなく日頃の姿勢なのです。


御縁の断捨離

個人でも団体でも企業でも同じなのですが、私はどんなに興味があって自分からアプローチをしたのだとしても、感じの悪い対応不信感を抱くような対応をされたらその時点で興味関わる気もなくなります。
素敵だと思って入ったお店で店員に失礼な態度をとられたり一方的な決めつけでクレーマー扱いされたりしたら気分を害して二度と行かない、もうそのお店のチラシや情報は一切見ないというケースに似ているでしょうか。
ストレスになる要素とわざわざ関わる必要なんてありませんし、そのような流れになるということは、誰が悪いとかではなくきっと深く関わらない方がいい御縁なのだろうと私は考えます。
御縁にも良し悪しがあるので、心の平穏を守る為には維持することだけに重きを置くのではなく『御縁の断捨離』というリスク管理も必要です。
出逢い運命的な御縁ならば別離運命的な決断であり、何事も見極めが肝心なのだと思います。

皆様、笑顔でいられるようご自身の心を大切にしてくださいね (*^-^*)

WEBサイトの作成


最終課題

私は今『WEBデザイン』の学校に通っています。
最初の2カ月で『Photoshop(フォトショップ)』『illustrator(イラストレーター)』というソフトウェアを使用した画像加工広告媒体の作成方法を学びました。
『HTML』『CSS』というプログラミング言語を使用して自分でWEBサイトを一から作成するコーディングも学び、見本のWEBサイトと同じものを作り上げるという課題をいくつかこなしました。
そして、WEBサイトを低コスト比較的簡単に作成できる『WordPress(ワードプレス)』というソフトウェアの使用方法を学び、最後にWEBサイトを作る為の準備段取りの方法と、その重要さについて学びました。
今は見本なしの完全オリジナルWEBサイトを個々に作成するという最終課題に取り組んでいます。
私は以前から「いつか自分でWEBサイトやスマホアプリを作れるようになりたい」と思っており構想をいくつか練り続けていたので、今回はその中の一つを最終課題のテーマにしてみました。

自分なりの応援

私が作成しているのは福祉事業に携わる職員の方々の応援を目的とした『無料の画像提供サイト』です。
私は昨年まで高齢者向けの福祉施設で勤務しており、現場はすべき仕事がいっぱいで職員は常に走り回っている状況でした。
季節ごとのイベントや毎日のレクリエーションゲームの企画運営もしなくてはならないのですが、パソコンに向かって企画書チラシお祝いカードなどを作る時間なんてそうそうとれません。
『PowerPoint(パワーポイント)』も使えない環境で、限られた時間内に作業を終わらせるのは本当に厳しかったです。
働き方改革ということで「残業するな!」という企業が増えているようですが、業務量を減らすことなく残業もしないで今まで通りに業務をこなせと言うならば人員を増やさなければ無理なのに、残業をただ禁止するだけで業務量の見直し職員の増員がされていないままという企業も多いのではないかと思います。
そんな厳しい環境下で福祉事業に携わり、日々頑張っている職員の方々に少しでも協力できればと思い『無料の画像提供サイト』の作成を進めています。


肝心な準備

『WEBデザイン』の学習の総仕上げとなる取り組みなので、できれば『WordPress(ワードプレス)』という低コストで運営できる便利なソフトウェアを使用してWEBサイトを作成し、『HTML』『CSS』というプログラミング言語で一からコーディングをして、完全自力作成のWEBサイトも作成したいと考えています。
最初にWEBサイトを作成する為の準備として、必要なページの種類とそのグループ分けや繋がりの持たせ方をまとめたサイトマップワイヤーフレームという設計図を作成しました。
今まで課題として作成したWEBサイトよりもページ数が多くなりましたが、ずっと作りたいと思っていたものを作成できるのだから頑張って作り上げようと思います。
その後は提供画像とWEBページに使用するイメージ画像をひたすら『illustrator(イラストレーター)』で作成し続け、ある程度の数の画像を確保しました。

悩める優先順位

昨日からは『デザインカンプ』というWEBサイトの完成見本図を作成し始めました。
10ページ程のパソコン用WEBページ見本と、それぞれのスマートフォン用WEBページ見本で計20ページ程を作成する作業なのですが、実際に画像を配置して背景色などを設定しカラフルに仕上がった完成見本ページを見たらワクワクした気持ちになり、俄然やる気が増しました。
未完成のスマートフォン用完成見本ページを数ページ完成させたら『WordPress(ワードプレス)』でWEBサイト作成を始めるのですが、早く本番に取り掛かりたくて気がはやります。
私は自宅で『illustrator(イラストレーター)』が使えない環境なので、学校に通っている内になるべく多くの画像を作成しておきたいという気持ちもあり、自宅でも使用可能な『HTML』『CSS』コーディングをして、一から作るWEBサイトは学校じゃなく自宅で作り提供画像 の作成を優先させた方が合理的のような気もしています。


楽しい焦り

私の技術的な問題なのですが『PowerPoint(パワーポイント)』では『illustrator(イラストレーター)』ほど様々な画像が作れないので、学校で使える内に有効利用しておきたいといったところです。
また、学校でアドバイスを貰える内に自分の作品をまとめたポートフォリオの作成もしておきたく、学びたかった項目なだけにしたいことがありすぎて何を優先させたらいいか迷うところです。
また、画像の種類仕上げのスタイルも作成過程でどんどんアイデアが増えてくるので、時間がいくらあっても足りないような気がして焦ってしますが、こんな有意義で楽しい焦りならいくらでもアリかなとも思います。
ずっとしたかったことが実現できている私は幸せ者です。
毎年3月4月はしなくてはいけないことが多くて気持ちが落ち着かない上に、ストレスとなる出来事が続き精神力を消耗してしまいましたが、忙しさが大まかに一段落したことと春らしい陽気になってきたことで少し気持ちが軽くなりました。
楽しみにしていた鬼滅の刃の新シーズンが始まった嬉しさも明るい気持ちに拍車をかけ、バラエティー番組を観て笑う勢いも少し前よりパワーアップしてるように感じます。
久しぶりの穏やかな休日なので、今日はバラエティー番組を観て大笑いしながらシャンパでもいただこうと思います。

何事もない日々が一番の幸せだったりする、そんなお年頃です (*^-^*)

『健康診断』を受けて

  

いろんな想いで

先日、健康診断の結果を聞きに医療機関へ行ってきました。
私は12年前に今住んでいる地域に移住してから生活スタイルが大きく変わり、数年で移住前より15キロ太りました。
ですが、高齢者向けの福祉施設で働き始め激しく動き回る生活を送るようになってから、半年もかからずに8キロ痩せました。
訳あってその仕事を離れて半年程が過ぎ定期健康診断を受けて結果を見てみると、その仕事を始める前と全く同じ体重に戻っていました。
つまり、移住後に15キロ太った状態へと逆戻りした訳です。
自宅で体重を測定し大幅に増えていることは確認済みで「太るのってあっという間だなぁ・・・」と悲しく感じてはいましたが、ピタリと同じ体重に戻っていることに驚きつつ、8キロの贅肉を減らすほどの凄まじい運動量の生活をこの年齢で送っていたことに感慨深さを感じました。


『診断結果』と気になる『アニメ』

私は福祉の勉強で身体の機能や健康について掘り下げて学習して以来『糖尿病』の恐ろしさに怯えていましたが、今回も特に『糖尿病』についての指摘はなくホッとしました。
ただ、以前から高めだったLDLコレステロール(悪玉)の数値が更に増えており、長く寒い冬に自分を甘やかして食べたいものを食べたいだけ食べていた結果が如実に出て「そりゃそうだよね・・・」と思いました。
そんな私は先月、動画アプリで一挙配信されたはたらく細胞のシーズン1、シーズン2とはたらく細胞BLACK』を観ました。
身体を一つの世界とし、体内の細胞をその世界で働く人員として擬人化した物語です。
病気の原因となるウイルス細菌などから身体を守る為にどんな細胞どのような働きをするのかがわかりやすく描かれた学べるアニメで、ずっと気になっていた作品でした。


ブラックな私の血管

はたらく細胞は明るい感じのアニメなのですがはたらく細胞BLACK』は細胞たちが環境の悪いブラック企業で働かされている過酷なストーリーとなっており、健康について真剣に考えさせられるものでした。
LDLコレステロール(悪玉)が多いということは、血管壁に余分な脂質が付着し血管の幅が狭くなることで血液の流れが悪くなっている状態で、アニメでは血管とされる廊下が大量のLDLコレステロール(悪玉)の塊で汚れまくっていて「こんな酷い状態でどうやって身体の隅々まで酸素を運べばいいんだ!」赤血球たちが困惑している描写になっていました。
私は今回の健診結果を見て「正に今、私の血管は粗悪な環境で細胞たちが働きにくいブラックな状態なんだろうな・・・」と思いました。


厳しい風当たり

健診結果の説明をしてくれた年配の男性医師は生活習慣指導に力を入れている先生のようで、私はまだメタボリック症候群には該当していないものの予備軍らしく、まずは「あなたは肥満です」という容赦ない断言から始まり、肥満が健康にとっていかに諸悪の根源となるかという話を懇々とされ『肥満』という言葉を20回ぐらい浴びせられました。
肥満に対する世間の風当たりって厳しいものですね。フッ・・・
話しの途中で先生が「肥満の人は血圧も高くて腹囲もこの通り・・・あ、復囲は問題ないか。」と言った際に、私は一応「血圧も高くないですけど」と訂正し『肥満』という言葉を浴びる回数がそれ以上増えるのを回避しました。
数えきれない人々に生活習慣指導をしているとパターン化した思考確立され、それが思い込み決めつけによる『ベテランの弱点』になりがちなのかもなと思いました。


ゆるい健康対策

冬も終わり、これからしばらくは暖かくて活発に動きやすい季節が続き代謝も多少は増えると思うので生活習慣の改善には調度良いタイミングのような気がします。
ついつい気を抜いて野菜の摂取量が少なくなっていたこと、パン類、麺類、米類などの穀物お酒を飲む際はとらないという自分のルールをしばらく無視してしまったことが敗因として思い当たります。
やはり野菜の摂取は大事なので、さっそく今夜はウドの酢味噌和え茄子と大葉の煮浸しなどを中心に白ワインをいただくことにします。
(と言いながらエビフライも揚げようとしている私)

健康対策頑張るぞー! ムシャムシャ、ゴクリ・・・
↑ こんな調子で大丈夫なのか怪しいものですが (^^;)

お気に入りの『格言』


潔い清々しさ

私には、とても印象に残っている『格言』があります。
以前、同じ職場で働いていた年下の女性の言葉です。
所属する課が違うので関わる機会があまりなく、たまにお手洗いで一緒になったときに話すぐらいだったのですが「他人のことを勝手に決めつけてウワサする人って面倒だよね」というような会話をしていたときに彼女が言った「言いたい奴には言わせておけばいい。私の人生に何の影響力もない雑魚の言う事なんて気にする価値もない。」という言葉です。
それを聞いたとき私は「なんて潔くてカッコイイ言葉なんだ!」と感動し、やさぐれ感溢れる単語のチョイスに「雑魚まで言っちゃうー?!」大爆笑しました。
的を射たその言葉を思い出すと、今でも笑ってしまいます。
私は、誰かが私の悪評を流し貶めて嘲笑おうが勝ち誇ろうが、別に私の寿命経済状況も変わる訳じゃないから気にする必要はないし、姑息な人間の相手なんかしてられないという考えで生きており、彼女のその言葉は正に私の思考をズバリ大胆に表現したものでした。
勢いのある口調でバシッと言い切る彼女の姿に力強さと清々しさを感じました。


言及するがゆえに

私は「えっ、それっておかしくない?」と思うことや「だったらこうした方がいいんじゃないの?」と思うことを割とはっきり言及するタイプなので、それに伴ったいろんな経験をしています。
ある職場では「評価基準を個人売上ではなく店の売上とした方が連帯感のある業務で売上が上げられると思います。できれば売上を達成した月はこちらが希望するお店でお食事会を開いて欲しいです。」と提案しました。
個人売上となると顧客の取り合いになってしまう、協力する姿勢に欠けてしまうという残念な現実があったからです。
とても柔軟で理解のある会社だったので提案を受け入れてもらえ、その結果ほとんどの月に売上を達成しては豪華なお食事会を楽しむことができ、私はその会社で評価されました。
ある職場では「利用者数を減らさないようにするには、こちら目線ではなく利用者目線でサービスを変える必要があると思います。」と提案し改善することができたのですが、「あいつ生意気だ」的な感じでとてもわかりやすく膨大な量の仕事を振られ、過酷な状況に追い込まれました。(昭和の人間なので根性でこなしましたが、体力的にキツかったです・・・)
そんな目にあうこともそれなりにあります。


打たれても打たれても

『出る杭は打たれる』という言葉がありますが、その対義語として『義を見てせざるは勇無きなり』という言葉や『出過ぎた杭は打たれない』『出ない杭は朽ちる』という言葉もあります。
私の言葉は『打たれてもまた出るし打たれっぱなしでは終わらない』です。
(いちいち挫けてメソメソしてたら見知らぬ土地でたった独り、ワンオペ育児なんてこなせませんからね★)
目立ちたいからという理由ではなく、やっぱり言うべきことはきちんと言える自分でありたいと思います。
そのせいでトホホな状況(←昭和な死語)に陥っても自己責任なので後悔はしません。
社会の風紀を守る『世直しポリス』を目指している訳ではないので他人のことには干渉しませんが、御縁があって関わった上で余程「それって主旨と違ってませんか?」とか「そのままではマズくないですか?」と思ったことには言及します。
そんな自分だからこそ困っている人を見かけたら躊躇せずに声を掛けられるのだと思うので、都合の良いイエスマン声をあげない人間にはなりたくないです。


行動しないということ

あるとき、国内空港で私はお手洗いの順番待ちの列に並び出入り口付近にいました。
お手洗いの中の方から歩いてきた若い女性が背面に注目を浴びているのを不思議に思い、すれ違ったときにその女性の背面に目を向けると、スカートの後ろ裾がウエストに引っ掛かりショーツが丸見えという恥ずかしい状態になっていました。
それに気づかずにお手洗いから出ていこうとする女性に私は慌てて声を掛け現状を伝えました。
お手洗いの出入り口まで来るには列に並んでいる多くの人たちの前を通りますし、洗面台では立ち止まっているはずなのに、注目だけして誰も声を掛けてあげないという冷たい現実に私は震えました
「目立ちたくないから」なのか「声を掛ける勇気がないから」なのか「他人のことだから関係ない」という考えなのか、いずれにせよ行動しない人間たちによって生み出される残酷さの一例だと思いました。


仲間の定義

また、「誰かにとっての敵はグループ全員の敵」みたいな全員一致主義同調圧力も怖いなと感じます。
人には相性があるので合う相手、合わない相手がいます。
それを仲間意識による「あいつ気に入らないよね!」という同調の押付け「嫌いじゃないけど嫌いと言って合わせておこう」という互助的な感情操作で故意に変えるのは、ある種のマインドコントロールのような気がするからです。
個人意思を操作してまで思考や行動を統一させる必要はないと思いますし、好き嫌いまで同じじゃないとそんなにダメなのでしょうか?
仲間の定義も様々ですが、悪い部分には目を向けず優遇し同調し合う心地良い存在が仲間なのではなく、すべき指摘をし合ってもこじれることのない強い関係性や、異なる思考を尊重し認め合えるのが仲間の定義であって欲しいです。
人間関係で悩んでいる方には、今回ご紹介した私のお気に入りのちょっぴりやさぐれた格言で少しでも強く清々しい気持ちになってもらえたらいいなと思います。
紆余曲折四苦八苦してる50代もなんとか必死に頑張ってますから、皆さんも元気出してくださいねー!

「言いたい奴には言わせておけばいい。私の人生に何の影響力もない雑魚の言う事なんて気にする価値もない。」

※ 声に出す場合は場所とタイミングに注意してくださいね (^_^;)

達成感とか 価値観とか


見え始めた成果

私は今『WEBデザイン』の学校に通っています。
以前から興味がありずっと学びたいと思っていたので、難しい内容でも毎日が楽しくて仕方ありません。
すぐにスラスラと覚えられない私には地道な復習が必要で、理屈も理解した上で自分の言葉で綴り、きっちり頭に入れるという方法をとっています。
かなりの時間と集中力が必要となるので身体的に疲れ、先週は目の毛細血管が切れて白目に血が滲んでいましたが、変わらず全力で励んでいます。
今は『HTML』CSSというプログラミング言語を一から自分で書き込んでホームページを作る『コーディング』を学んでいます。
演習課題に挑戦し、自分のアイデアとリサーチでほとんどの難題をクリアして、スマートフォンにもパソコンにも対応可能なレスポンシブデザインのホームページを作ることができました。
解決策を模索して何度も試してはやり直すという作業の繰り返しの末に完成まで漕ぎ着けた達成感は格別でした。


今すべきこと

使いやすい親切なデザインになるように自分なりのひらめきを加えられたことにも満足しています。
仕上がりの一部をもっと改善できたらなぁと思い、リサーチと試行を繰り返しても結局最後までできなかった箇所が一つだけ残ったのですが、私は学習している真っ只中よりも少し時間が経過してからの方がより理解力と応用力が増すので、きっと後で改善策を見つけることができると思います。
自分との付き合いが長いだけ自身の特性がわかっているので、出だしでバタついて遅れをとっても、いつも通りコツコツと復習を重ねて必要な知識をきちんと自分のものにしています。
私の最大の強み応用力なので、まずは最後まで気を抜かずに基礎を確実に覚え、後に応用力をどんどん発揮していくつもりです。
自分のここぞという時に発揮できる実力を身につける為に、学ぶべき場所で得るべき知識を得る、今すべきことはそれだけです。


困ったアレルギー

今週はアレルギーが発動してしまい、体力的に大変でした。
免疫力治癒力低下しており、アレルギー症状が出ると治まるまでだいぶ時間が掛かることを痛感します。
薬の副作用で頭がボーっとし、薬が切れてくると目と鼻がグシュグシュでけっこうしんどかったので体力を温存する為、学校ではなるべく声を発しなくて済むように人と目を合わせないで過ごしました。
私はいつもポジティブなお声掛けを心掛けていますが、誰とも話さずに過ごすのも別に苦痛ではないタイプなので、周りからは挙動不審と思われたかもしれませんが体力的にはとても楽でした。
もしこれが職場だったら具合が悪くても会話も電話対応も通常通りこなしますが「勉強が目的の学校なので許してください・・・」という感じで暗く静かに過ごした数日間でした。
「こんな時こそしっかり食べなくては!」と栄養のあるものをいつも以上にモリモリ食べていたので、顔は逆にふっくらしています。


大切にしていること

私はコストパフォーマンス(対費用効果・お得感)と同様に、タイムパフォーマンス(対時間効果・時間の価値)も重視しているので、居場所と目的に応じた切替えを大切にしています。
学校にいるときは学びに、職場にいるときは職務に、家にいるときは母親業と自分に必要なこと(学習、趣味、リラックスなど)に専念して時間を使うようにしています。
その為、プライベートでは外部の人たちと関わらず、生活にメリハリをつけるスタイルをとっており、連絡先交換お断りしています。
お断りするときは心苦しいので、できるだけ『掴みどころがなく親しくなろうと思われない雰囲気』をふんだんに出すようにしています。
それでも「除け者にしたら可哀相」という気遣いや強いポジティブ思考で連絡先を聞いてくる人もいたりします。
その場合はより心苦しくて気まずくなるので、今通っている学校では最後まで誰からも連絡先とかお食事会などの話題を振られないことを願っています。(これが不要な心配として終わって欲しい・・・)
私にとってはそういう類のことと、ポジティブなお声掛け他愛のない会話はまったく別物なのです。


仕事のポリシー

また、職場の人たちとプライベートで関わらないのには他にも理由があります。
私には『仕事の評価は仕事で得るもの』というポリシーがあり、プライベートで仲が良いからとか、媚びて気に入られたからとかではなく純粋に仕事での評価を得たいので、特に上司とは近しくならないように若い頃から努めています。
先日、作成したホームページの仕上げで文字揃えをしていて、以前お世話になった女性上司のことを思い出しました。
『読みやすい文章の改行』を常に指示されていたので、私は改行の見直しが今も習慣になっています。
思えば、育児でずっと家にいた私がオフィスワークをする機会を得て 社会復帰し、膨大な量の様々な仕事をこなすことでスキルと自信を身につけられたのは、その女性上司のお陰です。
度胸があり、仕事をバリバリこなす強い女性がいるからこそ女性が活躍できる場所が社会に増えているのだと尊敬の念を抱いていました。
今でも心から感謝しています。
年齢が近かったので仲良くなることもできたと思うのですが、自分の上司なので私は敢えて距離を置くようにしていました。
もうお会いする機会もありませんし、この言葉が届くかはわかりませんが、いろんな状況で伝えられなかった言葉をここに記します。

「 本当にありがとうございました。」

ささやかなエール


変化の感じ方

世代の変わり目というのはいろいろと悩み不安が付きもので、健康面に関しては年齢を重ねるほど老いを実感し心配事が増えます。
もうすぐ40代から50代へと変わる私にも、視力の低下生活習慣病予防についてなど、さほど深刻ではないながらも気になることはそれなりにあります。
最近は治癒力が減少していることをヒシヒシと感じています。
30代から40代に変わる頃はいよいよ中年と呼ばれる世代になることや、目立ち始めた年齢なりの容姿の変化に気づいて衝撃を受ける日々に戸惑ったりしていました。

『衰え』との対峙

精神的に一番大変だったのは20代から30代に変わる頃でした。
10代から20代に変わる頃は単純に「これからは自分も大人として扱われる」という嬉しさと将来に対する希望しかありませんでしたし、若さパワーに溢れていたので全力で楽しくはしゃいでいたように思います。
ですが、20代から30代に変わる頃は、平気だった夜更かしやアクティブな行動でどっと疲れるようになり著しい体力の低下を感じ、初めて『年齢的な衰え』というものを知りました。


大人のプレッシャー

30代になったら社会である程度の経験を積んできている大人として扱われ、以前よりも責任のある立場や身につけた知識築いてきたものがあるのが当たり前と思われたり「もう30代なんだからこれくらいはわかるよね」というような見方をされたりするのだろうと考えると、とてもプレッシャーを感じました。
そして、自分には築き上げたものや手に入れた特別なものがあると言えるだろうか、確固とした誇れるものがあるだろうか、もしかしたら自分は薄っぺらな大人になってしまうのだろうかと深く考えたりもしました。

『悩み』と『開き直り』

同世代の人たちが結婚して子供を産むなど人生の大きな変化を迎えているのに、相変わらず好きなことばかりして生きている自分に、楽しいけれど本当にそれでいいのだろうかとか、いつか自分も親になるのだろうかとか、様々な自問自答を繰り返しました。
先のことは誰にもわからないだけに、考えだすとあれこれと悩んでしまいがちです。
考え疲れた私は「人生はなるようにしかならないんだから、悩んだところで変わらないなら悩むだけムダ」と開き直り、思い切って海外で(ちょっとだけ)冒険をする計画を立て実行することにしました。


運命の考え方

人生運命というのはその時その時の選択次第で未来が変わるものではなく、自身がどの時点でどんな選択をするのかということもすべて生まれたときから既に決まっているのだと私は思っています。
人生で起こることは良い事悪い事も、良い出逢い悪い出逢いも、すべて起こるべくして起きているという考えです。
進むべき道の選択にしても、結局は選ぶべくして選んでいる道であり、それが自分の運命なのだと考えているので、過去を振り返って「あのときあの人に出逢わなければ・・・」とか「あんな選択さえしなければ・・・」と悔いることはあまりありません。

焦りと迷走

周りの人たちが仕事で順調に結果を出していたり、結婚して子供を育てたりしているのを見ると、自分だけが取り残されてしまったような気持ちになることもあると思います。
ですが、人生で成功するタイミングパートナーと出逢うタイミング人それぞれ違うので、成功するタイミングが36歳という人は36歳で成功するのだし、50代でパートナーに出逢う人は50代で出逢うのだから、タイミングがたまたま早い人たちと比べて焦って迷走しても疲れるだけのような気がします。


それぞれのケース

結婚にしても、何度目かの結婚の相手が運命のパートナーだというケースだってあるでしょうし、結婚や恋愛という関係性ではないもっと違うかたちでのパートナーとの出逢いもあるでしょう。
自分自身を最高のパートナーとして、あえて独身のまま気楽に生きるという人もいますし、本人がそれで幸せならありだと思います。
大事なのは自分を大切にして生きれているかということなので、特別に成功を収めていなくても、パートナーに出逢えていなくても、世間の価値観に流されて焦る必要なんて本当はまったくないのです。

私の提案

迷走して壁にぶつかりながら生きる日々から学んだり、精神的に鍛えられたりすることもきっとありますから、それも一つの人生勉強と言えます。
ですが、憔悴すると人間はネガティブ思考に陥りやすくどうしても多くのパワーを奪われてしまいます。
それならば『人と比べない強い意思』『自分を見失わない心』を養うことにパワーを費やした方が、自身のブラッシュアップになり自己肯定感幸福感に繋がるのでより良いのではないかと思います。


ささやかなエール

現在、悩んで迷走している人というのは、自分に真剣に向き合って一生懸命に生きている人だと思います。
そんな風に自分の人生を大切にしている人は、本人が気づいていない大きな魅力を持っているものです。
人と比べて競いマウントをとるのではなく、魅力をポジティブな方向に向けてぜひ輝いて欲しいと思います。
そんな悩める人たちを私は応援したいです。
インターネットで検索できるので、THE BLUE HEARTS(ザ ブルーハーツ『人にやさしく』という歌を、歌詞に注目して聴いて欲しいです。
「 ♪ 聞こえてほしい あなたにも ガンバレ! 」

気楽なスタイル

ちなみに私は今、男とか女とか関係なくただ『人間』として気楽に生きています。
どこも痛くなく、食べたいものを美味しく食べられることをありがたいと感じ、毎日幸せです。
人と比べることも多くを求めることもないのでハードルが低い分、ちょっとしたことでも幸福感を感じられています。
ずっと興味があって勉強したかった『WEBデザイン』を学べていることも幸せです。
今はプログラミング言語を自分で一から記述してWEBページを作る練習をしています。
しっかり覚えたくて復習していたら睡眠時間が減ってしまい、目の毛細血管が切れて白目に血が滲んでいました。
血と汗の努力
頑張りマッスルボンバー ★ 
( いよいよ本格的に疲れてきてる感じが漏れ出てしまいました )

私のお洋服事情


私の大正解

私はお洋服が大好きで、若い頃にせっかく新卒で就職した金融機関を辞めてアパレル業に転職しました。
社会的安定性収入は前職より下がり、親をはじめ周囲の人たちからは「若気の至りでそんなもったいないことして・・・」と転職したことを大きな間違いのように言われました。
ですが、私は素敵なお洋服やファッションアイテムがいっぱいのキラキラした世界向上心を持って働き、それに伴う評価も得ることができたので大正解の選択だったと思っています。
価値観は人それぞれなので、自分がそれで幸せだと思うなら他人がどう思おうとそれが正解だということです。


大切な経験

百貨店ミセスフロア(ご婦人向けの階)で勤務していた頃は、ベテランお局様方がいる『大奥』のような特殊な空間でかなり鍛えられ対人力洞察力を磨くことができました。
私の人生において本当に大切な経験だったと思います。
現代では全く違うのかもしれませんが、当時その空間は『気弱な人は生き抜けない戦場』といっても過言ではない場所でした。
お陰で私は「1対10だろうが1対100だろうが言うべきことは言わせてもらう」という強い精神たくましく生きられています。
(争うと疲れるので余程じゃないことは受け流してますけどね)


お洋服選び

そんなお洋服好きな私ですが、高齢者向けの福祉施設実務修行をしていた期間はジャージ姿で働き、通勤着はなるべく早く着替えられる服だけを着ておりオシャレとは縁遠い生活を送っていました。
久しぶりにお洋服を楽しめる生活になり、今まで出番がなかった私服たちを着ようと張り切っていたところ、コーディネイト重視の薄着で出掛けて危うく風邪を引きそうになってしまったので、それからは健康重視のお洋服選びに切り替えました。
いよいよ寒さがピークになった最近では、持っている中で一番暖かい着ぐるみのようなモフモフの赤色か茶色のセーター2択のみという状態です。


完璧な防寒スタイル

私は『WEBデザイン』の学校に通っており『Photoshop』『illustrator』の学習を終えて、今は『Visual Studio Code』コーディングをしてホームページの骨組みを作る勉強をしています。
1日も休むことなくしっかり授業を受けたいので、今の私にはオシャレよりも確実な防寒対策の方が重要です。
耳当てをし、羽毛布団のような分厚いロングのダウンコートを着て、裏起毛の160デニールタイツとモフモフの裏起毛ズボンの上に厚手のロングスカートを履き、2択のセーターの下にはブラウス裏起毛Tシャツを着るという完璧な防寒スタイルで通学しています。


魅惑のヒョウ柄

30代後半になった頃あたりから、私はヒョウ柄の魅力に気づいてしまいました。
そのぐらいの年齢から柄物に目覚める女性が多く、大きくはヒョウ柄派』『ミリタリー柄派』の2つに別れるのだそうですが、それらの柄のお洋服を着るのはなかなか勇気がいるので、大半の人は靴やストールなどのファッションアイテムだけを使うようにしているという話を知人から聞きました。
確かにヒョウ柄インパクが強すぎて気が引けてしまい、思えば私も小物使いが精一杯な感じでヒョウ柄のお洋服たちはほとんど着れていませんでした。


躊躇と願望

若い人のヒョウ柄ファッションはオシャレなアクセントに見える場合が多いのですが、私がヒョウ柄のお洋服をがっちり着たら『派手でキツい中高年』という印象になるのではないかと躊躇してしまいます。
いずれにせよ、この季節には薄すぎて合わない素材だったり、モフモフしていても前開きで風通しが良すぎだったりするので当面は出番がないと思われます。
まぁ、できれば今年はヒョウ柄のお洋服を着れたらいいなぁなんて思います。( ← そう思い続けてもう10年ぐらいになります・・・)


私のお洋服たち

私は色や素材を重視して、流行に左右されないシンプルなデザインのお洋服を選ぶので長持ちしており、あまり購入の必要がありません。
譲り受けるお洋服などもあるので、サイズが合わないものは自分でお直しリメイクをして、スカートなどのウエストは総ゴムにします。
(いくらでも伸びるから太っても安心 ♥)
また、私のお下がりを娘が着てくれたりするのも、お洋服好きの私には醍醐味です。
今後、出番が少なかったお洋服たちを活躍させられるようになったら毎日がワクワクで楽しいだろうなぁと思いつつ、を心待ちにしている今日この頃です。

では皆様、また近日中に (*^-^*)