無難な選択
私はファッションが大好きで、子供の頃からいろんなデザインの洋服に興味を持ち、コーディネイトを考えることに夢中でした。
就職を決める際に、本当はファッション業界やヘアスタイリストへの道を選択したかったのですが、両親や周りの大人たちに揃って反対されました。
当時はまだ子供で、反対を押し切って自分の考えを通す自信も勝算もなかったので、周りの大人たちが強く進める堅実な金融機関に就職するのがきっと無難なのだろうと思い、そちらを選択しました。
自分の為の決心
同期入社の同僚たちは、数字が好きで正確な事務処理にやりがいを感じていて、銀行業務の資格取得にも積極的に取り組み、競い合うようにどんどんスキルアップをしていましたが、私は自分があまり興味を持てない仕事だからか、全く積極的になれませんでした。
私にとって職場で過ごす時間は『色味の無い白黒の世界』で、その中でずっと生き続けることを想像すると、心から笑うことができていない自分しか思い浮かばず、なんだかとても怖くなり「このままでは自分が抜け殻みたいになってしまう!」という危機感から、思い切って自分の好きな道への転職を決心しました。
新しい世界
運良くハイブランドのアパレル会社に就職することができ『カラフルな世界』での新しい生活が始まりました。
高級感とセンスのある空間で綺麗なものたちに囲まれて過ごす日々は、私にとって理想的でとても刺激がありました。
『好きこそものの上手なれ』で、金融機関にいた頃の私とは別人のように積極的に仕事で役立つ知識と技術を自己啓発で身につけ、速いペースでスキルアップできたように思います。
人とのコミュニケーションはもともと得意だったので接客は楽しさとやりがいを感じました。
次の目標
その会社で経験を積み、今度はもっと専門的な知識を学びたいと思い、同じアパレル業界での転職を試みました。
またもや運良く、マナーや品格が重視される『フォーマル』のアパレル会社に就職できました。
老舗の百貨店の『サロン』として特別に区切られた空間での勤務となる為、礼儀や所作にも一段と高度なレベルが求められ、採用対象は30代以上となっていました。
『フォーマル』はアパレル業界の中でも特殊で、人生経験がある年齢の方が信頼されるので有利な傾向にありました。
覚悟とチャンス
私は当時20代だったのですがダメもとで会社に電話をして「面接だけでもどうぞお願いします」と頼んでみると会ってもらえ、「こんな風にアピールをしてくる人は珍しい」と興味を持ってもらえて採用が決まりました。
「30代でもまだ『ひよっこ』扱いされている中に20代で飛び込むのだから、雑用は全て引き受け気を利かせて可愛がってもらい、育ててもらうという気持ちで仕事をしなさい。」という上司の言葉にそれ相応の覚悟をして手に入れた、とても貴重でラッキーなチャンスでした。
「人間、何事もまずは行動するのが大事だなぁ・・・」と思いました。
プロ意識と訓練
同僚にも接客にも細心の注意を払う日々でしたが、厳しい環境は私にプロ意識を持たせることとなりました。
とにかく目配り気配りが必須で接客における気遣いとサービスの向上は勿論のこと、同僚をさりげなくフォローをしながら、相手の顔を立てつつ提案をして仕事を円滑に進めることも習得できたと思います。
改善の提案
毎月の売上予算があり個人売上を計上していたので、競合会社との間にだけではなく同じ会社の同僚同士でも売上の競い合いがあり、ギスギスした雰囲気がありました。
競争となると、足を引っ張り仕事を妨害するなど人の心の醜さが見える場面もありました。
その非建設的なシステムは悪影響でしかなく、チームワークを失わせる一番の原因だと常々思っていた私は「試しに個人売上ではなく店舗の売上として計上し、3か月連続で予算を達成したらお食事会を開いてて頂けませんか?」と上司に提案してみました。
『ニンジン』とモチベーション
その提案が通ったことで私たちのモチベーションは一気に上がり、チームワークと勢いで予算を次々とクリアし、豪華なお食事会を何度も勝ち取りました。
人間の士気を高めるには優れた統率者の存在が重要ですが、やはり一致団結して目指したくなるような『ニンジン』の存在は魅力があり効果がある気がします。
社長がとても大らかで独特なパワーを持った方で、私はとても尊敬していました。
会社も先進的な柔軟さがあり、私は本当に良い時代に良い環境で育てて貰えたと、その御縁に感謝しています。
『事件簿』その1
あるお客様が礼服を購入し、ゆとりを出すお直しをしたのですが、体調を崩しているとのことでなかなか受け取りにみえず、ようやく来店したときには随分と痩せていて、お直し上がりの礼服はかなりブカブカの状態になっていました。
試着室から出るなりそのお客様は私の胸ぐらを掴み「こんなんじゃ着れる訳ないじゃないのよ!」と、ヒステリックに叫び、私を勢いよく後ろに突き飛ばしました。
運動神経が悪くないお陰で何とか倒れずに済みましたが、私は少しの間、自分の身に何が起こったのか理解できませんでした。
嵐が通り過ぎて
気を取り直してお客様に、時間が経って体型が変わった可能性をお話しして、ベルトをして着て頂くことや、身幅を詰めるお直しを提案しました。
すると、私に当たることで少しは気が済んだのか、または罪悪感からか「もういいわ!持って帰る準備をしてちょうだい!」と、今さら引っ込みがつかなそうな態度で、商品を持ち帰りました。
理由がどうあれ、それは暴行であり、私は理不尽な目に遭いましたが、私はそのお客様を非難できませんでした。
ストイックな反省
体調を崩しているから受け取りに来られないということは、注意深く頭を働かせていれば、体型の変化もあり得ると気づくことができたはずですし、お直し上がりを早めに確認してもらう必要性を考えれば自宅へ発送するという方法をお客様にお勧めすることも出来たはずだからです。
送料を会社で負担してでもお届けすることを上司に相談し指示を仰ぐことも可能だったと思います。
自分の気遣いや物事を予測する力がまだまだ不十分だと痛感し、この『事件』を教訓にもっと自身をレベルアップしなくてはと思いました。
『事件簿』その2
百貨店の担当者が決まっているお客様にパーティー用のシルクのロングドレスの着丈をお直しして発送したことがありました。
ロングドレスは合わせる靴のヒールの高さを決めてから着丈を調整するのですが、ご年配のお客様は「これと同じくらいのヒールの靴を履いて着るわ。」と言い、試着用の靴を履いて着丈を調整しました。
創立記念のパーティーがあり大勢の招待客の前で挨拶をするとのことで、とても大事なご用意でした。
地獄のひととき
イベント当日にお客様から「こんな引きづるドレスは、パーティーに着れない!」とお怒りの連絡が入りました。
採寸したときのように靴を履いた状態で試着しているかの確認しようとしても、怒りで聴く耳を持たない状態で、仕方がないのでお客様の自宅に伺い、私が仮縫いでとりあえず着丈を直すという、異例の運びとなりました。
張り詰めた空気の中、会社に報告をしてお客様へのお詫びの菓子折りを用意しているとお客様から「ヒールの靴を履いてみたら背筋がピンとして着丈がピッタリになったから、このまま着て行くわ。」という連絡が入りました。
「対応も採寸もきちんとした記憶はあるものの、万が一ミスがあったとしたら・・・」と、不安でいっぱいの地獄の様な時間でした。
努力の結果
「自分のミスではないのに、不満を言わずに迅速に柔軟な対応を心掛けてくれて有難う。若いのにしっかりしてるね。」と百貨店の担当の方からお礼を言われ、後日そのお客様からは「この前のドレスはとても好評だったから、また頼むわね。あなたのこと気に入ったから。」というお言葉を頂き、それ以来その担当者の全てのお客様のフォーマルのご用意には、必ず私が指名されるようになりました。
日頃、ストイックに仕事をしていたことが報われ信頼を得られたのだと思うと嬉しかったです。
常に気遣いと向上心を忘れない仕事のスタンスを貫いてきて正解だったと思いました。
簡単な逃げ道
『クレーマー』という言葉をマスコミなどがよく使うようになってから、『あいつはクレーマーだから』と相手を安易に非難する傾向になったように感じていました。
相手のことを悪く言って自分たちは正しいという体でやり過ごすことは簡単ですし、人を蔑むことで(歪んだ)優越感に浸ることができるかもしれませんが、事実から逃げてばかりでは気付きのチャンスを逃してしまいます。
『自分の対応は何も悪くなかった!』と言い切れるほど、本当にその人は完璧な思慮や気遣いで行動ができていたのでしょうか。
実際に『クレーマー』も存在すると思いますが、よく考えた上で判断をせずに相手を批判や攻撃しているばかりでは、仕事の実力も人間力も向上しないと思います。
引き継がれるもの
後に続く人たちは、先人の姿を見ながら学び成長していく訳ですから『お手本』になっているという先人としての自覚を持てる人が増えてくれたらいいなと思います。
気遣いと思慮深さを感じさせる素晴らしい仕事ぶりの若い人たちを見かけると、感心すると同時に嬉しくなり、自分も身が引き締まる思いです。
きっとその若い人たちには良いお手本がいて、そこには信頼と尊敬の関係性があり、今後はその若い人たちが良いお手本となって後に続く人たちを育てていくのだろうと思います。
『禅』や『和』の文化が世界から注目されている日本に、今後も変わらずそういった精神が脈々と受け継がれていくものと信じて願います。
有り難いオファー
とても充実した職場での日々でしたが、私には海外で生活をするという夢もあったので、ビザが取れる期限が過ぎる前に1年間オーストラリアに行くことにし、会社を辞めることにしました。
会社からは「1年後に帰国するなら、それに合わせて東京の本店にポストを用意するから、復帰しないか。」と、とても有り難いオファーを頂きました。
老舗百貨店の本店勤務は滅多に例がない光栄な大抜擢でしたが、せっかく新しいことを始めるのにタイムリミットがあっては思い切った冒険ができませんし、お世話になり良くして頂いた会社に、後になって「やっぱりできません」と言うような不義理はしたくなかったのでお断りしました。
勲章と財産
そのオファーをされたという事実は私にとって『実績が認められた勲章』であり『自分を誇れる自信』として励みとなっています。
この仕事で得た経験値は価値ある財産です。
特に職業柄で鍛えられた洞察力は、生きる上で役に立っている気がします。
今の仕事では、絶対に教わって引き継ぎたい仕事があります。
早くスキルアップし、新たな財産として身につけることができるよう頑張りたいと思います。
仕事に動きがあれば状況や感情にも当然それなりの変化があり、毎日が心穏やかとはいきませんが、スキルアップのチャンスをくれる上司と先輩への感謝は忘れずにいたいと思います。
40歳を過ぎた新人ですが、新たなフィールドで日々ひたすら頑張ります・・・★(^_^;)★