福祉系資格の取得と卒業


幸運な転機

私は2020年9月から『福祉系資格』を取得する為に学校に通い始めました。
私には「人生で一度は自分で事業を展開してみたい」という夢があります。
自分がしたいこと、できることは何だろうと模索しながらいろいろな仕事を経験してスキルを磨いていた頃、通勤途中に目の不自由な方と一緒になる機会が何度かありました。
電車の乗降や歩行のお手伝いをしている内に「私が展開したいのは福祉に関連する事業なんじゃないか」と感じるようになり、福祉系の仕事に挑戦してみたいと考えていると、幸運な転機に恵まれました。
障がいのある方々が社会と繋がりながら健康的な生活を送る為のスポーツ活動を推進し、スポーツイベントを開催して発表の場を作っている公益性の高い社会福祉事業所で働けることになったのです。


新たな気づき

その事業の最も大きなイベントは夏季と冬季の国内大会開催で、私は冬季大会の開催準備に携わり、大規模な大会運営ならではのPRパレードや日本全国から参加する選手団の代表を集めての現地説明会を行うなど、初めての業務に刺激を感じながら仕事をしていました。
ですが、いよいよ大会本番まであと数日というときに、新型コロナウイルスの影響により大会開催の中止が決定され、それに伴い事務所存続の話も立ち消えとなり、残念ながら私はその事業所を後にすることになりました。
福祉関係の仕事に実際に関わってみて初めて、福祉の仕事がいかに幅広く多様であるかということ、仕事によって必要な資格が違うということを知り、私は「福祉関係の仕事がしたい」と言いながらほとんど福祉について知らなかったのだと気づきました。


勉強の日々

口先や理想だけではなく、実際に助けを必要としている人と関わり『福祉の精神』を知った上で自分に向き合うことや、自分がどこまでできるのかを知る必要があると感じた私は、福祉について勉強し『福祉系資格』を取得しようと決め、2020年9月から学校に通うことにしました。
平日の朝9時から夕方5時ぐらいまで、1コマ1時間の授業を6時間びっしり受け、6月間で3つの資格を取得するコースで、本来なら2年かけて学ぶ分厚い教科書6冊分をその期間内で学び終えるというハードな学習内容でした。
筆記試験、実技試験、企業実習を立て続けに何度もこなしていくには自主学習が欠かせず、10日間の冬休みは年末年始のイベントも大掃除も全て返上し受験生並みにひたすら勉強をしていました。


価値観と尊厳

人体の機能、老化による症状と予防策、人権や尊厳に関する法律、福祉制度、コミュニケーション術、医療的なケアとそれに関する法律など学習課題は盛り沢山でどれも興味深く、生きる上で為になるものでした。
人間の尊厳に関する授業では「価値観は人それぞれで、全く同じ人はいない。その人の価値観を尊重することこそが、その人の尊厳を守ることである。」と何度も教わりました。
たとえ親切心でしている行為でも、それが相手にとって価値観にそぐわない行為であれば迷惑行為の押し付けとなってしまい余計なお世話でしかなくなるので、多くの可能性を考えられない狭い視野、相手を知ろうとせずに先入観で決めつけて、同年代の人間なら全員同じだろうと思い込む固定観念を持っていては相手の尊厳を守ることはできないと教わる度に、全くその通りだと深く頷いていました。


知って欲しいこと

「一人で静かに過ごしている人は寂しいに違いない、賑やかに遊んでいる人たちの仲間に入りたくて羨ましがっているはずだ。」とか「物がたまっている状態よりも、どんどん捨てて片付けた方がスッキリして心地良いに決まってる。」など、福祉のことに限らず『思い込みの落とし穴』は身近な日常にありがちなように思えます。
人間関係でもでも何でも、必要か不要かの線引きは人それぞれの価値観によって違うのです。
世の中には自分が思いつかないようないろんな考え方や受け止め方があり、自分の知り得るほんの数パターンだけではないのだということを知るだけでも、人間の柔軟性や思慮深さの成長は大きく変わると思うので、私はぜひとも子供から大人まで老若男女問わず多くの人に『人間の尊厳』について知って欲しいと強く感じました。

(人間の尊厳について、私なりに学んで理解したことを記事にして紹介していきたいと思っています。)


資格取得と卒業

医療的なケアは人の命にかかわる医療行為なので、筆記試験は9割以上正解で合格という厳しい基準でした。
筆記試験をクリアしないと実技試験を受けられず資格の取得ができないので、授業内容と教科書を参考に更に掘り下げて必死に勉強し、無事に筆記試験と実技試験に合格することができました。
そして私は目標だった3つの福祉系資格を取得して、この3月に学校を卒業しました。
今回の学生生活を振り返ると、あっという間だったと感じます。
まさか自分が40代後半で学生として新しい事を学ぶなんて考えもしていなかったので、なかなか難しくて量の多い学習と定期的に行われるテストをこなして、きちんと目標通り資格を取得できたことに驚いてもいます。
勉強にだけ専念できた6か月間の学生生活は、時間に追われてばかりでゆっくりする暇はありませんでしたが、本当に贅沢な時間だったと思います。


『人生のホリデイ』

私は30歳前後の頃、単身でオーストラリア1年程滞在し好きなことをして過ごし、その後ヨーロッパやアジアに何度か旅行をして『人生のホリデイ』満喫ました。
自分が働いて貯めたお金で誰に遠慮することなく、したいことを自由に楽しめた最高の時間
でした。
周りが口を揃えて反対する中、会社を辞めキャリアを捨てオーストラリアの動物園でボランティアとして飼育員のお手伝いをしたり、豪華な客船で地中海クルーズ旅行をしたりするなど大胆な選択をした私は、行く先々で出逢いチャンスに恵まれました。
そうして多くの貴重な経験をすることができた思い出は確実に私の自信となり、ずっと自分の意思や決断を信じる強さ前向きな発想を与え続けてくれています。
今回の学生生活も、自分が学びたいことに没頭することができたことを考えると、とても充実した2度目の『人生のホリデイ』だったといえ、新たな経験と知識は更に自信と強さを与えてくれる気がします。


スタートの春

私が通っていた学校にはキャリアコンサルタントの先生がおり、定期的な面談をしてもらえました。
私は卒業する前にその先生から情報やアドバイスをいただき、取得した資格を活かして働ける会社に就職を決めました。
学校でしっかり学んで知識を身につけた次は、現場での実践を通して現実的な技術を学ぶ番です。
現場で3年間の勤務実績を重ねると国家試験の受験資格が得られるので、それも考慮しながら仕事をしていくつもりです。
今まで以上に体力勝負になるので、授業で習った人体の機能や老化による症状と予防策を踏まえ、健康的な生活を心掛けたいと思います。
新たなスタートとなるこの春は、生活スタイルも大きく変化してとても慌ただしくなりそうですが、『自分の可能性』『福祉の精神』を知る為にもとにかく前進あるのみです。

春は様々な変化の季節、皆様にも嬉しい変化が訪れますように (*^-^*)

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『福祉』の勉強中

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『福祉』への興味

私は2020年9月から『福祉系資格』を取得の為に学校に通っています。
私には「人生で一度は自分で事業を展開してみたい」というがあり、企業で働いてスキルを磨きながら自分ができることやしたいことについて模索していました。
そんな日々の中、通勤途中に目の不自由な方と一緒になる機会が何度かあり、電車の乗降や歩行のお手伝いをしている内に「私が展開したいのは福祉に関連する事業なんじゃないか」と感じるようになりました。
それからしばらくして、障がいのある方々が社会と繋がりながら健康的な生活を送る為のスポーツ活動を推進し、スポーツイベントを開催して発表の場を作っている公益性の高い社会福祉事業所での仕事のお話しを偶然いただき、私はその事業所で働くことになりました。

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福祉の世界へ

冬季大会の開催に向け準備を続けていましたが、新型コロナウイルスの影響により大会まであと数日というところで開催は中止と決定され、それに伴い事務所継続の話も立ち消えとなりました。
せっかく関われた福祉関係の事業所を後にするのは残念でしたが、初めて携わる業務から多くを学び、大規模な大会運営ならではのイベントにも参加でき、とても貴重な経験になりました。
福祉関係の事業所で働いてみて、福祉の仕事は幅広く様々な職種があることや、仕事によって必要な資格が違うことを知り、私は「福祉関係の仕事がしたい」と言いながら、ほとんど福祉について知らないことに気づきました。
口先理想だけではなく、実際に助けを必要としている人と関わり『福祉の精神』を知った上で自分に向き合えば、目指すべき道がわかるはずと思った私は、福祉について勉強し『福祉系資格』を取得することを決めました。

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過酷な短期コース

そして現在、6か月間で3つ『福祉系資格』を取得するコースで、平日の朝9時から夕方5時ぐらいまで、1コマ1時間の授業を6時間びっしり受けています。
本来なら2年かけて学ぶ分厚い教科書6冊分6か月間で学び終えるコースで、学習期間が短く試験の範囲がやたら広いという過酷な条件の下、通学開始から2か月も経たない内に実技と筆記の試験が行われました。
必死に勉強してなんとか合格し、まずは1つ目『福祉系資格』を取得することができました。
福祉施設での数日間の実習では、私は業務の見学と施設利用者との交流をしたのですが、初めて足を踏み入れる世界だったのでとても緊張しました。
接客業の経験を活かし、多くの方々に思いやり親しみを持って接すると、相手に想いが伝わり自然と笑顔が広がっていき、人と心で繋がる大切さと醍醐味を感じました。

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自宅学習の日々

授業で学ぶ内容は、人体の機能、老化による症状と予防策、人権や尊厳に関する法律、福祉制度、コミュニケーション術、医療的なケアとそれに関する法律など盛り沢山で、毎日かなりのペースで進むので復習が追い付かず、週末は朝から晩まで勉強に追われていました。
1月初旬には2つ目『福祉系資格』であるケアコミュニケーション術の試験があったので、年末年始の10日間の冬休みは、大掃除もお正月行事も全て返上し、受験生並みにひたすら勉強に専念しました。
6か月間のコースで修了認定を受け、最終的に貰えるメインの資格があるのですが、その為には定期的に行われる筆記と実技の試験全て合格しなくてはなりません。
2年間の過程を6か月に凝縮して修了する訳ですから、しっかり知識技術を身につけなければ資格は与えられないのでしょう。

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医療的なケア

1月後半に行われた医療的なケアの筆記試験は、9割以上正解で合格という試験で、それに合格しないと2月末頃から行われる5日間の実技試験を受けることができません。
医療行為人の命にかかわるので、試験が特に厳しい基準なのは当然のことだと思います。
試験内容が難しく追試でやっと合格できる人もいれば、追試でも合格することができず、実技試験に参加できなくて修了証が貰えないので2月で辞めてしまう人もいるとのことでした。
医療的なケア人体の機能の分野は教科書のページ数も覚えることも多く、授業に追いついて勉強するのが大変でしたが、内容が深いので授業と教科書を参考にいろいろと掘り下げて勉強しました。
学んだ分だけ自身を助ける知識にもなるので、とてもやり甲斐を感じました。

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努力の結果

自身の健康管理も兼ねて意欲的に勉強に取り組んだところ、人体の機能老化による症状と予防策の分野だけで自宅学習のノートは10冊以上になっていました。
40代後半になると身体機能の低下をあれこれ実感するようになるので、自分の身をもって変化の原因を知り、その予防方法などをいくつか実行してみました。
長時間の筆記用具使用で親指の関節炎症を起こしながらも勉強を続けた甲斐あって、ケアコミュニケーション術の検定試験では高得点合格することができ、医療的なケアの筆記試験では満点合格することができました。
2つ目『福祉系資格』を取得できたことはもちろんですが、今回の試験の結果で今まで学んだことを確実に自分の中に知識として落とし込めていることがわかり、「やっぱり努力は自分の財産になるんだ!」と嬉しく思いました。

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観察力と想像力

私が毎日深夜まで必死に試験勉強している姿に影響されたのか、中学生の娘も私と同じくらい机に向かうようになり、親として良いお手本になれたような気がしました。
机に向かって何をしていたのかはわかりませんが、娘もこれを機に学びや努力の大切さに気づいて 勉強を頑張ってくれたらいいなと思いました。
先週は、援助が必要な人それぞれに合う個別援助の計画について学び、日毎に違う例題に基づき計画書を作成しました。
実際にそういう仕事の経験がなく、座学や数時間の実技授業でしか学んでいない私には、その人にとって何がベストなのかを資料から読み取るのが難しかったです。
教科書に答えがあるという訳でも、これといった正解がある訳でもなく、個々の観察力や想像力の質が求められるものだったので、覚える勉強よりもかなり頭を使ったような気がします。

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ラストスパート

金曜日はその評価試験があり、課題の計画書を作成し提出しました。
時間に余裕がなくて焦りましたが、無事に時間内に終わらせることができホッとしました。
大事な試験ということで力が入り、先々週の医療的なケアの筆記試験の後も、先週の計画書作成の評価試験の後も疲れ果て、帰宅後は夕食もとらずにベッドに入り朝まで眠り続けました。
2月からは援助の手順書を作成して実施をする授業があり、その実技試験が行われます。
福祉施設で数日間の実習がまたあり、その後は医療的なケアの実技へと入ります。
医療的なケア実技試験を受けられることにはなったものの、合格しないことには修了認定メインの資格が貰えないので、最後まで気が抜けません。
3月まで目まぐるしい日々が続きますが、6か月間の通学の目的が果たせるよう一つ一つしっかりやり抜こうと思います。

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人間は何歳になっても学び多き人生を歩めるものですね。
私が学んで感じたことなどを、いずれ皆様に是非お伝えしたいです。
だいぶ遅いご挨拶となりましたが、2021年もどうぞよろしくお願いいたします (*^-^*)

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『福祉系資格』の取得


社会への復帰

私は「人生で一度は自分で事業を展開してみたい」という夢を持っています。
ですが具体的な案は固まっておらず、今は企業で働き経験を重ねて学ぶ時期だと考えています。
結婚、出産を経て育児に専念する生活を長く送ってきたので、私が社会で働くことから離れていた約10年間で時代は大きく変わっており、今から5年前「そろそろ社会に復帰して仕事をしよう」と思った私は、竜宮城から帰ってきた浦島太郎のようでした。
将来的に自分で事業を展開する為に、いろんなことが自分でできるようになりたいと思い、過去に経験のない一般事務職での就職を考えましたが、時代にすっかり置いて行かれている状態ではかなり厳しいということに気がつき、私はまずパソコン教室に通ってワード・エクセルパワーポイントの講習を受け、3級以上の資格を取得しました。
もともと持っていた資格にパソコンの資格が加わったことで仕事の選択肢が広がり、とある経済団体で初めてのオフィスワークを経験させていただくことができました。


福祉への関心

規模の大きい職場だったので、仕事の内容も量も多く忙しい毎日でしたが、広報誌の数ページを一から編集して仕上げ、ホームページの編集やイベントの起案、集客、実施など多様な業務をこなす度に自分がスキルアップできていることを実感でき、とても充実したオフィスライフでした。
そんな日々の中、通勤時やプライベートで目の不自由な方を度々お見掛けすることがあり、電車の乗降や歩行のお手伝いをしている内に「私が展開したいのは福祉に関連する事業なんじゃないか」と感じるようになりました。
すぐに転職を考えた訳ではありませんでしたが、いずれは福祉関係の仕事に携わりたいと強く思い始め、具体的にどんな仕事があるのか、自分にもできる仕事は何かと考えていました。
そんな折、障がいのある方々が社会と繋がりながら健康的な生活を送る為のスポーツ活動を推進し、スポーツイベントを開催して発表の場を作っている公益性の高い社会福祉事業所での仕事のお話しをいただき、その事業所で働けることになりました。


貴重な経験

4年に1度の国内冬季大会の実行委員会事務局での経理事務とイベント補助が私の仕事で、大会周知パレードへの参加、有名アスリートを迎えての採火式(神宮にて聖火をいただく式典)の開催、各都道府県から参加団体の代表者を集めた競技場現地説明会の実施、参加選手や来賓等への大会関連のご案内など、スポーツの大会ならではの開催準備に関わり、新鮮で学びの多い日々でした。
大会を前に準備万全の状態だったのですが、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、残念ながら開催日の数日前に大会中止が決定されてしまい、検討されていた事務局存続の話も流れてしまったようで、私は今年の4月でその事業所を後にすることとなりました。
大会の急遽中止に伴い、多方面へのお知らせやお詫び、キャンセル料の精算、返金等の後処理に追われ慌ただしい状況になりましたが、人命を第一に考えた大会中止の決定は英断だったと私は思いましたし、大会中止による独特な事務処理もなかなかできない貴重な経験と思いました。

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『福祉の精神』

次はどんな仕事をしようかと考え始めた頃は、新型コロナウイルス猛威を振るっている真っ只中で、テレワークが推奨されたり学校のお休みが続いていたりで世の中が混乱した状況でした。
需要が高まる業種と衰退する業種の明暗が分かれたりもしていたので、私は自分の今後のことは少し様子を見てから決めることにしました。
福祉関係の事業所で働いてみて、福祉の仕事といっても幅広く様々な職種があることや、仕事によって必要な資格が違うことを知り、私は「福祉関係の仕事がしたい」と言いながらも福祉についてほとんど知らないことに気づきました。
そこで、まずは福祉について勉強して『福祉系資格』を取得し、福祉施設で助けを必要としている人と実際に関わることで『福祉の精神』を知ることができるのではないかと考えました。
口先や理想だけではなく、本物の福祉の心を持って自分に向き合うことができれば、きっと自分が目指すべきものが見えてくるはずだと思った私は、さっそく情報を収集して資格取得に向かい動き始めました。


久しぶりの学生生活

そして9月から学校に通い始め、平日の朝9時から夕方5時ぐらいまで、1コマ1時間の授業を6時間びっしり受けています。
分野別の分厚い教科書6冊を使い6か月間で3つの『福祉系資格』を取得するコースで、1クラスの生徒は約30人です。
座学実技の授業があり、資格取得試験では筆記試験実技試験が連日で実施されます。
通学開始から2か月以内に1つ目の資格取得試験があるのですが、学習期間が短い割に試験の範囲が広く、分野の違う教科書4冊の中からランダムに問題が出されるので、講師陣も自分が教える担当のページ数が多いと「はい、ここからここまでは各自で読んでおいて。」という具合で、飛ばされたページは独学あるのみという過酷な授業もありました。
人体の機能、老化による症状と予防策、人権や尊厳の法律、福祉制度、コミュニケーション術など、覚える内容が盛りだくさんで、学生時代のテスト勉強と同じ勢いで深夜まで机に向かっていました。


波乱の試験

実技の試験で、私は順番が1番になってしまい、学校についてすぐアワアワしながら臨むハメになりましたが、何とか大きなミスもなく合格できました。
筆記試験は6割正解で合格となるので、あれだけ勉強したんだからそれなりの点数が取れるんじゃないかと思いながら臨みました。
広い試験範囲の全てを覚えるのは困難だった為、講師が授業中に話したポイントを重点的に覚えたのですが、想像していた問題の内容とは違い、早い段階からショックで震えていました。
67問中の60問以上が5つの文の中から正しいものや誤ったものを選択するタイプのテストで、選択問題なら楽だと思いきや、全ての文を読むだけでも結構な時間が取られる上に引っ掛けの文が多く、最後の問題まで行きつくだけで必死でした。
試験に向けて、お酒を飲まずにひたすら勉強をしてきたので、試験が終われば肩の荷が下りて美味しくお酒が飲めるとワクワクしていたのに、試験の結果を聞くまではそれどころではありませんでした。


選ぶべき道

結局、合格することができたのですが7割しか正解できず、3月に受ける9割正解が必須の試験不安を感じ、勉強の仕方を変えなくてはと思いました。
今回の試験勉強では特に人体の仕組みや衰えについて興味を持ち、熱心に教科書を読み、インターネットでも関連情報を集め、その分野だけでマイノート3冊作りました。
自分にも思い当たる症状や将来的に心配な症状について学んでまとめたそのノートを、今後の人生に役立てていこうと思っています。
特に糖尿病の怖さや内臓の下垂、血流については、講師陣の話や自分で調べた知識を踏まえ、最近は夜の糖質摂取量を見直し、授業中や食事中は常に姿勢を正しく保って背中や脇腹の筋肉を意識し、第二の心臓といわれる下肢の筋肉(ヒラメ筋)を鍛える為になるべく歩くように心掛けて生活をしています。
このタイミングで自分の健康について改めて考える機会が持てたのも『福祉系資格』の取得を目指したからだと思うと、今私が進んでいるこの道はやはり選ぶべき道だったに違いないと感じます。


福祉施設での実習

試験の次は福祉施設での数日間の実習があり、キャリアコンサルタントの先生が生徒それぞれに合いそうな実習先をセッティングしてくれました。
私の実習先は設立されて間もない新しい施設で、自宅から徒歩40分くらいの場所にあり、普通ならバスを利用するのですが、第二の心臓を鍛える為に私は毎日歩いて通いました。
お天気にも恵まれ、青空と綺麗な山の紅葉を眺めながらの気持ちの良いウォーキングでした。
1つ目の資格は取得したものの、未経験者の私に福祉施設での実習を終えられるのかと心配でしたが、職場はフレッシュな雰囲気で溢れ、職員の方々も実習生の私を快く受け入れてくれました。
実習先によって実習内容は異なり、私の場合は業務の見学施設利用者との交流がメインだったのですが、過去に接客業をしていた経験を活かし多くの方々と明るく接し、無事に実習を終えることができました。
思いやり親しみを持って接することで相手に想いが伝わり自然と笑顔が広がる様子に、人と心で繋がる大切さ醍醐味を感じました。


新たな前進

今回の実習で、私は職員の方々の業務をほとんど見学しているだけでしたが、福祉施設の現場には笑顔だけではこなせない大変な仕事も多く、私もいずれ働くようになれば辛いこともたくさん経験するのだと思います。
実際にその立場になってみないと自分がその大変な仕事をこなせるのか想像もつかず不安ですが、困難を乗り越えてでも人を支えようとする気持ちこそが真の『福祉の精神』であり、福祉に関わる人間が持つべき心の強さだと思うので、私は自分の資質を確かめ、自分にできること本当に目指すべきものを知る良い機会と捉えています。
なので、勉強に励み3月までに3つの『福祉系資格』を取得して福祉施設での仕事に挑戦し、更に国家資格の取得も視野に入れながら頑張ってみようと思います。
2020年の書き初めで書いた言葉の通り、私は新たに見つけた修行の道『前進』していきます。

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※ そんな訳でいろいろとあった為、しばらくブログ記事も掲載できていませんでしたが、今後は学校で学び感じたことなどにも触れながら、またいろいろとお伝えしていきたいと思います (^-^)

思考範囲の大切さ


危険な決めつけ

思考範囲経験や知識の引き出しの多さは生き力に繋がりますが、パターン化された生活を繰り返す日々を送っていると、せっかくの広い視野が自分を取り巻く小さな世界の中で感化され、思考の幅が狭くなってしまいがちです。
何か一つの事柄について「考えられるのはこれしかないだろう」と自分が思いつくこと以外は絶対にないと思い込んでしまうと、せっかくの善意からの言動が良くない方向へ進んでしまうことも多々あります。
例えば「健康面で心配だから痩せた方がいい」というアドバイスは至極当然で好意的な気遣いに聞こえます。
太った原因が惰性的な不摂生だったとしたら、それは生活習慣に喝を入れて正しく導くアドバイスになるのでしょうが、ポイントは太る原因が不摂生だけとは限らないということです。


様々な理由

太る原因には薬の副作用や、個々に差が出る年齢的な変化、家系的な体質の他に、ストレスで精神的に追い詰められ、飲食でなんとか精神状態を保っているというケースも考えられます。
私が思いつくのはこれらのことですが、考えられる原因は他にもあると思います。
何パターンもの原因が考えられるのに、一方的に「自己摂生ができてないのはダメ!」と強めの調子で「痩せた方がいい!」と言って、実は相手には病気など特別な理由があったとなると、そのアドバイス無神経な発言になってしまうのが心配です。
特別な理由があるならそれを明かせば終わる話とも思われますが、自分の身体に関することを他人に話したくない人もいるので、思うほど簡単ではないのです。


複数の想定と必要性

何らかの特別な理由を話すことになった場合「余計な健康アドバイスさえなければ個人的なことを話す必要なんてなかったのに・・・」迷惑に思う人もいるでしょうし、理由を打ち明けたくなくて黙っていた場合、事情を知らない相手から何度も「痩せた方がいい」と繰り返され嫌な気持ちになる人もいるでしょう。
太った原因がストレスで、アドバイスをしてるその人がストレスの種だった場合は「実はあなたがストレスで・・・」とは言えず、更なるストレスで苛立つのではないでしょうか。
このように、他の想定を考えずに「身体のことぐらい誰にでも話すのが普通」と決めつけて発言してしまうと、せっかくの善意裏腹な結果に繋がる恐れがあります。
個人的な事柄はハラスメントになるので触れないのが無難ですが、口にする際にはまずいろんなケースを想定して考えてみることが必要じゃないかと思います。


単純ではない現実

先日、インターネットで「ひとり親なのは自己責任」という言葉を目にしました。
ひとり親になる経緯はドラマによくあるような話だけではなく人それぞれなのに、何を持ってそんなことを言うのだろうと私は驚きました。
死別した人だっているでしょうし、子供を暴行性暴力、その他の悪影響から守るために決別した人もいるでしょう。
幼い子供が障害児と診断された途端に世間体のためお金だけ渡して縁を切る親、借金を残して無責任に消える親、犯罪者として逮捕される親、子供に犯罪を強いる親、激情して子供の幼稚園や小学校で暴れる親、いろんな酷い親が実在します。
全ての人が何でもオープンに話す訳ではありませんから、語られず誰の耳にも入らない事実もあると考えるのが妥当なのに、自分が知り得ない話は現実ではないという狭い思考範囲で他人のことを悪く決めつけるのは乱暴な行為だと思います。


『社会的ないじめ』

発信されて誰かに伝わる話だけが真実ならば、情報を操作してバラまく人の作り話が真実で、沈黙を貫く人には真実など一つもないということになり、それは非常に愚かな解釈だと思います。
情報の見極めができないでいると、誰かの悪意に利用され、知らないうちに自分も共犯となることもあるので、何でもむやみに信用するのは危険です。
ひとり親を自分の勝手なイメージ憶測して言いふらす人、それを鵜呑みにしてしたり顔見下す人も実在します。
どんな成り行きであれ、それぞれの事情を抱えながら、ただでさえ大変な育児を一人でやり繰りしている世の中のひとり親を『自己責任』という言葉で否定して『ひとり親であること=ダメなこと』という偏見差別するのは『社会的ないじめ』に思え、残念な気持ちになりました。


思考範囲の大切さ

知識経験値は人によって違い、知っているから偉いとか知らないから不幸という訳ではありません。
ただ大事なのは「こうとしか考えられないだろう!」狭い思考範囲で決めつける前に「自分の中で思い浮かぶのはこれぐらいだけど、他にもいろんなケースや考え方があるかもしれない・・・」という気持ちで見つめ直すことだと思います。
思考範囲考え方の傾向自分を取り巻く環境に大きく左右されがちで、特に差別偏見など、悪い影響ほど容易く伝染するものです。
偏見を持たず、実際に自分が接した印象やそのときの様子をもとに相手を理解できていた人でも、他人の噂話が大好きで悪口で盛り上がるためなら事実なんかどうでもいいという人の側にいると、よほど芯の強い人間でない限り惑わされてしまします。


悪い影響

公正な判断ができていた人でも、噂話悪口に参加はしなくとも、周りから伝わる無責任な情報を多く耳にするうちに、自然とその情報で他人のことを知ったような感覚になり、怖いことに自分のそんなマイナスの変化に気づかないまま、それがいつしか自分の『他人を知る術』として定着してしまいます。
情報通で、常に情報の中心でいたい人たちというのは、誰かが傷つくことや誰かに迷惑をかけることをまるで気にせず、平気で話を作り情報操作をします。
そして「あたなにだけ特別に・・・」という魔法のワードと一緒に誰かの情報を提供することで相手に心を開かせ、他の人やその人自身の新たな情報を引き出し、今度はその情報を持って別の人のところへ行くという行動をひたすら繰り返すのです。

『劣等感』という呪縛

ですから私は『情報通』な人間ほど信用せず、近づいてこられたら天気や食べ物のどうでもいい会話で切り返して、なるべく関わらないようにします。
噂話や情報の中心にいる人間が唯一悪く言わないのは自分自身のことだけで、周りの人間のことは一番仲の良い噂仲間や自分に目をかけてくれている上司先輩のことでさえも必ず悪く言うので、そういう人間に特別扱いされて真に受けるのは間違いです。
誰かの悪口を言うことで結ばれた関係性は負の財産にしかなりません。
噂話悪口でしか他人とコミュニケーションがとれない人は、心に劣等感を抱えているから、他人を貶めて嘲笑うことで自分が優位に立とうとするのでしょうが、そんな行為は自分をどんどん醜くするだけで、結局は自分の首を絞めることになります。


与えられたギフト

誰にでも必ず天性の魅力があると私は思っています。
自分の魅力に気づいて自分自身を肯定することができない限り、ずっと負のスパイラルに捉われ続け、どんなに充実しているように見せても心が貧しいまま歳を重ねることになってしまうので、天性の魅力という与えられたギフトを良い方向へ活かして欲しいと思います。
周りの目は意外と鋭く厳しいので、他人の評判が落ちるよう吹聴する人、上や外部への善人アピールばかりで自分より下の立場の人には横暴な人は、自分では上手く立ち回って高評価されているつもりでも、実際は軽蔑されているものす。
誰かと出会うほどに愛想笑いの下で実は自分を軽蔑している人間が増える人生なんて虚しいので、自分に与えられた魅力を味方につけて自身の歪んだ心に打ち勝って欲しいと思います。


負の落とし穴

劣等感というのは誰かと比べて優劣をつけ羨ましがるから生まれる感情なので、まずは誰かと比べるのをやめる穏やかな気持ちになれます。
他人と比べたところで、自分の寿命経済環境、その他の事柄が変わる訳でもないのに、一体なぜ他人と比べる必要があるのかと私は思います。
もし、つい誰かと比べてしまったときは最後に「比べたところでどうなる訳でもないのに、バカバカしい!!」と、笑い飛ばして無かったことにするのが効果的です。
『他人と比べる』以外にも負の落とし穴は日常の至る所に存在します。
新型コロナウイルス感染拡大の影響で何かと大変なこの時期は特に、思い通りにいかず気分が滅入ることも多いかもしれません。
だからそんなときこそ、うっかり負の落とし穴にはまり心が捉われてしまわないように、私はなるべく笑って生きていこうと思います。

自分なりのボランティア


見直しの良い機会

新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、外出せずに過ごす『おうち時間』が増え、家の中にある物を見直して片付ける良い機会ができました。
私は、サイズや丈が合わなくなった自分の洋服のお直しをして着られるようにしたり、何着かの子供服をリメイクしてエコバッグを作ったり、汚れてもう着られない洋服を手ごろな大きさに裁断してプチ雑巾を作ったりと有効な再利用を試みました。
そして今度は、ずっと保管してある子供用品の見直しに取り掛かりました。
子供の成長速度は親の予想を上回り、サイズが合わなくなって数回しか着用できなかった洋服や靴が少なくありませんし、中には一度も着用しないでしまった物もあります。
お裁縫が好きな私ですが、スーツコートなどは下手にリメイクをしてせっかくの型を崩してしまうのがもったいないので、手を着けずにそのまま保管していました。


卒業式の服装

この地域の小学校では卒業生袴姿で卒業式に出席するのが主流で、娘も袴を着るつもりでいたのですが、卒業式の頃でもまだ雪が残っているこの地域の厳しい自然環境を考慮した娘が寒い朝に美容室に行くために早起きするのキツくて嫌だし、雪の中を袴姿で移動するのは大変そうだから卒業式はスーツを着る。」と言い出したので、袴は別日に写真館で撮影する時だけ着ることにして、卒業式用のフォーマルスーツを探し始めました。
なるべく明るい色のスーツを探そうとしても、入園式や入学式で着る小さな子供用の可愛らしいスーツとはだいぶ違い、少しお姉さんなお年頃向けの子供用スーツは白黒や紺色シックで大人っぽいデザインのものが多く、なかなかイメージに合うものが見つかりませんでしたが、晴れ舞台の卒業式で着るスーツなので私たちは根気よく探し続けました。


フォーマルスーツ

春らしい色のスーツ用布地が家に買い置きしてあったので、私がスーツを作ってしまった方が早いかなとも思いましたが、小学校を卒業する頃の子供の服となるとジャケットに『プリンセスライン』という縦の曲線切り替えを入れたりしてエストラインを絞らないとダボついてしまいます。
スタイリッシュなシルエットに仕上げるためには型紙を起こして正確な裁断をする必要があり、小さな子供用の洋服のように短時間で簡単には作れないので断念し、ひたすら既製品を探し続けました。
ピンクのラインでトリミングされた淡いグレーのジャケットパステル系の紫色とピンクのチェック柄スカートがセットになった素敵なスーツをようやく探し当て、娘はそれを着用して卒業式に臨み無事に記念すべき式典は終わったのですが、その後はスーツを着る機会がなく、結局は一度しか着用しませんでした。


キレイな保管品

夏用や冬用など使用する季節が決まっている洋服は着る回数がとても少ないので、浴衣半袖の洋服、綿入りコート冬用小物ほとんど傷みがないものが多くありました。
電子バイオリンキッズパソコンなどのオモチャも娘が使用しなくなってからは購入時の箱に説明書と一緒に入れて保管しており、絵本はカバーが破れないようにあらかじめ外した状態で使用し、もう使用しなくなって箱に保管する際にカバーを再度戻していたので新品に近い見た目でした。
幼稚園児だった娘に購入した子供用自転車は、流行のキャラクターものではなく、自転車専門店で選んだカゴがバスケットになっている何気にフランスっぽい(?)シンプルでお洒落な赤い自転車で、あまり乗る機会がないままヘルメットと外した補助輪と共に室内で保管していたのでほぼ無傷でした。


応援したい対象

私が子供用品をずっと大事に保管していたのは、キレイな状態品質もそれなりに良い物なので、自分が応援したいと思える人にお譲りして、ぜひ育児に役立ててもらいたいと思ったからです。
残念ながら今まで私の周りにはお譲りする対象として該当する人が見当たらず、家での保管が何年も続いていました。
ですが今回、新型コロナウイルス感染拡大の影響で被害を受けた社会のニュースを目にする内に私は「様々な事情を抱えながら逆境の中で頑張っている母子家庭の方々を応援することはできないだろうか?!」と思いつきました。
そこで早速この地域の母子家庭支援団体に問い合わせると、その支援団体の施設に子供用品を持っていけば事務局から情報を発信して必要な方々にお渡しできるとのことだったので、私は張り切って保管してきた子供用品を整理し始めました。


運搬準備

押し入れや物置の奥の方から数々の段ボール箱を引っ張り出して、結構な数の子供用品を一点ずつチェックし、念のために最後に洗ったり拭いたりして状態を整え、持ち運びがしやすいように絵本以外の荷物は持ち手がついた丈夫な紙袋に入れ替えました。
この機会に合わせて、デニム生地の洋服を新たなポシェットにリメイクして荷物に追加したので、運搬の準備が完了するまで数日掛かりました。
私は車を運転しないので運搬にはタクシーを利用する予定でしたが、子供用の自転車やスキー類は大きくかさばりセダン型のタクシーだと一度に運ぶのが無理そうなので、ワゴン型のタクシーを手配できないか調べました。
チャーター料金2000円メーター運賃の支払いで全ての荷物を一度に運べる大きなワゴン型タクシーがあることがわかり、私はチャーター予約をしました。


自分なりのボランティア

子供用の自転車スキー類の他に、洋服、靴、オモチャ、バッグ、ヘアアクセサリーなどが入った大きい紙袋13袋絵本が入った段ボール箱1個を大型タクシーで支援団体の施設に運び、職員の方々に引き渡すと「すごくキレイな状態ですね!たくさんのご寄付をありがとうございます。こちらで責任を持って必要な方々にお渡ししますね!」と言ってもらえました。
それを聞いて私は、家のスペースが奪われ続けながらも子供用品を良い状態で保管してきた甲斐があったとしみじみ感じ、自分の行いが報われた喜びと、自分が応援したいと思える人たちのお役に立てる嬉しさとても爽やかな気持ちになりました。
その日はこの夏一番ぐらいの猛暑で体力を奪われるような暑さでしたが、自分の身の丈に合った自分なりのボランティア活動ができた充実感不思議なパワーが溢れ、私は炎天下も気にならず弾む足取りで施設を後にしました。


必ずあるプラス要素

ボランティア活動の良い機会なので、子供用品の運搬には娘も同行の予定だったのですが、テスト勉強に追われてかなり大変そうだったので私一人で出掛けました。
帰宅して、職員の方々からいただいた言葉を娘に伝えると、自分が愛着を持って大切に使っていたお気に入りの物誰かの役に立てることが私と同様に嬉しいようで、とてもいい笑顔で話を聞いていました。
今年は新型コロナウイルスの感染拡大の影響で自粛が求められ、おばあちゃんの新盆のための帰省も、毎年恒例のリゾート旅行も中止して本当に静かに過ごしていますが、この期間に自分なりのボランティア活動ができたのは時間に余裕があったからなので、現在の環境の中にもプラス要素があることがわかります。
私は、今後また環境が変わってもポジティブな思考を忘れずに、日々の中に幸福感を感じながら生きようと思います。

我が家では最近、暑さを吹き飛ばすべく大きなスイカを豪快に食べて夏をこよなく実感できていることがささやかな幸せです🍉

自粛期間のリメイク生活


意外と快適な『おうち時間』

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、2020年の春から全国的に自粛生活が始まり、我が家では毎年恒例のゴールデンウィーク旅行が中止になりました。
その上、週末もどこにも行けずにストレスを感じる生活になるかと思っていましたが、意外と私たち家族はまったりと過ごす『おうち時間』を快適に楽しみました。
休校になったことで活発な活動ができなくなってしまった娘ですが、パソコン好きなのでインターネット配信される学習プログラムを利用する勉強法を「繰り返し見られるし、自分のペースとタイミングで進められるのがいい」と好んで取り組んでいました。
家から娘の中学校までは徒歩で40分程かかり、教科書が入った重いリュックを背負い、部活道具のバッグを肩に掛け通学する娘を、私は常々「まるで10キロの米袋、またはそれ以上の重さの荷物を担いで遠くまで歩くのと同じで可哀相だなぁ・・・」と思っていたので「通学がなくなって超ラクちん!」と喜ぶ娘の姿に納得でした。


我が家の過ごし方

我が家の愛しい老猫ちゃんは、いつもお留守番だったのに、私たちがずっと家にいて老猫ちゃんをたくさん撫でて抱っこする新生活にご満悦の様子で、うんと甘えん坊さんになりました。
休校で給食がなくなり朝昼晩の食事を自宅で食べるようになった娘のために私はお料理に力を入れ、新型コロナウイルスに負けない免疫力を維持できるように、たくさんの緑黄色野菜発酵食品を使った料理を作って食べさせました。
外食にも行けないので淋しい食生活にならないよう、なるべく娘と自分の好物を食卓に並べて気分をアゲるように心掛けていました。
世間ではマスクが品薄状態で購入が困難ということだったので、私は自分でマスクを作ることにしました。
家にはお裁縫が趣味の私が長期に渡り買い込んだ布地が山ほどあったので、インターネットに紹介されていた立体型マスクの型紙を少しアレンジして、私と娘の一週間分14枚と数枚のスペアで約20枚のマスクを作りました。


マスクのリメイク

家の片付けをすると、数年前に購入した子供用不織布マスクが大量に見つかりました。
開封済みのマスクなので誰かに譲るのも気が引け、大人用マスクを使用している娘は「今さら小さいマスクなんか着けたくない!」と言うので、私はマスク用のゴム紐を入手して子供用マスクに付け足し、長さを緩く調整して自分で使うことにしました。
「顔を覆う部分が小さすぎて変かな?」と不安に思いましたが、実際に着けてみると、暑いときは布地の手作りマスクで顔の大半を覆うよりも涼しくて良さそうに感じました。
話題の『アベノマスク』が我が家にも届いたので開封してチェックしてみると、特に汚れなどの問題はなく、良質のガーゼが何重にもなっているしっかりした造り縫製も丁寧でした。
大きさは、鼻から顎下まですっぽりと覆える立体型マスクに慣れている私たちには縦幅が足りなかったので、私は届いた2枚の『アベノマスク』の上下に布を付け足し、両脇にタックを入れて立体型マスクにリメイクしました。


愛着のある洋服

家で過ごす時間が大幅に増えたので、私は家のスペースの大半を占めている洋服の見直しをすることにしました。
娘が小さい頃の洋服は私の手作りが多く、既製品は品質やデザインに一目惚れして購入したお洒落なものなので、娘の成長に伴い洋服が小さくて着れなくなっても布を付け足して着丈身幅を直すと、娘も喜んで着てくれていました。
それ以上のリメイクが難しくなり、いよいよ娘が着れなくなってからも私は洋服を保管していたので、押し入れの中は洋服入りの段ボール箱でいっぱいでした。
今回その子供服を箱から出し、まずはキレイな状態のものと着古したものに仕分けし、私が手作りした洋服でキレイな状態のものは「いつか誰かに譲る機会があったら喜んで着てもらえるかもしれない」という希望の下、自分の作品として記念に引き続き保管することにしました。
そして私はその他の子供服を眺めながら「なんとかこの子供服をリメイクして再活用できないかなぁ・・・」と考えました。


エコバッグへのリメイク

日本でも自然環境保護運動エコロジーの一環で販売店プラスチック袋が有料制になり、マイバッグの使用が強く推奨されているので、私は何点かの子供服をエコバッグにリメイクすることにしました。
幼稚園や小学校で着たスモックは動きやすいように身幅が広めに作られているのでエコバッグにピッタリの大きさでした。
私が作った娘の洋服も、過去に布を足して身幅を広くするリメイク済みだったので標準のお稽古バッグよりも大きなサイズになり、裾を縫い合わせて肩ひもを取っ手として付け替えただけで簡単にエコバッグに変身しました。
エコバッグを作りながら私は、15年以上前に受けたカルチャーショックについて思い出しました。
私はオーストラリア滞在中に、ヨーロッパのオーストリアから旅行に来ていたオーストリア人女性と友達になり、数年後、オーストリアの首都であるウイーンに住む彼女のところへ遊びに行きました。
そして彼女の家に滞在した約2か月の間ヨーロッパの国々に足を伸ばし、刺激的な時間を過ごしていました。


自然環境保護運動エコロジー

初めてウイーンスーパーマーケットで買い物をした私は、レジ袋をもらえなかったのでレジ係の女性にたずねると「持ち帰るための袋は有料だから、袋を購入するか自分のバッグに購入した物を入れて持ち帰るかです。」と言われ、マイバッグを活用する文化を初めて知りました。
そのスーパーマーケットで販売しているのは1200円程立派な布製のバッグ80円程取っ手なし紙袋で、私はとりあえず安い紙袋を買ったのですが冷蔵・冷凍食品を入れると湿気で紙がもろくなり、重い物を入れると破れやすくなるので持ち帰るのに苦労しました。
当時の私はそれを単に『文化の違い』と捉え、驚いた思い出として記憶しただけで深く考えませんでしたが、日本でもプラスチック袋の使用を本格的に減らすための対策が制度化されたことを受け「遅いスタートではあるけれど、これを機会に便利さよりも自然環境保護運動エコロジーについてもっと真剣に考えた行動をしていこう!」と強く思いました。


洋服のリメイク方法

洋服のリメイクをいろいろ考え、娘が小学生のときに履いていた着心地の良いハーフパンツやジャージは、両脇の縫い目をほどいて横幅15センチの同色系の布2枚を左右に付け足しエストと脚幅を広くし、部屋着としてリメイクしました。
ほとんど着ないままサイズが小さくなってしまったTシャツも、袖から裾までの両脇の縫い目をほどいて横幅15センチの布2枚を左右に付け足して身幅と袖幅を広げ、Tシャツの裾に上下幅20センチの布をぐるりと縫い付けて着丈を長くし、夏用パジャマにリメイクしました。
自分の洋服も一通りチェックし、現在の年齢的に丈が長く感じられるスカートの丈詰めをしたり、サイズがきつくなったものは娘の洋服のリメイクと同じ要領で身幅を広くしたり、パンツはゆったりと楽に履けるデザインに変更したり、袖が短く感じられる洋服には布を付け足して袖丈を長くしたりと、ずっと着続けてきた大好きな洋服をこれからも着続けられるようにリメイクしました。


万能なプチ雑巾

我が家では、使い古して不要になった布製品はすぐに捨てずに、一度洗濯をして10センチ×15センチぐらいの布切れに裁断してプチ雑巾として使います。
今回、リメイクが難しいと判断した着古し済みの洋服も、老猫ちゃんが吐く毛玉の掃除家の掃除に使用するプチ雑巾になりました。
また、食器洗いを少ない水で済ませ、油類をなるべく排水溝に流さないための試みとして、私は油や調味料がついたフライパンやカレーなどを作った鍋、油汚れがついた食器は汚れを拭き取ってから洗うので、その際もプチ雑巾が重宝します。
キッチンペーパーなどを使うより、捨てるつもりの不要な布製品から作ったプチ雑巾を使う方が合理的なエコロジーだと考えて実行しています。
老猫ちゃんがこの頃ベッドと壁の間にすっぽりとはまってあたふたすることがあるので、老猫ちゃんの転落防止プチ雑巾を袋に入れて危険な隙間に詰め込むなど、安全な環境づくりにも役立っており、我が家ではプチ雑巾大活躍です。


『捨てればゴミ、活かせば宝!』

今回の自粛期間中、私はリメイクをしてかなりの枚数の洋服を再活用できるようにした他、以前いただいたサイズが合わない新品のカーテンをベッドのシーツにリメイクしたり、我が家では使わないシングルの敷布団カバーに布を付け足して掛け布団カバーにリメイクしたり、日常生活に必要なアイテムを作ることもできました。
不要な物をゴミにせず、活用できる状態へのリメイクを成し遂げた達成感と、今後も自分が好きな洋服を着続けられる嬉しさ、ずっと箱の中にしまっていた大量の布地をリメイクのために有効活用することができた充実感で私の心は満ち溢れています。
『捨てればゴミ、活かせば宝!』という考え方は自然環境保護運動につながる大切なキーワードにもなると思うので、私は今後もエコロジーのために良いアイディアが浮かんだら実行していくつもりです。
どこにも出掛けられない自粛期間でしたが、私には充実したリメイク生活をしながら家族と穏やかで贅沢な時間を過ごせた貴重な機会となりました。

『オーストラリアの動物たちと』Vol.7


魅惑のオーストラリア

30歳をあと数年後に控えたある日、私は「そろそろ大人として、海外旅行も一度ぐらい経験しておいた方が良いのかも・・・」と思い立ち、動物が好きなので珍しい動物がたくさんいるオーストラリアを『初めての海外』に選びました。
せっかくの海外経験なのでホームステイ語学の勉強ができるプランを練り、クイーンズランド州ブリスベンゴールドコーストケアンズ刺激的なアクティビティーを体験し、サマークリスマスなど生まれて初めての経験を通して様々な人と交流しながら異国文化に触れ、私はすっかりオーストラリアに魅了されました。
そして帰国後、1年間の滞在が可能な『ワーキングホリデイビザ』を取得し、オーストラリアの動物園ボランティアとして働かせてもらえるラッキーなチャンスを掴んだ私は再びオーストラリアへ旅立ちました。

広がる御縁

まずはニューサウスウェールズ州シドニーとヴィクトリア州のメルボルンで数週間ずつホームステイをし、それが終わるとメルボルンから車で2時間ぐらいの郊外にある動物保護施設ボランティアとして飼育員のお手伝いをさせてもらいました。
たくさんの動物と動物好きな人たちに囲まれて夢のような日々を送っている内に気の合う友人もでき、友人の一人から「私はWWOOF(ウーフ)のホストファミリーをしているんだけど、良かったらWWOOFER(ウーファー)として、私の家に滞在しない?」とオファーをされました。
『WWOOF(ウーフ)』とは、労力を必要とする農場などで労働するかわりに農場などの人が宿泊場所と食事を提供するという助け合いの滞在交流システムで、日本では知名度が低いですが、日本も含めた約60か国で行われています。


仲良しのお友達

その友人は『WWOOF(ウーフ)』で外国人を受け入れ、文化交流を重ねており、彼女の家での労働内容は敷地の草刈りや庭の手入れなどでした。
私はそのオファーを受け、動物保護施設でのボランティア期間終了後、彼女の家にWWOOFER(ウーファーとして滞在することにしました。
ボランティアをしていた動物保護施設から車で40分程の地域にある彼女の家は大自然の中にあり、山一つが彼女の家の敷地でした。
ログハウス風の大きな平屋の本邸から少し離れた所にWWOOFER(ウーファー)用の小さな建物があり、私はそこに滞在しました。
彼女の家には白いマルチーズ白と黒と茶色のブチ柄のオーストラリアン・キャトルドッグがおり、二匹とも私を嬉しそうに迎えてくれ、特にオーストラリアン・キャトルドッグには顔中を舐める猛烈な歓迎をされ、その夜から毎晩ベッドで一緒に寝る仲良しになりました。

日本のカレー

私はWWOOFER(ウーファーとして、本邸の掃除や敷地内の草刈り、裏山にいるヤギのお世話をこなしました。
オーストラリアで滞在した家では必ず料理を作って振舞っていたので、私は大きな街に行った際、必ずチャイナタウンで主要な調味料を買い置きするようにしていました。
ある晩、カレーを作ろうと人参を切っている私に「息子は人参が大嫌いでどんな風に料理しても絶対に食べないのよ。なかなか食べる機会のない異国の料理だから挑戦はさせるけど、もし残してしまったらごめんなさいね。」と友人が言いました。
日本では甘口のカレーは子供に大人気ですが、オーストラリアの野菜嫌いの子供にも好かれるのかと心配しながら食事を始めると、彼女の9歳の息子は「すごく美味しい!」とパクパク食べておかわりもしてくれ、人参が食べられたことに本人もビックリしていました。


お料理のススメ

私は二人に『料理の天才』と称賛されましたが「凄いのは私じゃなく日本の食品メーカーだよ(;^ω^)」と訂正しつつ、やっぱり日本の甘口カレーは子供に絶大な人気で凄いなぁと思いました。
美味しいものには人を幸せな気持ちにし、人々の心の距離を縮める力があります。
私は、自国の料理を振舞うことはとても効果的な異文化交流の手段だと考えており、実際に今まで訪れた国々で料理を作って振舞うと友好的な関係を築けました。
カレーの材料であるジャガイモ、人参、玉ねぎ、鶏肉はほぼ全世界で食べられている食材なので、日本のカレーはルーさえ準備すればほとんどの国で作れる料理です。(甘口がお薦めです!)
大きな都市には大抵、チャイナタウンやアジア系の食品店がありますから、日本で購入するより価格は多少高いですが調味料などを入手するのは難しくないと思います。

アイディア次第

卵と砂糖もほぼ全世界で手に入る食材なので、玉ねぎと鶏肉の他に醤油(めんつゆなら更に良し)さえあれば親子丼もほとんどの国で簡単に作れますし、ベジタリアン向けには鶏肉を使わないで玉子丼を作ることもできます。
海外では薄切りの肉はなかなか見かけませんが、エビやイカなどの魚介類やキャベツ、小麦粉、卵は入手しやすいので、ソースとマヨネーズがあるときはお好み焼もよく作りました。
宗教的な食事制限アレルギーの有無に注意が必要ですが、人との友好的な繋がりを築くのに料理は心強い助けとなりますし、何より単純にその心遣いが喜ばれるので、自国の簡単な料理はいくつかできるようにしておいた方がプラスになると思います。
お返しとして相手から得意料理を振舞われることもあり、お互いをより知るきっかけとなるので楽しいです。


新たな展開

WWOOFER(ウーファーとして生活をする中、友人が西オーストラリア州レース犬のトレーナーをしている従妹に連絡を取り私を紹介してくれ、私はその従妹の下でアシスタントをすることになりました。
ドッグレースとは、競馬のような要領グレイハウンドというシャープな体系の大型のレース犬が走る競争で、レース場も競馬場とほとんど同じ様式です。
友人の従妹は約50匹のレース犬のトレーナーとして活躍しており、大事なレースを控えているのでそれが終わり次第、私を受け入れてくれるとのことでした。
私は西オーストラリア州で仕事のお手伝いをする前に、受け入れ日までの期間を利用してヴィクトリア州や南オーストラリア州観光旅行をしてみたいと思い、WWOOFER(ウーファーとしての生活を終えてメルボルンに向かいました。

華やかな行事

メルボルンでは11月上旬に大きな競馬の大会があり、街中がお祭りのように賑わいます。
紳士淑女正装をして競馬場に出掛け、シャンパを飲みながらレース観戦を楽しむのが恒例となっており、女性はゴージャスなデザインの帽子でドレスアップをします。
私はメルボルンの一番大きな駅の近くにあるバックパッカーズホステルに滞在していたので、そこで出会った日本人の若者たちと一緒に観光客として競馬場に出掛け、レースを楽しむ地元の華やかな人々を遠目に異国文化の雰囲気を現地で実際に味わい満足しました。
メルボルンはオーストラリアで二番目に大きな都市で、住みやすい規模の環境が私は好きでしたが、動物保護施設でボランティアをする前に滞在していたので、まだ訪れたことのない南オーストラリア州アデレードへ早々に移動することにしました。

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アデレード行きバスツアー

ただ高速バスに乗ってもつまらないので、メルボルンを出発してグレートオーシャンロードなどの観光スポットを巡りながらアデレードに向かう5日間のバスツアーに参加しました。
私は出発日に念の為、約束の時間の15分前からバスを待っていたのですがなかなかバスが来ず、もしかして待機場所を間違えたのではないかと不安になり、何度もツアーの案内書を確認しながらオロオロしていました。
1時間以上が過ぎ、ようやく着いたバスから軽やかに降りてきた運転手兼ツアーガイドの男性「やぁ、僕がこのツアーのガイドだよ!5日間、最高の旅にしようね(^o^)/」爽やかな笑顔で私をバスに乗せ、ノリノリでバスを出発させしました。
私はそのとき「さすがはオーストラリア人。これからの5日間は当然オーストラリア流のツアーだと覚悟せねば・・・」お国柄の違いを噛みしめました。

グレートオーシャンロード

ツアー参加者はイギリス、ドイツ、イタリアなどから来た大学生や社会人の女性で、私を含む8人のメンバーはみんな一人旅中でした。
初日はグレートオーシャンロードをドライブし、不思議な横縞模様が入った断崖と『12使徒と呼ばれる岩々が海にそびえ立つ神々しい風景に心を奪われました。
2日目は、グレートオーシャンロードの上空をヘリコプターで観覧飛行しました。
私はジャンケンで負け、窓の面積が大きい4人乗りヘリコプターの後部座席に座ったのですが、ヘリコプターに乗るのが初めてだったので後部座席からでも眼下に広がる壮大な景色は迫力があり過ぎるくらいでした。
その後はオーストラリアの動物が見られる自然公園に行きコアラカンガルーウォンバットなどを写真に撮り、アボリジニ文化であるブーメランの体験をしました。

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大自然のアクティビティー

3日目は緑が茂る森の遊歩道を散策した後、山道をバスで進み、とある洞窟に到着しました。
私はその日のスケジュールにウォーターフォールという言葉があった気がしたので滝を見に行くのかと思っていたら、実際の記載は『ウォーターホール』で、到着した洞窟の中にある直径6メートル程の大きな穴に自然にキレイな水が溜まっており、そこで泳ぐというアクティビティーでした。
曇っていて少し肌寒かったので私は泳ぎませんでしたが、イギリス人とイタリア人の女性たちが泳いところ水がだいぶ冷たかったようで、二人とも唇が紫色になっていました。
4日目はクルーザーに乗って小さな島の近くへ行き、そこに住むアザラシたちと一緒に泳ぎました。
野生のアザラシなのですが、島に近い海岸沿いに住んでいる人たちに慣れているからか人間を警戒することなくフレンドリーに接してくれました。

アザラシとのスキンシップ

クルーザーの船長が私の水色の使い捨て水中カメラを見て「これをアザラシに見せたら、きっと珍しがって寄ってきてイイ写真が撮れるよ。」と教えてくれました。
アドバイス通りに水中カメラで気を引いてみると、アザラシたちは私の周りに寄ってきたので、かなりアップの写真が撮れました。
今度は船長から「カメラを自分の頬の近くに持ってきてごらん」と言われたのでそうしてみると、一匹のアザラシが私の頬にくっつけたカメラを鼻先でツンツンと押し始め、私がカメラをそっとよけるとそのまま私の頬に鼻先でキスしてくれました。
ヒゲが細い針金みたいでゴワゴワした感触でしたが、貴重なスキンシップにテンションが上がりました。
アザラシたちと泳いだ後はクルーザーで沖まで出て釣りをしました。
良いスポットだったようで、ツアーの参加メンバー全員が魚を釣ることができました。


素敵な船長

船長は釣った魚を船上でさばいてお刺身にしてくれ、小皿に醤油も用意してくれました。
以前、日本人をホームステイで受け入れて以来、日本人と日本文化が好きになり、自分は食べないけど日本人観光客の為に魚をさばいて刺身にし、醤油と共に振舞うようになったとのことで、私は大喜びで遠慮なくたくさんいただきました。
船長の優しさを感じながらいただく新鮮な刺身の味格別でした。
ツアー参加者の中で唯一の日本人である私に特に親切に接してくれた船長は『キャプテンサンタ』のような白いヒゲがよく似合うとても素敵な船長でした。
刺激的で充実した日々はあっという間に過ぎ、5日目の午後にアデレードへ到着してメルボルンからのバスツアーが終了すると、私は初めて訪れる南オーストラリア州での滞在をスタートさせました。

続きはまた『オーストラリアの動物たちと』Vol.8にて

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