『久しぶりの旅行』Vol.1


『老猫ちゃん』と『里帰り』

2018年9月の大規模な震災の後、ウチの愛しい老猫ちゃんが痙攣のような発作を2度ほど起こしたので、それ以来、外泊するのをやめて老猫ちゃんと毎晩一緒に過ごし、老猫ちゃんが無事に過ごせるよう身体的にも精神的にも注意深いケアを続けてきました。
その成果があってか、老猫ちゃんは良く食べ良く寝て毎日を穏やかに暮らし、この3月のお誕生日でめでたく22歳になりました。
毎年、ゴールデンウィークは実家で暮らす102歳のおばあちゃんに会いに里帰りをしていましたが、今年は老猫ちゃんの体調次第では家を空けるのは無理かもしれないと思っていました。
ですが、老猫ちゃんの様子を観察した限り、発作を起こすことなく健康的な状態に落ち着いてくれたようなので、このゴールデンウィークも例年通り里帰りをすることになりました。

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ありがたい出逢い

ペットシッターさんに連絡をすると、いつものようにトカゲちゃんと一緒に打ち合わせに来てくれました。
トカゲちゃんもウチに遊びに来るのにすっかり慣れたようで、娘におとなしく抱っこされ頭を撫でられながら気持ち良さそうに寛いでいました。
久しぶりに引っ張り出したスーツケースを見て「ムムッ!またどこかに行く気にゃ?」と目を吊り上げて警戒していた老猫ちゃんも、いつも優しくしてくれるペットシッターさんに会うと「ニャーン♥」可愛い声でご挨拶をし、存分に撫でてもらっていました。
私たちが家を空けられるのは、安心してお任せできるペットシッターさんがいるからこそで、ウチの老猫ちゃんとも私たちとも相性が良いペットシッターさんに出逢えて本当に良かったと思っています。

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影響されやすい私たち

娘のお誕生日小学校卒業中学校進学と記念行事が続きましたが、外泊を自粛していた為、娘をどこにも旅行に連れて行ってあげられなかったので、ゴールデンウィークのお出掛けは娘の要望を大幅に取り入れて計画しました。
娘がテレビのローカル番組で紹介された新しいフェリーに乗りたいと盛り上がっていたので、行きはフェリーを利用することにしました。
私たち親子は、映像を見るとすぐに影響されて食べたり利用したりする、テレビ番組やCMの製作者の思惑通りに動きがちな消費者です(^^;)
私たちが利用する航路のフェリーは3隻が日替わりで運行するので、まずは新しいフェリーの運航日と部屋の空き状況を調べ、予約がとれる日をベースに旅行の日程を決めました。

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娘の情熱

私は船旅が好きでクルーズ客船フェリーも何度か乗船しており、船上デッキのプールジャグジー大浴場で寛いだり、夜に開催されるショーを鑑賞したりするのが特に好きでしたが、今回、娘が乗りたがっている新しいフェリーではショーの開催がありませんでした。
私は「ショーの観賞こそが船旅の醍醐味なのよ!ショーが開催されるフェリーを予約しない?」と娘に提案したのですが「私はせっかくだから新しいフェリーに乗ってみたいの!お部屋だって新しくて綺麗な方がいいでしょ!!」驚くほどの情熱で押し切られ、確かに新しいフェリーは部屋のタイプも変わっていて面白そうだったので、今回は娘の希望を優先して2段ベッドになっている窓付きの個室を利用することにしました。

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快適なフェリー旅

当日はお天気が良く、船のデッキからは夕陽が海に映えた素敵な景色が見れたので、デッキを少し散歩して写真を撮り、その後すぐに船内のビュッフェレストランで夕食をとりました。
船が小さめなのでレストランも小さめでしたが、和洋中のお料理が1列に並んでいて利用しやすかったです。
ビーフステーキや、地元のシーフードを使った美味しいお料理を頂き、食後は紅茶を飲みながら娘と「やっぱり船旅は特別感があって楽しいね!」と盛り上がり、お喋りを楽しみました。
レストランのすぐ側でピアノ演奏が行われていたので、近くのソファーに座って鑑賞しました。
シアターでのショーとは違い短時間の演奏でしたが、ピアノとの距離が近い分、演奏者の表情を間近に見ながら迫力のある音が聴けました。


寛ぎの時間

お部屋に戻り、少し休んでから大浴場に行きました。
外はもう既に暗くなっていたので窓から海の景色は見えませんでしたが、海の上で緩やかな船の揺れを感じながらお湯に浸かる不思議な感覚の入浴は楽しかったです。
お風呂上りは売店に寄り、冷たい飲み物を買ってお部屋に戻りました。
娘は初めての2段ベッドにテンションが上がり、上段のベッドでゴロゴロしながらテレビをみたりiPadでゲームをしたりと好きなように過ごし、私は半分だけ上段のベッドと重なっている下段のベッドで、まるで洞窟の中に上半身だけ入っているような状態で横たわりながらテレビを見ていました。
こんな風に寛ぎながら移動ができるとラクなので、これからは里帰りの片道は毎回フェリーにするのも良いなと思いました。


贅沢な朝

船に揺られながら心地良く眠れたので、朝は思いのほか早く目が覚めました。
お部屋の窓から外を見ると視界に大海原が広がり、船旅の贅沢さを満喫しました。
雨が降っていたのでデッキには出られませんでしたが、展望フロアーのソファーに座ってお茶を飲みながら海を眺め、軽めの朝食をとりました。
時間に余裕があったので、窓から海が見える大浴場朝風呂を楽しみ、すがすがしい気分で下船の準備をしました。
その日は、到着したフェリーターミナルから街までバスで移動し、街のバスターミナルから更に長距離バスに乗って実家に向かうという、移動だけで疲れそうな予定だったので、朝のリラックスできるひと時は貴重でした。
下船の列に早めに並んだので、時間通りに下船しスムーズにバスに乗ることができました。

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至福のグルメ

お昼前に街に着き、駅のお土産店で以前から気になっていた新作のお菓子を実家のお土産に購入してから、長距離バスのターミナルへ向かいました。
思っていたよりも早く街に着いたので、予約していたバスよりも1便早いバスに変更してチケットを購入し、出発までの時間にいつもの牛タン屋さんで昼食をとりました。
厚いのに柔らかくてすぐに噛み切れるジューシーな牛タン、わさび醤油で頂く新鮮なホヤの刺身、昔よく食べていたホタルイカの沖漬けをつまみにビールを飲み、本当に美味しいと感動したときに、気取ることも忘れてつい口からこぼれ出る「うんめぇっ!」という素のフレーズを連発しながら味わいました。
私は毎回、この至福の時間があるから、実家までの長距離バスで4時間ほどの移動に耐えることができています。

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健康な家族

ゴールデンウィークの渋滞で少し予定よりも長いバス移動となりましたが、無事に実家に着くことができました。
102歳のおばあちゃんは、ボケてはいましたがとても元気そうで、娘の姿を見ると誰だかはっきりとはわからないものの、笑顔で喜んでいました。
週に5日、地域のデイケアサービスセンターに通い、レクリエーションゲームをして遊んだり、体操をしたり、お風呂に入ったりして活発に過ごし、食事も残さずにモリモリ食べているとのことで安心しました。
両親もだいぶ年齢を重ねていますが病気をすることもなく、週に何度かはスポーツクラブに通い水泳などで体を動かしているようで、遠く離れて暮らす家族健康でいてくれるのは本当にありがたいことだと思いました。

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里帰りの目的

今までは実家に帰ると、近くにある海岸沿いの温泉旅館にみんなで宿泊していたのですが、102歳のおばあちゃんボケの症状が進み、夜中に目を覚ましたきりしばらく眠らないことがあるとのことだったので、今回はずっと家で過ごしました。
温泉旅館で大きなお風呂に浸かり、新鮮な魚介類や懐かしい郷土料理を食べてのんびりと過ごすのも好きですが、私の里帰りの目的は長生きしてくれているおばあちゃんに会うこと、ご先祖様のお墓参りに行くこと、即身仏として祀られている上人様にご挨拶に行くことなので、それらができれば十分満足です。
故郷を離れて暮らし始め、もう随分と年月が経ちますが、私は若い頃から実家に帰る度にご先祖様のお墓参りを欠かしたことがありません。

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『お墓参り』と『お寺参り』

今年は実家にいる間はずっと雨が続く天気予報だったのですが、ラッキーなことに雨に降られることもなくお墓参りお寺参りをすることができました。
ご先祖様のお墓参りに行くとなぜだかとても心が落ち着き、自分が常に守られているような気がします。
即身仏を祀っているお寺では、即身仏になった上人様について新たなお話を聞くことができました。
即身仏になることを目指す上人様は、死後もこの世に人の姿で留まって人々を見守る為に、お寺の住職を引退後、山に籠って修業を積んだ後に即身仏となるので『神仏』として祀られているのではなく尊い志を持った人間』として祀られており、例えて言うならそのお寺の住職のOBのような存在とのことでした。

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大きな安心感

そのお話を聞いた私は上人様の献身的精神に更に感動し、『人間として祀られている』と認識することで、より特別な偉大さを感じると同時に、上人様に対し以前よりも親しみのある印象を持ちました。
きっと、上人様が今も見守り続けてくれているから、この地域では大きな災害もなく、平和な時が流れているのだろうなと思い、自分が尊いで守られたこの地域で生まれ育ったことに感謝し、大きな安心感に包まれながらお寺を後にしました。

※『久しぶりの旅行』Vol.2へ続く

新たな生活スタイル


ハードな春休み

娘の小学校の卒業式が無事に終わりホッとしたのも束の間、今度は中学校入学に向けての準備に奮闘する日々が始まりました。
小学校卒業前のPTA行事で、育児の先輩にあたるベテランママたちとご一緒させていただいた際に、多くの子が中学生になったら塾に通っているとの話を聞き、それまでのんびりと構えていた私と娘も塾に通う必要性に気づき、塾の資料や情報を集め始めました。
比較的、通いやすい場所にある2つの塾の春期講習説明会に行ってみると、それぞれスタイルの違う指導方法で先生の雰囲気も違っていたので、まずは両方の春期講習に参加してみることにしました。
今までの春休みは、宿題もないので比較的のんびりと過ごしていましたが、今年の春休みは2つの塾の春期講習に参加する為、毎日のように塾に通うスケジュールとなり一気に忙しくなりました。

算数のおさらい

片方の塾では説明会の後に学力診断テストがありました。
小学6年生の冬休み前に参加した二者面談で、担任の先生から「小学校の算数がわからないまま中学校の数学の授業を受けると、内容によっては全くついていけなくなるので、とにかく算数だけは頑張って勉強をさせて下さい!」念を押すように何度も言われたので、私はさっそく娘に冬休みを利用して算数を教え始めました。
市販のドリルやテキストよりも教科書を使うのが一番だと担任の先生に聞いていたので、小学校3年生からの算数の教科書を使っておさらい学習を始めました。
小学3年生の算数では、三角形をはじめとした図形の角度や辺のルールが出てくるのですが、娘はそのルールをうろ覚えの状態のまま4年生以降の授業を受けていたので、図形に関連する単元がほとんど理解できていないようでした。

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学力診断テスト

私は娘が三角形の角度や辺のルールを完璧に覚えるように、時間をかけて何度も繰り返しながら徹底的に教えました。
それをクリアすると、次は四角形、円のルールを教科書に沿って教え続け、娘は何とか基礎だけはしっかりと覚えられたように思います。
図形の単元にだいぶ時間を使ったので、娘の卒業までに家庭学習で教え終われたのは5年生の算数まででした。
学習がスムーズに進むことに越したことはありませんが、きちんと理解しないことには学習の意味がないので、中学校入学までに6年生の算数のおさらいを終えられるのかどうか焦りを感じながらも、根気強くじっくりと娘に教え続け、残りは春休みでなんとか教え終わるようにと段取りを組みました。
そんな状況の中、春休みに入りすぐに娘は塾の説明会に行き、そこで『学力診断テスト』を受けることになりました。

免疫と脅威

6年生の教科書からテスト問題が出されるのですが、5年生までのおさらいしかしていない状態でテストに臨んだ娘は、当然のごとく算数の点数が散々でした。
小学6年生の冬休みが終わった後すぐに娘が小学校で受けた『全国学力診断テスト』では、家庭学習で小学校4年生までの算数のおさらいしか終わっていない状態でテストに臨んだので、そのときも算数は酷い点数でした。
私は卒業前のPTA懇談会でそのテスト結果を渡され残念な点数を目にしていたので、既に娘の算数テストの低い点数に対する免疫がついており、塾の『学力診断テスト』で同じような算数の点数を目にしても「まぁ、そうでしょうね・・・」という感じだったのですが、普段、ハイレベルな志望校への進学を目指している生徒たちに接している塾の先生には、娘の算数の低得点は脅威でしかない様子でした。

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先生の力説

テスト結果の面談の際に「お母さん、覚悟をして算数テストの点数を見てください!」と、塾の先生から危機迫る大問題としてテストの結果を告げられたので、私は先生に「今はまだ家庭学習で小学5年生の算数のおさらいが終わったところなので6年生の教科書から出ているテスト問題に苦戦していますが、これから6年生の算数のおさらいもする予定です。」と娘の家庭学習についてお話をしたのですが、普段見慣れていない低い点数に衝撃を受けた先生に私の言葉はあまり響かなかったようで、私と娘が週2日の集団授業コースに通えばいいかなと思っている旨を話すと「集団授業の他に個別授業を最低でも週に1日は入れて苦手分野のフォローをしていかないと、ちょっと厳しいと思いますよ!できるだけ早く塾に通い始めることをお勧めします!」力説されました。

娘の選択

もう1つの塾の説明会は『学力診断テスト』がなく、この地域独特の高校受験の傾向と対策を1時間半くらい丁寧に説明していただき、受験に有利な高い内申点をとる為には中学1年生の成績が重要だと知り、私と娘は襟を正す思いで帰路につきました。
どちらの塾も生徒を志望校へ入れられるように真剣に学習指導をしているだけあって、説明からも情熱が伝わり、そんな先生方の想いを感じた娘は嫌がることなく塾に真面目に通っていました。
どちらの塾の春期講習にも通い終わり、授業内容は両方とも同じくらい良かったとのことで、最終的に娘は先生がより親しみやすいということで『学力診断テスト』があった方の塾を選んで通うことにしました。
4月に入り、先生に熱心に勧められた週2日の集団授業週1日の個別学習を組合わせたコースでの学習が始まりました。

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学習の成果

私と娘は日々の生活の中で、どうしても楽しむことに重きを置いてしまいがちなので、塾の先生に「もっとしっかり勉強しないと!」とお尻を叩いてもらうぐらいがちょうどいいのかもしれないと思いました。
最初の内、塾の先生方は「学力診断テストで算数が物凄く低得点だった子が入る」という情報を受け、それなりに覚悟して待ち構えていたようでしたが、春休み中に2つの塾の春期講習に通い、家庭学習でも無事に小学6年生の算数のおさらいを終了した状態で塾の普通授業に通い始めたので「小学校の算数、ちゃんとできてますね。これなら中学校の数学も問題ないですよ。」と、特別に優秀という訳でもないのに逆に褒められ、お陰で娘も自信がついたようでした。
学習には、生まれ持った暗記力応用力も関係しますが、基本的には取り組み方取り組んだ量が大きく影響するのだと感じました。

生活の変化

娘の中学校までの通学時間は徒歩で40~50分程かかり、しかも徒歩通学しか認められていません。
先日、中学校の入学説明会があった際に私も中学校から自宅まで歩いて帰ってみたのですが、大人の足で頑張って歩いても35分程かかりました。
そんな結構な距離を、教科書を詰め込んだ重いリュックサックを背負いながら雨風の日も雪の日も通わなくてはならないと思うと不憫で可哀相に思いました。
更に、小学生の塾とは違い、夜の7時から9時過ぎまでの遅い時間帯に塾で勉強する生活スタイルになるなど、大きな変化についていけるのかという私の心配をよそに、当の娘はスポーツ系の部活に入って中学校生活を頑張ると張り切っており、パワフルな逞しさ感心しながらも、本当にそんなにいろいろやっていけるのかと気を揉み、私はとても複雑な心境でした。

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心からのエール

いよいよ中学校の入学式を迎え、着慣れない制服姿の新入生が初々しく登校し、中学校生活を大きく左右するクラス発表掲示板の前で様々な表情を浮かべていました。
娘は同じ小学校で同じクラスだった仲良しのお友達とクラスがバラバラになってしまい憂鬱な表情をしていましたが、同じクラスの名簿に他の仲良しのお友達の名前を見つけ笑顔が戻り、私も安心しました。
数年前に新築されたばかりの校舎で快適な中学校生活を送ってくれることを願いながら、入学式の会場で生徒と先生方を眺めていました。
娘が通っていた小学校は若くて優しそうな先生が多かったのですが、中学校はベテランの怖そうな先生が多いような気がして、今までとはだいぶ違う厳しい雰囲気の中で勉強だけではなく縦の繋がり礼儀を学んでいくのだなぁと思い「娘よ、頑張るのだぞ!」と心の中でエールを送りました。

新たな生活スタイル

入学式が終わり、次の日からは新中学1年生として日々の生活が始まりました。
学校に提出する書類が多く、私は大量の用紙に必要事項を記入して資料を読み込まなくてはならず、娘は保護者から受取った用紙の提出と、毎日の大荷物の準備、緊張だらけの通学や学校生活に追われ、ただただ慌ただしく時間が過ぎていきました。
平日の夜は週2日の塾通いとその送迎があり、私と娘はチームワークで日々を乗り切って生活しており、夜は二人共いつの間にか寝落ちしているといった状態です。
娘が塾に行って勉強している間、私は家で時間ができるので、その時間を利用して以前より手の込んだお料理の作り置きをするようになりました。
スケジュール的にはハードになりましたが、育ち盛りの娘に野菜をよりたくさん食べさせられる健康的な食生活を送れるようになり、娘は中学生としての、私は母親としての充実感を感じています。

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記念撮影

小学校の卒業式の際に、娘は自分で気に入って選んだスーツを着たのですが、せっかくの記念なので袴姿で写真撮影をしようと予定しており、やっと忙しさが一段落したこの週末に写真館に行ってきました。
前回、写真館で撮影をしたのは3歳の七五三のときだったので9年の歳月が流れており、写真の残し方や価格が大きく変わっていて驚きました。
いまどきは、台紙やアルバムに写真を残すのではなく、飾れるパネルとしてお洒落に加工するのが主流だそうで、大事にしまっておくのではなく常に目にして楽しむというコンセプト「なるほどなぁ・・・」と思いました。
小学校5年生ぐらいまではピンク系が好きだった娘も、ちょっと大人っぽくしたいお年頃になり、写真撮影用のお衣装に薄い紫色の華やかな小振袖紺色に桜柄の刺繍が入った袴を選んでいました。

素敵なお姉さん

ヘアメイクで髪の毛をアップにし、つけ毛をつけていつもとは違う雰囲気に変身し、淡いピンクの口紅を塗った娘はすっかりお姉さんで、私は「子供の成長は早いものだなぁ・・・ここまで無事に成長してくれて本当に良かったなぁ・・・」感慨深い想いでその姿を見つめていました。
ゴージャスなお衣装を着て素敵な髪型に仕上げてもらった娘は鏡の前で照れくさそうでした。
いざ撮影になってカメラを向けられると、娘の顔はこわばってしまいましたが、フレンドリーな撮影スタッフの方々が3人掛かりで笑わせながら進行してくれたので、幾つかのシーンやポージングでの撮影も順調に終わりました。
わざと視線を外して雑誌のモデルさんのようなポージングで撮影したり、娘の好きなポージングで撮影したりと、撮影スタッフの方々の絶妙なテクニックに感心しました。

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親バカな私

写真撮影が終わり、撮影した写真を見ると気に入った写真が6枚あり、最初はその中から3枚選んでパネルを作る予定が、4枚になり、5枚になり、最終的には6枚全部購入することになりました。
何歳の記念でも、愛する我が子の写真はどうしてもあれこれと購入してしまい、ついつい予算よりも高くなってしまうのが親の性というものなのだと思います。
そんな自分の行動から、どんなに娘が小生意気になり、ガミガミと口うるさく注意することが多くなっても、いかに自分が娘のことを大事に想い愛しているのかを改めて知り、自分の親バカさが何だか可笑しくなりました。
パネルの仕上がりのデザインはデザイナーにお任せするシステムらしく、どんなパネルに仕上がるのか見当もつきませんが、仕上がったパネルを受取って家に飾るのが今からとても楽しみです。

娘の卒業式


卒業式

先日、娘の卒業式に出席しました。
毎年この時期はまだ雪が残っているのですが、今年はうららかな日々が続いているお陰で雪もすっかり消え、明るい日差しの『卒業式日和』となりました。
幼稚園や小学校の様々なイベントでは、良い条件で鑑賞や撮影をしたい場合は『場所(席)取り』が必要となるので、保護者には早い時間から並ぶというミッションがあります。
卒業式でも『場所(席)取り』があり、私は開場時間より早めに学校に行き体育館前の廊下に並んだので、前から2列目のお席を確保することができました。
卒業式が始まる前に子供たちと保護者との写真撮影が行われ、大人も子供も緊張の面持ちで記念の一枚に写りました。

娘の作文

その後、保護者は控室に案内され、再び体育館への入場案内があるまで廊下に展示してある卒業生の作文絵画などを見て過ごしました。
娘の作文には『私が空手を習ってみたいと思ったとき、ちゃんと続けられるか不安で迷っていたら、お母さんが「自分がやりたいと思ったことには積極的に挑戦して前向きに取り組んでみればいいよ。どうしても辛くなったら無理せずに辞めるという選択肢があってもいいんだから。ただ、せっかく挑戦するなら、まずは全力で頑張りなさい。」と背中を押してくれたので、安心して始めることができました。自信を持って取り組んで頑張って練習をしたら、段級審査にも飛び級で合格することができました。私は、お母さんの言葉を忘れずに、これからの人生でも自分のやりたいことに前向きに取り組んでいこうと思います。』とありました。


親の影響力

私が家で見ている普段の娘とは違う、やけに大人びた視点しっかりとした文章「子供なりに社会生活を通して、こんなに成長していたんだなぁ・・・」と何とも言えない気持ちになりました。
娘が空手を習い始める際に私が言葉を掛けたことは、私の中では「そういえば言ったかなぁ」という程度で、日々の出来事の一つでしかありませんでしたが、娘にとってその言葉はとても深く心に響いていたと知り、子供の感受性と、親の言動が子供に与える影響の大きさを知りました。
自分には特別な記憶として残っていない言葉でも、誰かの心に響いてその人をプラスの方向に後押しできるということは素晴らしいことですし、それが我が子の支えとなり今後の生き方の指針になるならば嬉しい限りだと思いました。

感謝のお手紙

控え室のテーブルの上には卒業生がそれぞれ作ったレターホルダーが並び、親へ宛てたお手紙が入っていました。
保護者達は自分の子供からのお手紙を手にし、読みながら泣いている人もいました。
娘のお手紙には『お母さん、いつも支えてくれてありがとうございます。私が困った時にアドバイスをしてくれ、なぐさめてくれてありがとうございます。いつも作ってくれる料理は美味しいです。お母さんにはお仕事があるので、これからも頑張って下さい。』と書いてありました。
親にとって、我が子が困っているときに支えて見守るのは当たり前の行動ですが、子供にとって親のそんな行動は大きな安心感に繋がり、それを人生の道標にして子供は成長していくのだなぁと感じました。


『優しさ』と『気遣い』

私は、仕事を始めてから簡単な時短料理ぐらいしか作っていなかったので『料理が美味しい』と感謝されると「こちらこそ家事のお手伝いをしてもらってありがとう。いつも大したお料理じゃなくってごめんね・・・」と、何だか逆に申し訳ないような気持ちになってしまい、これからは休日に料理の作り置きをもっとするようにして、もう少し手の込んだお料理で娘を育てていこうと思いました。
外で働くようになって、以前よりも娘に時間と手間を掛けることができなくなっていますが、働く親の姿を見て娘は、忙しい人や頑張っている人のお手伝いをして応援するという優しさ気遣いを学んでくれているような気がしており、それは娘にとって良い成長だと感じています。

子供の環境

私は毎日の仕事が忙しくてどんなに疲れても、やりがいを感じながら仕事をこなし、達成感歓びを感じています。
もちろん仕事は楽しいことばかりではありませんが、どう受け止めてどう乗り越えるかは自分の意識次第なので、娘にはそんな風にたくましく生きる母親の姿から仕事に対する姿勢、社会の一員として生きる意義や責任も学んでもらえたらいいなと思います。
常に母親が子供の側にいて全てが揃っている環境も子供には幸せだと思いますが、働く親のもとで親に対する優しさ思いやり、家族の一員としての責任感を学ぶ成長も大事なので、私は自分が外で仕事をしていることに罪悪感を持ったり、子供に対して引け目を感じたりはしていません。
それぞれにメリットがあるので、どちらの環境もアリだと思っています。


素敵な晴れ姿

保護者の入場が校内放送で促され、私は体育館に移動しました。
スーツ、袴、中学校の制服などを着た卒業生たちが拍手と共に入場し、卒業式が始まりました。
卒業証書授与は、卒業生が一人ずつ順番にステージに上がり校長先生から証書を受け取るのですが、練習を積み重ねてきただけあってみんな大きな声で返事をして凛々しい姿晴れ舞台を飾っていました。
娘は幼稚園の卒園式では袴姿だったのですが、今回はスーツにすると言い、お気に入りのスーツ姿で満足そうな顔をしていました。
男女共に華やかな袴姿の卒業生が多く、私は「女の子は着付けと髪のセットの為に早起きが大変だっただろうなぁ・・・」と思いました。
娘の袴姿は、今度ゆっくり写真館で撮影しようと思っています。

感動と号泣

保護者席のすぐ隣は小学1年生の席で、卒業生席の娘と小さな1年生の子供たちを見ていたら「このくらい小さかった娘が、スーツ姿で立派に卒業証書をもらうお姉さんになるなんて・・・」感動で涙が溢れ、そこからはずっと号泣でした。
ポケットティッシュ1つをまるっと使い切るほど泣いたので私の顔はすっかりパンパンで、卒業式前に写真撮影をしてもらっていて本当に良かったと思いました。
卒業式後は教室に移動して担任の先生やクラスメートと写真撮影をし、外に出てからは校長先生や在校生のお友達と写真撮影をし、どこの保護者もひたすら子供たちの為のカメラマンに徹していました。
少し風があり、気温の割には肌寒さを感じるお天気でしたが、子供たちはとびきりの笑顔でした。


卒業を祝う会

娘の小学校では卒業式後の『謝恩会』がなく、代わりに卒業生の保護者主催『卒業を祝う会』として午後からボーリング大会が予定されていました。
ボーリング場を貸し切って行われたその会にはほとんどの卒業生が参加していて、かなりの賑わいでした。
私は腰を痛めると困るのでゲームには参加せずに見学をしながら写真撮影をしていたのですが、子供たちの熱気ですっかり疲れてしまいました。
娘は仲良しのお友達と同じチームでゲームをして楽しんでいました。
iPhoneiPadを持参してLINEの交換をしている子供が何人かいて、娘も張り切ってお友達と交換していたので、LINEをしているメンバーや各家庭のルールなどが垣間見えました。

LINEのルール

iPhoneは持っているけどLINE禁止iPadだけしかないけどLINE可能LINEリビングでのみ可能iPhoneiPadも使用は夜の9時までなど、各家庭でいろんなルールがあり、そのルールは親子間できちんと徹底されていて、やはりどこの保護者もLINEやSNSでの子供のトラブル警戒してを練っているようでした。
LINEデビューしたばかりのウチの娘とのルールは『グループLINEは禁止』『LINEをするときは許可を得てから』『アカウントは私と共有』の3つです。
私は自分でも仕事以外でLINEを利用することはほとんどなく、子供同士のLINEについてなど全く予想がつかないので、今後の状況をみて調整していこうと思っています。


気になる一冊

帰りは娘と二人で卒業祝いのお食事をしようと思ったのですが、ボーリング場で軽食が出た為お腹が空いていなかったのでアイスクリームを食べて帰ることにしました。
ボーリング場が入っている商業施設の本屋に立ち寄り、二人とも前から欲しかった『俺🐾つしま』という猫の漫画本を購入し、読むのを楽しみにしながら「今日はとても良い一日だったね!」と足取りも軽く帰路につきました。
この漫画本は以前から気になっており、先月、美容室に行った際に待合室に置いてあったので、髪をカットしてもらっている間に読んでみました。
リアル感溢れる画猫あるあるな内容妙にツボにはまり、思わず出そうになる大きな笑い声をなんとかこらえようと我慢した結果、今度はが溢れてきました。

パンチのきいた猫漫画

笑い声と涙をこらえていたらどんどん苦しそうな形相になってしまい、それを見た美容師さんはその本の内容が悲しくて私が泣きそうなのだと思ったようで「大丈夫ですか?最近、動物を虐待している酷いニュースもあって許せないですよね!」と話しかけてきました。
「いや、この漫画が面白すぎて・・・」とはとても言えない雰囲気だったので、私は「そうですね!虐待は許せないですよね!」と会話を交わし、それ以上は漫画を読み続けるのを断念しました。
「これは自宅で読まないとダメなヤツだな・・・」と思い「きっと購入して全部読むぞ!」と心に決めて帰ってきた、そんな漫画本なのです。
とってもおちゃめなデブ猫ちゃんが出てくる漫画で、思わずクスッとなる内容です。

よろしければ皆様もお試しになって、ぜひ癒されてくださいませ 😸

弥生3月の思い出と変化

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22歳の老猫ちゃん

道路の雪もだいぶ消え、穏やかなお天気の日々が続き、この地域にしてはめずらしく早い春の訪れを感じています。
温かい日差しの中、目を覚ました大地の香りがする心地良い空気に、何だか嬉しい気持ちになります。
3月3日のお雛祭りにはウチの老猫ちゃんがめでたく22歳になりました。
22年間という長い年月、私に幸せを与え続けてくれている愛しい老猫ちゃんと出逢えたことに深く感謝しつつ、大きな病気もせずに長生きしてくれていることを本当にありがたく思っています。
以前は老猫ちゃんにお誕生日や特別な日にはお刺身などをあげていましたが、年齢と共に胃腸も弱ってくるので、今は食べ物でお祝いするのではなく、これでもかというくらい時間をかけてひたすら撫でて甘やかしゴロゴロと喉を鳴らしてリラックスできる時間をより多く作るようにしています。

一緒にいられるありがたさ

3年前にもう1匹の愛しい老猫ちゃん19歳で旅立ち、私はその死を受け止めたときに、頭での一般常識的な認識ではなく、大事に思う存在と一緒にいられることがいかにありがたいかを身をもって知りました。
それから私は、夜中に老猫ちゃんに起こされて『撫でろ指令』を出され、どんなに眠いときでも「今日も生きててくれてありがとね。幸せをくれてありがとね。」と言いながら撫でるようになりました。
以前は、お寺や神社にお参りに行くと私は必ず「家族が長生きできますように。」と、自分が家族とずっと一緒にいたいという思いを優先させて祈願していましたが、19歳で旅立った老猫ちゃんが加齢による腎臓や甲状腺の疾患でどんどん痩せて、毎日しんどそうに生きている姿を見てからは「家族がどこも痛くなく、毎日を笑顔で過ごせますように。」と、長生きよりも痛みのない日々を祈るようになりました。

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『感謝の意識』と『幸福感』

やっぱり動物も人間も毎日どこも痛くなく過ごせるのが一番の幸せなんじゃないかと思います。
病気をすることもなく普通に暮らしていると、健康な日々を当たり前のことと人は思いますが、自分が病気をしたり、身近な人が病気で苦しんでいるのを目にすると健康のありがたみに気づくきっかけになります。
健康のありがたみに気付いて以来、私は「今日もどこも痛くなく美味しく食べれて幸せだったなぁ♥」と日々を振り返るようになり、家族がどこも痛がることなく生活してくれていることに感謝するようになりました。
今まで『普通』と思っていたことに感謝し『ありがとう』『幸せだなぁ』という、意識をポジティブにする言葉を繰り返し発するようになったことで、生活は何も変わっていないのに自分の中で幸福感がどんどん増していくのがわかりました。

自分の幸せ

人間には多かれ少なかれ欲求がついて回るものですが、私は『健康こそが一番の宝』と思うようになってから、家族の平穏無事な暮らし美味しく食べられる幸せ意外にはあまり欲を感じなくなったように思います。
抜群のスタイルでお洒落に洋服を着こなし、素敵な容姿を保つことにも女性として確かに魅力を感じますが、私の場合「でもやっぱり、食べたいものを好きな時に好きなだけ食べられる幸せの方がいいな。実際に私、太ってても幸せだし♥」となるので生活習慣病に関する数値を気にして、健全な食生活を考えるくらいで、スタイルや容姿に対する執着はほとんどありません。
自分の幸せが何なのか確信すると人間は、自信と余裕から自分の在り方を悟り、他人と比べて自分の存在価値を確認したり、あれこれとむやみに欲を持たなくなるのではないかと思います。

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似て非なる『信念』と『欲』

自分の信念を通すこと我を通すことと一緒で欲深いことだと解釈されることもありますが、私は『信念』『欲』『似て非なるもの』だと思います。
なので『欲張らない=主張をしない』ということでも『欲がない=戦わない』ということでもなく『信念を主張する=欲を出す』ということでもないと思っています。
人間社会がどんどん発展を遂げ、現在の技術や文化に至れたのは『競争して勝とうとする欲』『達成しようとする欲』『知識を身につけ生かそうとする欲』などの様々な欲があり、それらの欲を満たす努力をしたからこそ生まれた結果だと思うので、欲を持つことが悪いことだとは思いません。
大事なのは『信念』『欲』のどちらにおいても、間違った方向に進まないように気を付けること、間違ったのなら方向性を正す決断と行動をすることだと思います。

娘のお誕生日

今日は娘の12歳のお誕生日で、娘は買ってきたチョコタルトケーキにホイップクリームやイチゴ、カラフルな砂糖の飾り、お誕生祝い用のチョコプレートなどをデコレーションしてオリジナルケーキを作っていました。
そして、娘が生まれた時間に合わせてそのケーキを私と2人で一緒に食べました。
不器用な手つきで、それでもニコニコと楽しそうにケーキをデコレーションしている娘の姿が何気に笑えて、写真をとりながら「そういえば、12年前のこの時間に生まれてきたんだよなぁ・・・」と当時を振り返りました。
陣痛が始まってから産むまでに28時間も掛かっていた私は「安産なら平均7時間というところ、何でよりによって私は普通のお産の4回分も時間が掛かるんだ・・・理不尽過ぎる!」と、あまりに長く続く苦しみの中で走馬灯のようなものを何度か見ていました。

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母親としての決意

何だかんだでようやく生まれた娘と対面し、ホッとした気持ちで「初めまして、私のところに生まれてきてくれてありがとう!」と声を掛け、娘の顔をよく見るとおでこに緑色の何かがついていました。
「この緑色のものは何ですか?」と訊くと、助産師さんは「あぁ、それは赤ちゃんのウンコですね。生まれてくる途中についたんでしょう。」と答えました。
「あのぉ・・・できればそのウンコは拭いていただけませんか?」とお願いをして助産師さんにおでこを拭いてもらっている娘を眺めながら、私は「おでこに緑色のウンコをつけて生まれてくるなんて、この子にはきっと強運がついているに違いない!」確信すると同時に「おでこに緑色のウンコがついてるけど、私は絶対にこの子を命懸けで守ってしっかりと育てるわ!」強く心に誓ったことを今でもハッキリと覚えています。

保護者のランチ会

そんな娘もこの4月からいよいよ中学生になります。
仕事がとにかく忙しい為、必然的に職場を優先する形で娘の学校行事にはほとんど出席していなかったのですが、卒業前という大事な時期の行事ということもあり、法律で定められた労働者の権利である『有給休暇』申請して取得し、久しぶりに参加してきました。
学校行事の前に6年生の保護者のランチ会があり、ホテルのレストランに行きました。
4人ずつのテーブル席で、私は1人で参加したので、3人が座っているテーブルに混ぜてもらいました。
そのテーブルは、3人の子供を育てていて、1番上の子はもう大学生で2番目の子は高校生というベテランママが2人と、2人の子供を育てていて、上の子が現役の中学生で、この春から娘が通う中学校の先輩にあたるお姉さんのママというメンバーでした。

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ベテランの先輩ママたち

私はこれから娘が初めて中学校に通うので、入学準備はもちろんのこと、環境の変化や勉強のこと、スマートフォンの与え方など、とにかくわからないことだらけでしたが、3人の先輩ママたちは既に経験している育児過程なので、話を聞いていてとても勉強になりました。
最近は小学生でもスマートフォンを持っている子供が多い中、そのママたちはスマホは高校から!」という意見で、私も含め全員一致でした。
一番目から鱗だったのは塾の重要性で、私としては「高校受験が近くなったら、やっぱり塾に通った方がいいかな・・・」ぐらいの感覚だったのですが、この地域では高校受験が独特で、中学3年間の日々の小テストや定期テストの点数で内申点のランク付けが行われて、受験のときは当日のテストの点数だけではなく内申点のランクが大きく影響するので、受験前だけ頑張っても手遅れになるとのことでした。

納得なこと

帰宅後、娘にスマートフォンは高校生までは持たせない家が多い」ということと「中学1年生から塾に通った方がいい」ということを話したところ、娘も自分が知っているお姉さんたちが実際にそうしていたならとすんなり納得し、スマートフォンを諦め、塾の説明会に出席することになりました。
塾の先生にも高校受験のシステムを聞き、本番一発勝負ではなく日々の頑張りも考慮されるのは良いのですが、その反面、各学校でテスト問題のレベル評価の厳しさ、競争率などが違う為、ある学校ではAランクをもらっていても違う学校の基準だとBランクの評価になるなど、テスト問題と評価基準に統一性がなく不公平さが出てくる厄介なシステムだと思いました。
また、この地域で普段、当たり前のように人をランクで分けるような差別的発言をよく耳にするのは、こういった地域的背景があるからなのだと納得しました。

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新たな展開

生活環境が変わるタイミングで、娘の勉強に対する意識が変わるのは良いことだと思うので、塾の春期講習をきっかけに学ぶ楽しさを知って自信をつけてくれたらいいなと思います。
塾の先生たちは、教え方の研修を受けた後に実践を重ねてきているだけあって、子供が飽きないような教え方とフォローが上手で、私もこんな先生に教わったら勉強が楽しいだろうなぁと思いました。
私は今回、子供の学習を通してまた新しい指導者を知り、学校の先生は学校生活の総合的監督指導のプロで、塾の先生は勉強に特化している分、勉強を教えて理解させるプロなのだと感じました。
3月は私も娘も予想以上に忙しい日程になりましたが、娘の今後の展開と、忙しい日々に自分がどんな風に合理的に力を発揮していけるのかが楽しみです。

近づく春を感じながら


我が家の春

最近、少し気温が上がり穏やかなお天気が続いているせいか、何だかとても眠くてまったりとしがちです。
私が住んでいる地域にしては珍しく早い雪どけと、柔らかな陽射しに、近づく春を感じます。
年度の変わり目は娘の学校行事や新年度の準備があるのですることが多く、仕事もいろいろな業務が重なり一段と忙しくなりますが、楽しい行事新しい始まりがいっぱいの、明るい色彩溢れる春はやっぱり私の大好きな季節です。
3月は雛祭りもあり、我が家の愛しい老猫ちゃんも娘も私も、みんな揃って3月生まれなのでお誕生日のお祝いが続く上に、今年は娘の卒業入学という記念すべき行事もあるので、この春は一段と大盛り上がりになりそうな予感の我が家です。

ミュージカル鑑賞のこだわり

先日『リトルマーメイド』のミュージカルを鑑賞してきました。
公演が始まったのは何か月も前なのですが、私はロングラン公演の舞台を鑑賞するときは、早い時期に観ることよりも納得のいくお席で観ることに重点を置くタイプなので、人気の高い『リトルマーメイド』でお目当ての席が購入できる公演日を選んだところ2月の公演を観に行くことになりました。
新たな演目として東京公演に始まり、いくつかの都市で公演を重ね、やっとこの地域に来てくれたミュージカルなので、鑑賞する日を心待ちにしていました。
わざわざ遠くまで出掛けなくても素敵な舞台鑑賞ができる環境に感謝しながら、娘が4歳の頃から私たちは様々な舞台を鑑賞させてもらっています。


『リトルマーメイド』

海の中という設定で創り上げられたステージには、様々な工夫が凝らされていて、舞台の隅々まで興味深かったです。
深い青色にカラフルな海の生き物や海藻などがとても映える華やかな世界観に加え、海の中を泳いでいるように見せる為に役者がワイヤーで吊られた状態で身体を動かし続ける演出に、感心しながらずっと目を奪われていました。
私は、ディズニー映画として『リトルマーメイド』が上映された頃から、娘は小さい頃から何度となくDVDで観ていたお話なので、劇中の歌にも親しみがあり「無邪気にプリンセスに憧れていた小さい娘が、この春からは中学生になるのかぁ・・・」懐かしさと感慨深さを感じながらミュージカルを鑑賞していました。

新しい魅力

この演目は通路を役者が通るような演出がない為、ステージ全体を一目で見られるようにと後方真ん中ブロックの最前列の席を選んだので、ステージいっぱいに広がる歌やダンスをしっかりと楽しめました。
観客席には幼稚園児くらいの女の子がけっこういて、聴き慣れた歌と綺麗なお魚や人魚が次々と出てくる舞台を夢中でおとなしく観ていました。
子供にも人気の『ライオンキング』では、悪役が出てくるシーンがかなりシリアスな演出ですが、この演目では悪役コミカルな演技をするので、小さな子供も怖がることなく観れるのだろうと思いました。
最近、近くは見えるけど遠くがぼやけて見える私の目には、ステージ上の役者の顔がハッキリと見えずちょっぴり残念でした。


制服の下見

観劇の後はレストランで早めの夕食をとり、娘が中学校で着る制服を見に行きました。
販売している店舗が複数あり、その店舗により扱うメーカーが違う為、中学校から配布された案内広告を見ただけではよくわからなかったので、何店舗かまわりメーカーごとのデザインを見てからどれを買うか決めることにして、まずは下見をすることにしました。
第一候補に考えていた、女の子に人気のメーカーデザイン生地を見ると、思ったよりも特別感がなかったので、デザインよりも機能性を重視して購入することにしました。
その日は試着をしないつもりだったのですが、ある店舗で60代ぐらいの女性店員さんにとても感じ良く勧められ試着をすることになりました。

意外と可愛い制服

娘が通う中学校の制服は、地味でパッとしないデザインだと私たちは思っていたのですが、試着してみると思っていたよりも可愛くて、ちょっと嬉しくなりました。
制服となると、通常は3年間通して着るものなのでサイズ選び苦戦します。
大きい洋服は小さくお直しすることができても、小さい洋服を大きくお直しするのは難しいので、大きめのサイズを選ぶのが無難なのですが、あまり大き過ぎるサイズだと見た目が良くないので、制服のサイズ選びは本当に悩みどころです。
結局、1サイズ大きめの制服に決め、本格的に生地を切ってお直しをすると元の寸法に戻せなくなるので、生地を切らずに私が簡易的なお直しをして現在のサイズに合わせることにしました。


努力の成果

私は以前、アパレルの仕事をしていたのですが、金融機関からの転職だった為、ファッションへの興味と情熱は強くてもお洋服の仕組みに関する知識があまりなかったので、個人的に洋裁教室に通って勉強した結果、多少のお直しや娘のお洋服を作るぐらいはできるようになり、娘が小さい頃はお洋服浴衣、幼稚園の卒園式用のハロウィーン用の仮装ドレスなどを作っていました。
現在の仕事を始めてからは、とにかく忙しくて何かと時間が足りないので、手間は掛からないに越したことはないのですが、自分が身につけた技術を活用する機会があると過去の努力の成果を実感できるので、娘の中学校生活の準備に自分の技術がまた役立つことを嬉しく思います。

接客のプロ

最初は下見のつもりでしたが、娘が制服を試着したことでサイズお直し方法などが具体的に決まったので、私たちはその場で制服を注文してきました。
お洋服の販売に大事なのは、まずは試着をしてデザインの良さを知ってもらうことなので、試着する気のないお客様にも気分良く試着してもらえるような接客技術が必要となります。
私は、娘が気持ち良く試着できるよう導いてくれた店員さんに接客レベルの高さを感じました。
「感じの良さというものは仕事をしてきた年数だけでも、トークの上手さだけでもなく、心掛けや心遣いによっても大きく違いが出るもので、必然的にそれに伴った実績へと繋がるのだろうなぁ・・・」と思いました。


『洞察力』と『リスク管理

心遣い洞察力には密接な関係があり、どんな仕事においても重要な要素といえると思います。
なぜなら、洞察力がなければ状況を正確には把握できませんし、目に映る上辺のことだけが全てだと思っている人は、本人が深く状況を理解している気になっているだけで実際は浅い理解しかできていないので、心遣いはもちろんのこと的確な段取りもできないからです。
仕事にはリスク管理が必要となりますが、それは「こんなことが起きたらどうしよう・・・」とか「スムーズに事が運ばず悪い方に転んだらどうしよう・・・」というネガティブな発想があるからこそ考え出される対応策なので、常にポジティブシンキングだけで仕事を考えている人にリスク管理はできません。

段取りの仕方

それは段取りの仕方においてもいえることで、順調なら1週間でいける案件だからといって「じゃあ、1週間あれば問題ない!」と、リスク管理もせずに希望的観測で段取りを決めれば、何か起きたときにすぐさま締め切りに間に合わなくなり、立て直す時間もなく取引相手に迷惑が掛かります。
「間に合わなかったら待ってもらえばいい」という考えでは信頼を失うということも知っておかなくてはなりません。
時間がない場合は仕方ありませんが、日程を決める段階で融通が利く状況ならば、わざわざ余裕のない日程を組んで自分のチームを追い込む必要はありません。
段取りを任されている人間には、思いつき予想ではなく、きちんと状況確認リスク管理をした上で段取りを組む責任があるのです。


『木を見て森を見ず』

また、運営においても同じことがいえ、目先の数字や実績の為に取引相手に無理難題を押し付ければ一時的に数字を上げることができますし、自分たちの方が優位な立場なら押し付けるのも簡単でしょう。
ですが、取引相手が表立った非難をしてこなくても、そんな強引なやり方をすれば嫌われて敬遠されるのは必至です。
世の中には『木を見て森を見ず』な行動に対し「数字を上げたいなら相手に迷惑を掛けない方法でしないと信用を無くす」諭して他の方法を指導する管理者もいれば「いいぞ、その調子だ!数字を上げた者勝ちなんだから相手の都合なんて関係ない!」煽る管理者もいて、後者のような『木を見て森を見ず』な運営をする管理者の下で、その管理者と同様に良くない方向に進んでしまう人は可哀相な気がします。

読み聞かせと教訓

『北風と太陽』というお話があり、私は娘が小さい頃その絵本を何度も読み聞かせしていました。
旅人の洋服を脱がせる競争で、北風は力任せに風を吹き付けて服を飛ばして脱がそうとしますが、寒い風に吹かれた旅人は凍えながら必死に自分の服を手で押さえて離しません。
太陽は温かい光で辺り一面を照らし、旅人は陽気暑さに自ら服を脱ぎ、太陽が競争に勝つというお話です。
私は娘に、そのお話の北風『強引さ・意地の悪さ』を、太陽『優しさ・温かさ』を、旅人『人の心』を表していて、人は嫌がらせをしたり力づくで支配しようとする人には頑なに心を開かず優しく温かい気持ちの人には自然に心を開くものだと、娘が小さい頃から教えてきました。


シンプルな道理

そのお話の教訓は、子供にだけではなく大人にも大切だと思います。
威張っている人間や、中心となる人間だけが良ければ他の人間はどうでもいいと考えている組織のもとに人は留まりません
私は、世間で最近よく耳にする『人材不足だから働く人間が集まらない』というセリフは、本来なら大事に育てるべきだった人材を今まで随分な差別的扱いで、次から次へと使い捨てにしてきたツケが回ってきたことへの言い訳にすぎないと思っています。
とは言え、どんなに周りが悪習批判したところで何も変わりはしないので、今までそんな風にしてきた人々組織自体が、北風から太陽に変わる努力をする時だと自ら気付き行動をすれば良いと思います。
小さな子供でも理解できるシンプルな道理を、大人が理解できない訳がなく、自分たちが変えようとしなければ悪い状況はずっとそのまま変わらないのですから。

『考える力』と『協調性』


衝撃の二者面談

娘が小学校低学年のとき、二者面談で担任の先生に「お宅のお子さんは考える力がありません」と言われました。
ウチの娘は「ミカンが2つ、リンゴが3つありました。」という算数の文章題の問題を読んでいても「私はミカンが好きだから、ミカンが5つの方がいいなぁ♥」と、豊かな想像力で話が脱線して家庭学習がすんなりと進まないぐらいだったので『考える力がない』とはどういうことだろうと不思議に思いました。
また、他人の子供を『考える力のない子』と親に向かって言い放つ人も珍しいなと思いつつ、学校の先生にそんな風に言われるなんて、ウチの娘は学校で一体何をやらかしてしまったのだろうと不安に思いながら「例えばどういうことでしょうか?」と訊ねると、担任の先生は「えっ、例えばですか?!」と、私に質問されたのが全くの予想外という様子で、その場で答えを考え始めました。

先生の意見

一人の人間を『考える力のない子』否定的に断言しておきながら、その理由を説明する用意もしていないなんて一体どういう人なんだろうと私はその先生に驚きました。
ようやく説明が始まり内容を聞くと、社会の授業でいろんなマークが書いてある表を見て、それぞれにどんな意味があるのか考えようと先生が指示を出した際に、他の子供たちはすぐに教科書を開いて正解を探しているのに、ウチの娘は教科書を開かずに自分の想像で答えを考えていて、結局どの答えも当たっていなかったとのことでした。
私はその説明を聞き「考えるようにと指示を出されて自分の想像力を発揮して考えた娘の何がダメなんでしょうか?」と訊ねると、先生は「だって、他の子はちゃんと教科書を開いて正解を見つけているのに、お子さんは正解できなかったんですよ!」と、「えっ?何でわからないんですか?」ぐらいの勢いで私に言ってきました。


私の意見

私は考えましょうという指示を出されたのに、多くの子供たちは自分で考えることをせずにすぐに答えが書いてある教科書を開いて正解を探したんですよね。考えましょうという指示通りに自分の想像力一生懸命に考えた娘の何がいけないんでしょうか?正解を探して答えなさいという指示なのであれば、教科書から正解を探すのが妥当でしょうから先生のおっしゃることもわかりますが、先生は考えましょうと指示を出したんですよね。私がその場で授業を受けていたとしても、私は娘と同じように解釈し同じ行動をとりますし、指示に対する行動としてそれが間違っているとは思いません。今回の事例から考えると、娘にあるのが『考える力』で、他の子供たちにあるのは『教科書から正解を探す力』ということなのではないでしょうか?」とゆっくりと先生に話しました。

様々な指導者

私が話し終わると、先生はしばらく考えてから「なるほど、確かに・・・」という表情で「そうですね、すみません。」と謝ってきました。
私は先生からの謝罪が欲しかった訳ではないので「別に謝って頂く必要はないですよ。」と言いました。
そして「ただ、子供たちが日々そういった指導を受けることで『考えること=教科書から正解を探すこと』と間違った理解をしたまま成長して、将来、答えが書いてあるマニュアルがないと何もできない人間になってしまうのは怖いことだなぁと思いました。」率直な感想を述べて帰ってきました。
『先生』も人間ですから、経験値理解力考え方はそれぞれみんな違い、対応指導の仕方も人によって異なります。
子供を育てていると幼稚園や学校など、子供が通う教育機関を通して様々な個性を持った『指導者』に出逢うので、こちらもいろんな意味で勉強になります。


考える力

指導者本人が『考えること=教科書から正解を探すこと』と解釈しているならば、そのように指導される子供たちだけではなく面談する保護者も「先生がそう言っているんだから正しいのだろう」と安易に信じてしまう危険性があると知ったことも、私にとっては新たな学びでした。
保護者が指導者と接していく際に大切なのは、相手の肩書に惑わされることなく、話の要点と観点を見極めた上で正論なのかどうかを判断することだと思いました。
私は、先生に「考えましょう」という指示を出されて周りの子供が教科書を開いて答えを探し出す中、他人の行動に流されずきちんと自分で考えて答えを出した娘感心し、娘の理解力芯の強さ誇りに思いました。
子供たちが自分の力で考えて出す答えは個々の想像力や発想の賜物であり、どのアイデア素晴らしいのです。

『協調性』の解釈

その一件に関連して、私は『協調性』の解釈について考えました。
『協調性』とは「他の人と物事をうまくやってゆける傾向や性質」という意味で、人間が社会生活をする中で譲り合ったり歩み寄ったりして生きていく為の基本マナーといえる大事なものです。
ですが『協調性がある=良いこと』と常に言いきれる訳でもなく、場合によっては、強すぎる『協調性』から生まれる歪んだ連帯感悪い行動や習慣に発展することもあります。
多くの人が勘違いしがちですが『協調性』とは何でも周囲に合わせることではないので、先生に「考えましょう」と指示をされて、周りの子供たちが自分で考えずに教科書から答えを探しているからといって、それに合わせて自分も教科書を開く必要などありませんし、ちゃんと指示の意味を理解して自分の頭で考えている子供少数だったからといって『協調性がない』と解釈するのは大きな間違いです。

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変わらぬ善と悪

人に対して酷いことをしたり、陰で足を引っ張るようなことを仕組んだり、逆にわざと何もせずに傍観して集団で人を笑い者にするような行いや、ルール違反なのに「みんながしているからしてもいいはず。」とか「自分もしないと仲間外れにされるから。」と、悪いことだとわかっているのに便乗するのを『協調性』とはいいません。
むしろそれは『共犯』という言葉の方がふさわしい卑劣な行為です。
また「自分の周りにはズルいことをしてる人間がいっぱいいるから、自分も同じ様にズルいことをして何が悪い!」というのは無茶苦茶な理屈ですし、物事の善悪の判断は多数決で決まるものではないので、悪いことをしている人の数が増えても、声高らかに「ズルいことをしてもいいんだ!それが当たり前なんだ!」と開き直っても、悪いことが良いことに変わることはないのです。

時間と算段

コミュニケーションをとることこそが『協調性』とばかりに、多すぎる打ち合わせや、断続的に続くお喋りに勤しむ人はどこの職場にもいると思います。
実際、業務に欠かせない重要な連絡事項や打ち合わせはありますが、限られた勤務時間の中で締切りまでに仕事を終わらせることが必要な場合は時間のやり繰りが勝負になるので、私は職場での伝達事項打ち合わせ要約して手短かつ的確に伝えるようにし、基本的にお喋りには参加せず、その日に予定していた仕事を黙々とこなして定時に帰ります。
それぞれの仕事量責任の重さの違いは雇用契約による待遇の違い管理者の采配によるものなので私個人の意思で選択できるものではありませんが、日頃から仕事の優先順位を常に意識して取引先やお客様に迷惑を掛けないよう算段を立てて仕事に取り組んでいるので、お客様から感謝の言葉をもらうこともあります。

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優先順位

以前、私は『お客様第一主義』鉄則のサービス業に長く従事していたので、お客様に対するお約束の期日がある場合はそれを厳守するのが絶対で、バックヤードの書類や備品の片付けなど、内部の人間にしか関係ないような仕事は徹底して後回しでした。
もしも忙しい時期にそんな仕事に手を着けようものなら「片付けが完璧じゃなくても仕事は進められるのよ!いくら書類や備品が片付いてたって、お客様へ対応が遅れたんじゃ話にならないでしょ!」と怒られるのが当たり前で、私もその方針に賛成でした。
仕事の優先順位お客様への対応やサービス提供を第一に考えて決められるのが当然で、更にはそのサービス内容によっても優先順位があるぐらいなのですから、指示を出す権限を持った人間のこだわり思いつきなどで安易に決めるべきものではないと今も変わらず思いながら、私は日々仕事を進めています。

事実と結果

コミュニケーションに時間を費やせば仕事は遅れて残業が増えますが、近しい存在でいることでいつでも味方になってもらえるというメリットもあります。
ですが、たとえその集団の中で仕事のミスや遅れが大目に見られ許されたとしても、実際に取引先やお客様に自分が迷惑を掛けたという事実結果として残るので『協調性』という名の渡世術だけでは世間に通用せず本物の良い評価を得ることはできません。
また、自分のスキルを磨くのではなく、他人の足を引っ張り陥れることで自分を良く見せようとする人は、結局は運に見放されて自分の評判が落ちるものなので、やはり仕事は誠意をもって実力着実にこなしていくべきだと私は思っています。
仕事における本来の『協調性』とは「環境や立場が違う者同士が助け合ったり譲り合ったりしながら同じ目標に向かって任務を遂行する素質」という意味なのです。


娘への願い

『協調性』は社会で生きていく上で確かに必要なものですが、100人中99人が間違った判断をしたり空気を読んでそれに便乗したりすることで1人の正しい意見が潰されるような『協調性』ならば、そんなものは無い方が良いと思います。
私は、自分の娘には『協調性』の意味を取り違えることなく、何事もしっかりと自分で考えて判断できる人間になって欲しいと願っています。
そんな娘もこの3月に小学校を卒業します。
育児はまだまだ続きますが、とりあえず手の掛かる幼少期が無事に終わるんだなぁと考えると、母親としてはホッと一息です。

『オーストラリアの動物たちと』 Vol.4


有効な滞在計画

人生初の海外旅行にオーストラリアを選び、2か月半程の滞在を終えて帰国した私は、オーストラリアの大自然と動物たちにすっかり魅せられ、再びオーストラリアに行く計画を練り、1年間の滞在と労働が可能『ワーキングホリデイビザ』というものを取得しました。
せっかく最長1年間の滞在ができるのだから、その期間を有効に使って意義のあるものにしたいと思い、動物好きな私はオーストラリアの動物園などでボランティアとして飼育員さんのお手伝いに挑戦しようと考えました。
早速、オーストラリアの動物園などの施設30か所程に「ボランティアとして飼育員さんのお手伝いをさせて下さい!」という内容のお手紙を書き国際郵便で送ったところ、私には動物に関する専門的なバックグラウンドも専門知識もないという理由でお断りの返信が続々と届きました。

ボランティアのチャンス

そんな中、南オーストラリアにある動物保護施設から「交通費や滞在費などの支援はありませんが、それでも良ければボランティアとして受け入れ可能です。」というお返事があり、運良く私はその施設で飼育員さんのお手伝いをさせてもらえることになりました。
その施設でボランティアをさせてもらう前に、オーストラリアでの生活と英語の環境に慣れてウォーミングアップをしておこうと、シドニーメルボルンホームステイをしました。
いよいよお世話になる施設に到着し、受付で担当者を呼んでもらうと施設の責任者がやってきました。
私の受け入れを許可してくれた担当者は、急な事情で少し前にその動物園を退職してしまっていて、誰も私の受け入れの件を引き継いでいない状態でしたが、私は担当者からのEメールをプリントアウトして持参していたので、予定通りお手伝いができることになりました。


『残念な事』と『ラッキーな事』

私にチャンスをくれた担当者に会えないのは残念でしたが、後任の受け入れ担当がまだ決まっていないということで、各セクションが交代で私を受け入れることになり、私は複数のセクションでお手伝いができることになりました。
一つ違えば、担当者不在で受け入れ不可能ということにもなりかねない状況でしたが、受け入れの約束のもとはるばる日本から来たということを考慮し善処してもらえ、結果的に私にとってはラッキーな展開となりました。
そこの施設は、ほぼオーストラリアの動物だけがいる動物園で、事故などで怪我をした動物の保護をする役目も果たしていました。
オーストラリアの動物といえばコアラとカンガルーが有名ですが、とても珍しく希少な存在で、自然の中ではなかなか見ることができないカモノハシがその施設のトレードマークになっていました。

お手伝いスタート

初日は、その施設で一番人気のカモノハシのセクションでお手伝いをすることになりました。
外国の人から見ると日本人は幼く見えるので、私はそのころ20代後半でしたが、オーストラリアではよく中学生ぐらいに思われており、バスに乗っても運転手さんに「学生は半額料金だから、YOUは払いすぎだよ!」と何度も言われていました。
飼育員の人たちも「日本から来た中学生ぐらいの女の子に、まともな手伝いなんかできるのか?!」という感じで見ているようでした。
飼育員さんに「じゃあ、まずはカモノハシの水槽を掃除してもらうよ。」デッキブラシとスポンジを渡され、私は「えぇーっ!この展示用水槽に入っていいんですかぁー!!」と喜びながら、清掃の為にカモノハシを既にバックヤードに移動させて水抜きをした状態の水槽エリアに足を踏み入れました。


展示用の水槽

カモノハシは2匹しか展示されていないのですが、施設で一番の人気者だけあり水槽が広々としていて、大きな岩風呂を思わせるような造りになっていました。
普通ならお客さんとして外側から眺めるであろうカモノハシの展示用水槽から眺める観覧側の風景は何だか不思議でワクワクしました。
「じゃあ、頼んだよ。」と飼育員さんに言われて水槽エリアに一人残されると、私は弾む気持ちを抑えきれずに鼻歌を歌いながら掃除を始めました。
ヌルヌルした岩をデッキブラシでゴシゴシと擦って洗い、汚れで曇ったガラスはスポンジで念入りに磨き、オーストラリア滞在の為に新調したばかりのスケッチャーズの真っ白な厚底スニーカーが汚れるのも構わず、ハイテンションで水槽をピカピカにしました。
掃除を終えると、飼育員さんに声を掛けて仕上がりのチェックをしてもらいました。

特別なご褒美

動物に関することを学ぶ学校の必修科目としてボランティアワークをしに来る学生にとって水槽の掃除は面倒で嫌な汚れ仕事なので、ほとんどの学生がササッと適当に終わらせるのに対して、初めて経験する水槽掃除が楽しくて仕方ない私が、ノリノリで隅々まで磨き上げた仕上がりはだいぶ違ったようで「本当に君がここまでキレイにしてくれたのか?!」と驚かれました。
飼育員さんは、自分が大事にお世話をしているカモノハシの為に頑張って水槽をキレイにした私を気に入ってくれ、通常は施設の関係者でもなかなか立ち入れないバックヤードに案内してくれました。
そこには、掃除の為に一時的に移動させられた大人のカモノハシ2匹と、まだ一般公開されていない赤ちゃんカモノハシ1匹がいて、赤ちゃんカモノハシは直径1メートル程の円形のプールで泳いでいました。


赤ちゃんカモノハシ

「プールに手を入れてごらん」と言われて手を入れてみると、プールに浮かんだまま飼育員さんに両手で押さえられた赤ちゃんカモノハシが私の手をくちばしで甘噛みスキンシップをしてきました。
カモノハシのくちばしは、見た目が鴨のくちばしのようで固いと思われがちですが、実際はお菓子作りに使う『ゴムべら』のようで、独特なおもしろい感触でした。
赤ちゃんカモノハシはオスで、後ろ足のかかと部分を持っているので、飼育員さんがカモノハシのしっぽを持って逆さづりにした状態で写真を撮らせてくれました。
カモノハシの体に触ることはできませんでしたが、ふっこりしたゴージャスな毛並モソモソ動く様子がとても可愛いくて興味深く、カモノハシをこんな風に見せてもらえるなんて、私は本当にラッキーだなぁと思いました。

お気に入りの『ポッサム』

次の日は夜の動物館のお手伝いをしました。
館内は照明が暗く、フクロモモンガやポッサム、跳びネズミなど、様々な夜行性の小さな動物たちが活発に活動していました。
私はバックヤードで動物たちのご飯となるリンゴやマンゴー、キュウリなど、フルーツや野菜を1センチ大の賽の目切りにするお手伝いをし、動物たちの食器洗いバックヤードの清掃をしました。
小さな両手で食べ物を持って一生懸命に食べては、せっせと忙しく動き回っている姿が愛らしかったです。
オーストラリアの動物の中で私の一番のお気に入りはポッサムです。
インターネットで『ポッサム』と検索すると、アメリカやカナダなどに生息するオポッサムがヒットしますが、私が好きなのはそれとは違うオーストラリアの有袋動物のポッサムで、まん丸の小さなお顔とふくっとして柔らかそうな背中のラインが大好きです。


カンガルーとコアラ

次の日はカンガルーとコアラのセクションでお手伝いをしました。
カンガルーとワラビーは網で囲われた広大な敷地にたくさんいて、いくつかのグループに分かれて寛いでいました。
屋外で自由に暮らす自然に近いエリアなので、干し草をキューブにしたドライフードや野菜を餌場にセットし、その近辺に落ちている糞を熊手のような道具でかき集めて掃除する作業だけでした。
コアラのエリアでは1.5メートル程の感覚で木が3本並んでいて、それぞれの木に1匹ずつコアラがしがみついて眠っていました。
コアラは主食となるユーカリの成分で常に酔っぱらった状態1日22時間眠っているので、スヤスヤと夢を見ているような姿に癒されました。
真ん中の木のコアラをよく見てみるとお腹に赤ちゃんコアラを抱えて、親子で眠っていました。

動物好き同士の通じ合い

コアラたちが食べるユーカリを新しいものに交換する為に、施設の敷地の端にある枝の保管場所にトラックに乗ってドライブ気分で向かい、葉がたくさんついた大量の枝を運びました。
そのセクションの飼育員さんたちは若くてとてもノリが良く、トラックの荷台でかさばる枝を押さえながら「Welcome to Australia!」と盛り上がり始めたので、私も「I love Australia!」レスポンスをして一緒に盛り上がりました。
何に対しても割と大雑把なオーストラリア人には、きめ細かな作業をする日本人の性質が珍しいようで、多くの飼育員さんたちが私の仕事に感心して評価してくれ、私の動物好きが伝われば伝わるほどフレンドリーに接してくれました。
やっぱり動物が好きな人たちには互いに通じ合う何かがあるんだなぁと感じ、ますます嬉しい気持ちになりました。

続きはまた『オーストラリアの動物たちと』Vol.5にて