娘氏の学芸会


主役のオーディション

昨日は娘氏が通う小学校の学芸会でした。
6年生の娘氏には今回が小学校生活最後の学芸会なので、役を決める段階から熱が入っていました。
今回は魔女がテーマのお芝居で3幕に構成されていたので、主役の魔女を演じるのは3人でしたが、娘氏と同じ様に熱が入っていて「主役を演じたい!」と思う生徒が今までより多かったようで、主役の3人枠をかけてのオーディションが行われました。
オーディションは、6年生の児童全員の前でエントリーした生徒たちがそれぞれセリフと演技を披露し、それによって選考されるというもので、けっこう勇気がいることだと私は思いました。
娘氏はオーディションの日まで家で毎日、セリフと演技の練習を一生懸命にしていました。

強引なエール

オーディションの前には空手の段級審査もあり、習って間もない空手の新しい型も練習しなくてはならず忙しそうにしていましたが、好きなことの為にする努力は全く苦にならないらしく、充実している様子でむしろ楽しそうでした。
オーディション当日の朝、少し緊張した様子の娘氏が「あぁ、いよいよ今日だ・・・オーディションに受かるかなぁ・・・」と不安そうに言うので、私は「大丈夫よ!あんなに練習したんだし、あなたは過去にチケットを買って観に来てくれる大勢のお客さんの前で演じた経験もあるんだから!それに何より、あなたはママの一番なんだから何も心配ないの。持っている力を全部出し切って楽しんできなさい!!」と、若干強引なエールで学校に送り出しました。


母親としての葛藤

仕事が終わり家に帰ると、私がドアを開けた瞬間、娘氏が吹っ飛んできて「主役になれたよ!」と、とても嬉しそうに笑顔で報告してくれました。
私もとても嬉しくて「良かったね!ママは、きっとあなたは主役になれるって最初から信じてたよ!」と、娘氏をギュッと抱きしめました。
それから学芸会の日まで、娘は自分が演じる劇をプロが演じた動画を繰り返し観ては研究し、セリフの言い方や演技を練習していました。
演劇のことばかりで勉強が手抜きになりがちだったので「勉強もちゃんとしなさい!」と叱る日もありましたが、「でも、好きこそものの上手なれっていうし、子供のやる気を抑制して才能や心の成長を妨げるようなことはするべきではないよなぁ・・・」と、母親として葛藤しながら娘氏を見守りました。

105%の力

現在の学芸会は平日に生徒たち向けに演じる日が設けられ、土曜日や日曜日は保護者向けに演じます。
生徒たちの前で演じて帰宅した娘氏は、満足そうな笑顔で「今日の私はすごく上手に演じれたよ!105%の力を発揮したよ!」と言っていました。
私は「普通、力を発揮するのって120%とか150%だと思うんだけど、105%って・・・5%増しって何だろう?一昔前の消費税的な数値かな?!」と思いながら「おぉー、スゴイ!さすがだね!じゃあ、明日は120%ぐらいでいってみようか!」と言いました。
小学校の行事や対応のスタイルが少しずつ変わってきており、昨年までは日曜日だった保護者向けの学芸会は土曜日になり、生徒や先生たちは日曜日と月曜日の代休が連休になりました。


学校の変化

日曜日だと会社がお休みの確率が高いので、保護者は学芸会を観にきやすいということはありますが、学芸会はなかなかの大イベントで生徒も先生も大変なので、連休でゆっくり休養をとるのは大事なことだと思いました。
昨年までの私の印象では、娘が通う小学校はイベントの為の取り組み方にが入っており、準備に掛ける時間が多く、劇中のダンスなども高度な振り付けで、どの生徒もリズム感や表現力が磨かれる反面、学習の時間は減ってしまうので学力的な面では「このままで大丈夫なのかなぁ・・・」と少し不安でした。
そういった点を改善する為かどうかはわかりませんが、今年の学芸会は各学年の公演時間が短縮され、発表の為の準備に掛ける時間も少なくなっていました。

必要な環境整備

観覧のルールやシステムも変わっており、今までは公演中でも観覧席への出入りは自由だったのですが、今年からは公演が終わり各学年の生徒が入退場するタイミングでしか会場に入れない入場制限があり、通路の整備もしっかりとされていました。
毎年、我が子の姿を撮影するのに熱心な保護者が多く、マナーに対するクレームが出ていることを考えると環境整備は重要なので、多少の不便を感じたとしても良い変化だと私は思いました。
小学校の行事は生徒たちがメインなのだから、子供たちが学習したことをより良い環境で発表できるのが何よりだと思います。
いよいよ娘氏の学年が公演する時間になり、入場の為の行列に早めに並んだ甲斐があり、私はステージに近い席に座ることができました。


集中できた観劇

娘氏が「今年は動画撮影しなくていいから、私の演技をしっかりと観てね!」と言ってくれたので、私は『iPadの重さで腕がプルプル震えてしんどくなる刑』から解放され、存分に観劇に集中しました。
6年生ともなるとみんなしっかりしていて、大きな声で堂々と演じていました。
1幕目の主役は聞きやすいスピードでハキハキとセリフを言うのが上手で、自己紹介をする始まりの場面にピッタリでした。
娘氏の出番は、悪い魔女として大活躍する2幕目だったのですが、いつもフワッとしている鈍くさい娘氏がそのシーンを演じるのは意外でした。
娘氏は以前、プロが演出する演劇出演させてもらった際に学んだ発声練習などが役立ち、物怖じする様子もなくきちんとセリフを言えていました。

娘氏の演技力

ステージ上で演じる娘氏の表情は、悪いことを企んで楽しんでいるズル賢い魔女そのもので、子供が役で演じている感じではなく、意地の悪い大人が実際に酷いことをするときに出す負のオーラ漂う低い声だったので驚きました。
魔法の呪文を「ポンピラパーン」と唱えるシーンでは、娘氏が家でその言葉を何度も繰り返していたのを思い出し「あぁ、あれは劇のセリフの練習だったんだ・・・そうとも知らず、またおかしなこと言ってふざけてるよ、しょうもない!とか思ってごめんね、娘氏よ・・・」と心の中で謝罪しました。
2幕目は、最初は悪いことをしていた魔女が人間の優しさや思いやりに触れ、そんな心を理解できずに戸惑いながらも少しずつ変わっていく場面で、娘氏の演技力に母親として感動し、じっくりと観させてもらいました。


画質が悪くてスミマセン(^^; その1

光る個性とみんなの力

娘氏の出番の最後の方には歌うシーンがあり、凛とした表情で歌う娘氏を観て、人前で自信を持って大きな声で歌えるその度胸誇らしく、また羨ましく思いました。
3幕目に変わり、今度は高い声で子供らしく明るい演技をする主役に変わりました。
娘氏との声のトーンや雰囲気のギャップの大きさが面白くて「これもまた小学校の学芸会の醍醐味」と思いながら劇のクライマックスを楽しみました。
どの幕の主役もオーディションを勝ち抜いただけあって、みんなそれぞれ人を惹きつける演技だったなぁと思いました。
また、いろんな役がある中で、みんな役になりきって演劇を盛り上げ、子供たちそれぞれの個性が光っており「演劇って関わる全ての人で作られているんだなぁ・・・」としみじみ感じました。

感謝の気持ち

それはきっと大人社会の組織にも同じことがいえ、輝かしい実績があるのは個人のスタンドプレイの賜物ではなく、その仕事に関わる全ての人の力があってこその実績なのだから、成功したからと得意になるのではなく、成功したときこそ関わった人たちへの感謝を忘れてはいけないんだなぁ・・・思いました。
それを繰り返し成長する人は、口先だけではない本物『実るほど首を垂れる稲穂』になるのでしょう。
演技を終え『150%の力』を出し切った娘氏を私は200%褒め、先生方にお礼の言葉を伝えて小学校を後にしました。
私は、小学校の先生たちは激務で大変だと常々思っており、娘のお世話をして頂けることをありがたく思っています。
もちろん、幼稚園でお世話になった先生方に対しても同じ気持ちです。


画質が悪くてスミマセン(^^; その2

大事なソーシャルワーカー

この先どんどん文明が進んでAIが社会で当たり前に活躍する時代がくるとしても、ソーシャルワークにおいてはやはり人間の感性と心がなければ担うことはできません。
教諭は正にソーシャルワーカーそのものであり、子供の成長において必要な存在です。
働き方改革という言葉のもと、様々な組織が取り組みを始めていますが、子供たちを導いてくれる教諭の働き方も改革によりどんどん改善されることを私は願います。
環境やスタイルが今までと変われば誰しも違和感を持つのは当たり前のことですが、私は『変化=悪いこと』と捉えずに、保護者として柔軟に教諭の働き方の改善理解と協力を示していきたいと思います。

幼稚園や小学校のどのイベントでも、娘氏の雄姿や成長をみることができているのは、先生方の並々ならぬ努力のお陰です。
本当に有難うございました。

『ワイン体験レポート2年目』10月

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念願の収穫

2018年10月13日(土)、娘と一緒にワイン葡萄の収穫に行ってきました。
前夜の酷い風雨から一転して朝はすっきりと晴れ、車窓から見える彩づき始めた山々と、穏やかな海の景色が綺麗でした。
昨年は、自分が栽培に関わったワイン葡萄畑の収穫に、残念ながら予定が合わなくて参加できなかったので、ワイン葡萄の栽培指導をしてくれているワイナリーのオーナーの畑でワイン葡萄の収穫作業を体験させてもらいましたが、今年は前もってだいたいの収穫日が知らされていたので、「今年こそは自分が手掛けたワイン葡萄の実りをこの目で見て収穫するぞ!」と楽しみにしていました。

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誇らしい芸術作品

ワイン葡萄畑に着くと、葉が生い茂った葡萄棚の一番下の段にぶら下がっているワイン葡萄たちが目に入りました。
たわわに実ったワイン葡萄の房を手にしてみると、艶と張りがある濃い紫色の実がたくさんついており、ずっしりとした重みに感動しました。
絵画のような美しさを持つワイナリーのオーナーのワイン葡萄畑とは違い、枝やツルが伸びる方向が不規則で、木によって実がいっぱいついていたり全くついていなかったりとバラバラな状態でしたが、自分が実際に栽培作業に関わったワイン葡萄畑は最高の芸術作品に思え、『達成感』『誇らしさ』を感じました。


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自由なワイン葡萄の木たち

まずは収穫方法の指導を受けました。
前回、私が収穫作業をしたワイン葡萄畑は全ての木が規則正しく育ち、同じ様に実がついていたので、一番太い枝になっている『一番なり』のワイン葡萄だけを収穫するというルールに従って作業を進めれば良かったのですが、私が栽培作業に関わっているワイン葡萄畑は一本の木からメインの枝が二本生え、左右にわかれて伸びていたり同じ方向に重なった状態で伸びていたり、同じぐらいの太さの枝が何本か伸びていて、どれがメインの枝なのかわからない木があったりで、それぞれの木で見極めが難しく作業に手間取りました。

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素敵なアイデア

メインの太い枝から出たツルに実っている『2番なり』『3番なり』のワイン葡萄も立派な房で甘かったので、ワイン用に収穫したいぐらいでしたが、ワインの質の為に収穫しませんでした。
残したワイン葡萄は後でまとめて収穫しジュースにするとのことで、ワインだけでなくジュースもたくさん作られれば、ワインが飲めない人子供たち実りの喜びと味わいをシェアできるので、素敵なアイデアだと思いました。
ワイン葡萄は食用葡萄と違って甘くないと思われてますが、実はなかなかの甘さがあり(糖度が少ないと十分なアルコール度のワインにならないので)、私たちは収穫しながらけっこう食べました。

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人生の宝

私は娘と一緒に収穫作業をし、私が葡萄の房を枝から切り取って娘に渡し、娘が葡萄の実をチェックしてカビがついた粒やシワシワにふやけている粒を取り除くという流れで、テンポよく進めました。
昨年は娘の作業が未熟だった為、最後に私がチェックして仕上げていたので時間が掛かっていたのですが、今年は娘が担当した作業の出来は完璧でした。
子供の1年間の成長は大きいので、娘には驚かされ感心させられています。
頼もしく成長していく娘と一緒に共通の趣味を楽しめているこの時間は、大切な宝物として記憶に残るのだろうと感慨深く思いながら、私は作業を続けました。


嬉しい『プレートランチ』

午前中に収穫作業を終え、みんなで昼食を頂きました。
以前、コックとして働いていたという近所の農園の方が作ってくれた、地元の野菜たっぷりの『プレートランチ』は栄養満点で、意識高い系のお洒落さとひねりを利かせた珍しい味付けで作られており、私たちはよく味わい、興味津々に頂きました。
塩に漬けてから干したニンジンに衣をつけてサクッと上げた『塩ニンジンのフライ』が特に人気でした。
普段、自分が料理をする立場にいると、人に作ってもらえるご飯は特に美味しく感じます。
手の込んだ丁寧な食事を振舞ってもらい、ありがたさをしみじみと感じました。


ワイン葡萄踏み

午後からは、ワイン葡萄栽培の指導をしてくれているワイナリーのオーナーの所に行き、収穫したワイン葡萄を潰す作業に入りました。
直径50センチ、深さ65センチ程の、寸胴鍋のようなステンレス製の入れ物にワイン葡萄を半分くらいまで入れ、専用の長靴を履いて一人ずつその入れ物の中に立ちワイン葡萄を踏み潰しました。
最初はボールプール(子供の室内遊技場にあり、直径8センチ程のゴムボールが敷き詰められているもの)に足を踏み入れたような不安定な感覚で、何かに掴まらないと立ってられませんでした。
足踏みをすると、エアークッションのプチプチが潰れていくような感じがしました。


樽詰め作業

葡萄が潰れて果汁が溜まってくると、田んぼぬかるみを歩いているみたいに足を取られ、段々と動くのが大変になりました。
果汁の量が増えれば増える程、まだ潰れていない葡萄の房が果汁の中でプカプカと逃げるのでなかなか踏めず、全部を完全に潰すのは無理でした。
ワイン葡萄がある程度潰れたら、果汁も葡萄の皮も全部まとめてイタリア製の大きな濾し機に入れ、果汁だけを他の寸胴鍋型の入れ物に満タンになるまで貯めてから、大きなステンレス製のワイン樽に移し入れました。
ワイン葡萄が240キロぐらいあったので、全員で順番にそれらの作業をひたすら繰り返しました。

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盛り上がる作業体験

収穫したワイン葡萄を潰し終わるまで時間が掛かるので、その間にせっかく搾った果汁が酸化してしまわないよう、果汁を溜める入れ物ワイン樽ドライアイスを入れ、発生する二酸化炭素の重さを利用して溜まった果汁に見えない蓋をしました。
搾りたての濃厚なワイン葡萄ジュースをみんなで頂きながら、お祭り気分で作業は進みました。
「ワイン造りの作業をしてるとワインが飲みたくなるよねー!」「今夜はワインで決まりでしょ!」と話していると、優しいワイナリーのオーナーが試作品の赤ワインのボトルを開けてご馳走してくれました。
私たちはオーナー特製の特別なワインを頂き、更に盛り上がりました。


昔ながらのスタイル

何度も作業を繰り返し、大きな濾し機に葡萄の皮や絞り残しの実などがいっぱになると、それを搾って果汁をとるという作業に移りました。
イタリア製のその濾し機は、木の蓋をした上にパズルみたいに木材を積み重ね、金属の抑えと長い棒をセットし『てこの原理』を使って長い棒を前後に動かしながら手動で絞るという昔ながらのスタイルで、かなり体力を要する作業でした。
最初は葡萄の皮などが高く積まれていたので棒の位置が私の目の高さ位でしたが、絞っていくうちに圧縮されて徐々に棒の位置が私の胸の高さに変わってきたので「この高さなら私でもイケる!」と思い挑戦してみました。


こだわりのワイン造り

最初は順調に動いていたハンドルが、圧力が掛かると重くなり簡単には動かなくなりました。
少し時間を置けば果汁が流れ出て圧力が抜けるとのことでしたが、みんな苦戦していました。
現代では機械で圧搾されるのが一般的ですが、このワイナリーのオーナーはいつもこの方法でワイン造りをしています。
日々の畑の管理や栽培作業なども合わせて考えるとかなり過酷な労働だと思い、私は「ワイン造りは体力勝負ですね」とグラスを片手にオーナーと話しました。
すぐ外にあるオーナーのワイン葡萄畑を見に行くと、昨年と同様、洗練されたアートのような葡萄棚が広大な敷地に広がり、圧巻の風景に感動しました。

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大きな『ケーキ』

心地良い風に吹かれオーナーのワイン葡萄畑を見学しながら歩いていると、オーナー宅の猫『ニャー太』が外でゴロンと寝そべっていました。
丸々とした大きな体を見ると、オーナーに愛されている様子が伝わってきて、ほっこりとした気持ちになりました。
澄んだ空気猫の可愛さにすっかり癒されワイナリーへ戻ると、圧搾作業が終盤に差し掛かかっていました。
濾し機を解体すると圧縮された大量の葡萄の搾りかすが姿を現し、それは見た目のまんま『ケーキ』と呼ばれているとのことでした。
崩して捨ててしまうのがもったいないほど美味しそう『ワイン葡萄のケーキ』でした。

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プライスレスなひととき

自分が栽培に関わったワイン葡萄を収穫し、長靴姿秋晴れの空と美しいワイン葡萄畑を眺めながらワイナリーの特別なワインを味わい、作業体験や語らいを楽しむひとときは私にとってプライスレスで、お洒落をして洗練されたゴージャスなシチュエーションでグラスを傾ける時間よりも贅沢に感じられ、この瞬間にここにいられる幸運御縁に心から感謝しました。
私が栽培作業に関わっている畑のワイン葡萄は『600年前のワイン造り』をテーマに、栽培指導をしてくれているワイナリーのオーナーの手によって毎年異なる醸造方法でスパークリングワインへと生まれ変わっています。
今年はどんな仕上がりで喜び感動を与えてくれるのか、試飲会待ち遠しい限りです。

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最近の私


実務修行の積み重ね

私は9月に、仕事でイベントの開催を手掛けました。
柔軟な考えで新しいアイディアを取り入れ、進化に挑戦しながらもルールにのっとり着実に仕事をこなす女性上司に採用してもらえた日から、私の『実務修行』は始まりました。
自分が取得してきた資格を生かし、過去の経験から得た知識とスキルを応用しながら新たな学びを重ねる発見の日々非常に興味深いものでした。
上司が段取りをするイベントのちらしを作成したり、参加者を集めて確認の連絡を取ったり、参加者のデータを入力したりという裏方的な作業から始まり、その仕事が滞りなくこなせるようになると、毎年、定期的に行われている企画を丸ごと任せてもらえるようになりました。

新たな課題

今回のイベントは、私が提出した幾つかの企画案の中から新たな企画として採用されたもので、イベント開催に必要な手配の段階からほとんど全て任せてもらえることになりました。
新たな企画の為、毎年開催している定例イベントと違い、前年に倣って同様に進めるという訳にいかず、一から手配をする必要がありました。
初めてのことだったので、交渉や確認には注意を払い『報告・連絡・相談』を繰り返し、上司に教わりながら仕事を進めました。
自分の仕事もかなり忙しい中、私の仕事に落ち度がないかチェックとフォローをしてくれる上司に申し訳なさを感じながらも、そんな風に育ててもらえることが本当にありがたかったです。

まさかの展開

頭と気力をフル活用し緊張しながらイベントの準備を進めていたところに、9月6日の震災があり、既にイベント参加者の募集を開始していたので50人の定員に対し半数近くの申し込みがきていましたが、震災の影響で中止になるのではないかと私は思いました。
ですが、大きな余震がない限りは予定通り開催するとのことで、この組織のガッツに驚かされました。
押さえていた会場は安全確認が終わるまで使用許可が出ない状態だったので、私は使用可能な予備の会場をすぐに押さえることにしました。
運良く予備の会場を押さえられ、もともと押さえていた会場の使用許可がおりなくてもイベントを開催できるように整いました。


学びの基本

予備会場の収容人数がもともと押さえていた会場より少ないので、念の為、定員人数を少なく変更し調整することにしました。
結局、もともと押さえていた会場の使用許可が出たので、当日は約30人の参加者を広い会場に迎えイベントが開催されたのですが、参加者は程よい間隔の席でイベントの内容に集中できていたようなので、定員数を少なく調整してかえって良かったようにも感じられ、次回からの定員設定の参考にしようと思いました。
こんな風に、実際に自分の目で見るからわかることやその場の感覚、それによってひらめくアイディアもあるので、やはり体験することこそが学びの基本なのだと感じました。

挑戦と成長

自分が考案して、ほとんどの段取りを任されたイベントは初めてだった為、慎重かつ手探り状態で準備を進めていたところに震災があり、その影響で見通しが更に不安定になってしまい「何てこった!」と思いましたが、日々の実務修行の集大成ともいえる、私にとって重大な仕事だっただけに、困難を乗り越えて無事にこなすことができ感激と満足感でいっぱいでした。
失敗を避ける一番の策は『挑戦しないこと』で、それもまた無難に生きる為の術ですが、私は今回イベント参加者から感謝の言葉を頂き「大変な思いをしても挑戦して良かった」と思い、「これからも失敗を恐れないで挑戦する気持ちを大切にしよう!」と心に決めました。

ラッキーな私

私の上司と私は、同世代なのですがいろんな面において性質が真逆です。
だから私は『自分とは全く違う考え方とやり方』を知り、従来の自分のスタイルに取り入れて臨機応変な使い分けを覚えることができました。
尊敬できる上司の下で働けるのは幸運なことなので、これからもなるべくたくさんのことを学びたいと思っています。
力強く仕事をこなし活躍する女性がいるからこそ、女性のパワーが認められ社会的立場がどんどん確立されています。
私がチャンスをつかみ、仕事にやり甲斐を感じながら成長できているのも、上司のお陰なので、私は上司に心から感謝しており、世の働く女性には益々輝いて欲しいと願っています。


不思議な体験

先日、私は人生で二度目の不思議な体験をしました。
一度目は今から10年以上前、まだ独身だった頃で、友人宅に泊まっていた私は午前4時か5時ぐらいにふと目を覚ましました。
カーテンを閉めていなかったからか、遮光カーテンではなかったからかは忘れましたが、夏の陽ざしで部屋の中はとても明るく「今日もいいお天気だなぁ」と思いました。
仰向けで寝ていたので姿勢を変えようとしたところ、全く体を動かすことができず声も出せませんでした。
過去に金縛りの体験もなかった私は何が起こっているのかも、どうしたらいいのかもわからずに、仰向けのまま目線を天井から徐々に自分の足元の方に移しました。

奇妙な感じ

私の足元に灰色の人影のようなものが立っていて、顔や体のパーツはボヤっとしていて見えないのですが、私を見下ろしているのが何となく感覚でわかりました。
息ができず苦しいという訳でもなく、痛みも身の危険も感じなかったのですが「えーっ、何これ?!どうしよう・・・」と私は焦りました。
少しするとその影が私の身体の上にフワッと倒れてきて、そのまま私の身体に重なるようにスッと入ってきました
その影は少しヒンヤリとした感触で、私は「ヒィーッ!」と心の中で叫び、ただただ呆然としていましたが、少しすると手足の指先が痺れ始め、だんだんと身体が動くようになりました。

疲れ×仰向け=金縛り?!

自分には霊感なんて絶対ないし、きっと霊体験の類とは一生無縁だろうと、大した根拠もないまま勝手に安心しきっていた私は、何だかショックでした。
その体験が夜中とか、暗くていかにもなタイミングではなく、朝方の明るいときでまだ良かったなぁと思いながらも「またこんな体験したら怖くて嫌だなぁ・・・」と不安でした。
人にその体験を話すと「疲れすぎると体が動かなくて金縛りかと思うことってあるよ」とか「仰向けで寝てるとそういうことになりやすいよ」と言われるぐらいで、その体験以降は何も起こらなかったので、私もそんなに深刻に考えずに「不思議な体験だったなぁ・・・」と思う程度で忘れていました。


再びの不思議体験

二度目の不思議な体験は数日前で、午前2時か3時くらいに私はふと目が覚め、仰向けで胸の上に両手をのせた状態でボーっとしながら再び眠りに落ちるのを待っていました。
いつもなら老猫ちゃんに起こされ『撫でろニャー!』『水をかえるニャー!』命令されるのですが、今回は側に老猫ちゃんの姿はなく、私は「今日は眠れる!」とホッとしていました。
すると「イライラ、イライラ、イライラ・・・」と言う声が私のすぐ側で聞こえてきて、誰かが私の両手と両手首を締め付けているように感じ、ハッキリとは見えないのですがおかっぱ頭の女子がいるような気がしました。

怒りの叫び

もの凄いダメージを受けるような痛みではありませんでしたが、明らかに攻撃をされているのだと感じました。
「何?誰なの?」と思いながら腕を動かそうとしましたが、身体が動きませんでした。
何故だか私は焦りや身の危険を感じなかったので、そのままジッとしていると、今度は二の腕をギュッとつねられました。
10キロ以上も太り、タプタプした立派な二の腕になりましたが、脂肪とはいえ二の腕はつねられるとかなり痛いので、私はけっこう早い段階でアタマにきて、夜中なのにまぁまぁ大きめの声「やめろ!!(怒)」と言い、胸の上に置いていた自分の両手を左右に思いっきり振り払いました。

のんきな家族

その瞬間、私への攻撃は止み、おかっぱ頭の女子が消えていくのが何となくわかりました。
つねられた二の腕がジンジンと痛み「一体、何のつもりなの?!脂肪ならつねってもいいと思ってんの?!」と、私はプリプリと怒り、ブツブツと文句を言いました。
離れた場所でスヤスヤ眠る老猫ちゃんを見て「猫がいる家に霊は寄ってこないって聞くけど、老猫は例外なのかな・・・まぁ、今のは私の夢だったのかもしれないしね(^^;)」と呟きました。
そして、隣で私がキレながら騒いでいるのに全く気付かずのんきにグーグー寝ている娘を見て「誰かをアテにすることなく強く生きていこう」と改めて思いました。
ある意味、そんな決意を再確認する良い機会だったのかもしれません。

私、これからも自力で頑張ります( ;∀;)

『今年の夏』Vol.2


おばあちゃんの『My 田畑』

私の実家がある地域では、昔からその土地に住んでいるお年寄りはそれぞれ『My 田畑』『My 山』などを所有しており、趣味として田畑で農作物を栽培し、家族で美味しく頂くのが一般的でした。
今年の8月で102歳になった私のおばあちゃんも以前は『My 田畑』『My 山』を所有していたので、家の庭だけではなく広い田畑でお米果物野菜を栽培しており、そのお陰で私は小さい頃から季節ごとの美味しい農作物をたくさん食べて育ちました。
特に夏はほとんどご飯を食べずに、大好きなイチゴ、スイカ、メロン、トマト、キュウリ、アスパラガスだけを毎日食べていたような気がします。
「夏と言えばスイカ!」それが私と娘の合言葉ですが、娘は私と違って畑から好きな果物を採ってきていくらでも食べられるという環境で育っていないので、スイカはカットされたパック入りのものを買って食べるのが普通です。

イカな夏

イカ1玉を半分に切ってスプーンでそのまま好きなだけ食べていた私としては、娘にもその醍醐味を味わって欲しく、昨年の夏はそこそこ遠くの八百屋で大きなスイカを買い、1ブロック進むごとに休みながら頑張って家に持ち帰り、娘にダイナミックに食べさせました。
娘は大興奮で、嬉しそうにパクパク食べていたので、私は今年も娘にスイカ豪快に食べさせてあげたいと考え、ある日スーパーで大きなスイカを1玉買いました。
いざ持ち帰ろうとすると、昨年よりもスイカを運ぶのが体力的に辛く、途方に暮れていました。
すると娘が「私が持つよ!」とスイカを抱えて歩き出し、ヨロヨロしながらも家までしっかりと持ち帰ってくれました。
逞しく成長した頼もしい娘の活躍で、今年の夏は大きなスイカ1玉を3回購入し、二人で仲良くお腹いっぱい食べました。


リビング・シアター

私は娘に観せたい昔の映画や、一緒に観たい気になる映画があったので、レンタルショップでDVDを大量に借り、娘には飲み物とポップコーンを、自分にはシャンパンとカナッペを用意し、リビングで寛ぎながらのんびりとDVD鑑賞をしました。
『プリティープリンセス』ティンカーベルなどの女の子らしいディズニー映画、アベンジャーズアントマンなどのアメリカンコミックのヒーロー映画、インディージョーンズなどのアドベンチャー映画などいろいろ観ましたが、娘がダントツに気に入ったのは『チャーリーズエンジェル』でした。
娘は空手を習い始めたこともあり、何でも華麗にこなしてカッコよく戦う強い女性の姿に憧れを抱いたようでした。
私は「イイ映画は、何度観てもおもしろいなぁ・・・」と、懐かしさを感じたりワクワクしながら鑑賞しました。

『空手』の魅力

飽きっぽい性格の娘にしてはめずらしく、4月から始めた空手には休まずに通い、家でも熱心に型の練習をして頑張っています。
空手の先生は若い男性なのですが、道家なので礼儀や心構えについての指導もしっかりとしてくれます。
空手の先生が子供たちに言い聞かせる言葉は、人としての基本を説いた至極当然の大事なことばかりで、大人の私も「心を引き締めなければ!」という気持ちになります。
娘は小学6年生だけあって型の覚えが早く、やる気やセンスの面からみて『空手』という武道がとても合っているように思えます。
7月に受けた初の段級審査では11級に合格し、晴れて白帯から色帯に昇級していました。
空手は習得すると護身術としても役立ちますが、私は日本のマーシャルアートとして自国の文化や自分の特技を表現する際にも役立つ、素晴らしい財産になると思っています。

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マイペースな楽しみ方

半年ぶりに娘とボーリングに行きました。
私は、若い頃よりも体重は10キロ以上増加しているのにパワーは年々減少しており、娘と同じ8ポンドの球を選んでも投げるのが大変です。
娘は空手のセンスは良い方だと思うのですが、球技はどうもダメなようで、ガーター防止のレーンに感謝しながらゲームをしています。
私は腕が落ち、娘はセンスがない為、私たちのスコアは残念な数字になるのですが、それでも私たちはボーリングをするのがけっこう好きです。
お年寄り向けのレクリエーションには『サッカーボーリング』という、水の入ったペットボトルをピンにしてビニールボールを蹴って倒すゲームがあるとインターネットで見ました。
私は、そのゲームがボーリング場で新たに導入されたら、体力的な負担が少ない分、世代に関わらず誰もが一緒に楽しめそうでいいなと思いました。

驚きと慄き

娘と初めて4D映画を鑑賞しました。
私の好きな『ミッションインポッシブル』の最新作が4Dで観られるとのことだったので、前作の『ミッションインポッシブル』のDVDを観てしっかりと復習をしてから映画館に出掛けました。
いつものように飲み物とポップコーンを買ってシアターの入口に行くと、係の人に「危ないので手荷物はロッカーに入れてからの入場になります」と言われました。
「もしかして飲み物とかこぼれたりしますか?」と訊ねると「そうですね、気をつけて下さい。」と言われ、どれ程に激しく座席が動くのかと不安になりながら荷物をロッカーに預けて席に着きました。
シアターが暗くなり、4Dのシュミレーション映像が流れると一番前の列の両端からが出て、座席が激しく動いたのに驚き、娘と二人で「ヒィィィィーッ!」と声をあげ、慄いてしまいました。

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4D映画の迫力

映画は、トム・クルーズがいつも通りカッコよく、連続の大胆なアクション期待を裏切らない迫力でした。
「やっぱりこの映画のシリーズは間違いないよね!最高!」と、スピード感を盛り上げる水しぶき振動匂いを感じながら4D映画を楽しみました。
戦うシーンでは座席の背もたれがボコボコ動き、肩や頭を押されるような衝撃が何度も続き、臨場感はありましたが少し居心地が悪かったです。
娘の様子を伺うと、右腕にLサイズのポップコーンをしっかりと抱え、左手でドリンクホルダーに置いてある飲み物を押さえる必死な様子が可笑しかったです。
4D映画に慣れていないせいか途中で少し酔って疲れたので、映画の後はインド人が経営するレストランでエビのマンゴーソースサラダチキンカレーを食べ、エスニックのスパイススタミナをつけて帰りました。

夏バテ知らず

今年の夏は気温の高い日が続き、昨年よりも更に厳しい暑さに感じられました。
私と娘のパスポート輪ゴムでまとめて置いていたら、暑さで輪ゴムが溶けてパスポートの表紙にベッタリとくっついていました。
「輪ゴムが溶ける程の暑さって・・・」と呆気にとられながらも、「そんな酷な暑さの中、我が家の21歳の老猫ちゃんはよくぞ頑張って生き延びてくれたなぁ・・・本当に良かったなぁ・・・」と、しみじみありがたく思いしました。
私が現在住んでいる地域は湿気が少ない方なので、幸か不幸か私は夏バテすることもなく、野菜をモリモリ食べ、キリッと冷えたビールスパークリングワインもすすみ、職場では元気ハツラツ働きました。
私も娘もこの夏はなぜだか物凄く牛肉が食べたくなり『いきなりステーキ』2週連続で行ったり、近所の焼肉屋に行ったりしました。

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大好きな『牛タン』

私は牛タンも大好きで、以前住んでいた地域では決まったお店に定期的に行っていました。
そのお店は現在住んでいる地域にもあるのですが、たまにはちょっと冒険をして違うお店にも行ってみようと思い、前から気になっていた牛タン屋さんへ行きました。
『味噌味と塩味の牛タンの盛り合わせ定食』『牛タンの盛り合わせ定食』を注文したら、薄い牛タンが出てきました。
私がいつも行くお店の牛タンは分厚くても柔らかくて噛み切れることで有名なのですが、薄い牛タンはペラペラしてるのに噛み切れないので、一口サイズにカットしてもらいました。
『牛タンの盛り合わせ定食』には『芯タン』という分厚くて柔らかい牛タンが少し盛りつけられてました。
娘がほとんど食べていない状態で「もうお腹いっぱい」と言うので、私は娘の分の牛タンと麦飯も食べました。

『牛タン』について

娘はデザートメニューの『ずんだアイスクリーム』を食べ、気に入ったようでした。
ほぼ二人分の牛タンを食べ、満腹で幸せでしたが「やっぱり牛タンは分厚くて柔らかいのに限るなぁ・・・」と思いました。
私がいつも行くお店には薄い牛タンはなく、おそらく他のお店で『芯タン』として普通の牛タンと差をつけた値段で出しているものが、そのお店では普通の定食として出されているから、値段設定が他のお店より高いのだろうと気がつきました。
「牛タンは噛み切れなくて嫌い」とか「高い割に美味しさを感じない」と言う人がいますが、薄くて噛み切れない牛タンを食べればそういう感想を持ったとしても不思議はありません。
本当の牛タンの美味しさは『芯タン』を食べてこそわかるものだと思うので、薄い牛タンを食べ、人々が『牛タン=美味しくない』と思い、牛タンが嫌われるのは悲しいなぁと私は思いました。

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せつない『夏の締め括り』

小学校の視力検査で娘が『要再検査』だったので眼科に行きました。
長時間のパソコン使用のせいか、視線を変えたときや遠くを見るときにピントが合わず視界がぼやけるので、私も受診しました。
私も娘も散瞳剤という瞳孔を開かせる目薬をさされ、薬が効くまでしばらく待機し、お医者さんに瞼をひっくり返されながら念入りな検査を受けた結果、特に問題はなく眼の状態も良いとのことでしたが、私の視界がぼやけるのは「老眼のせいです」と言われました。
待ち時間も含め3時間かけてやっと検査を終えたところに『老眼宣言』をされた40代の私は「ガガーン!」と大きなショックを受け、しょんぼりと肩を落として眼科を後にしました。
夏の太陽が散瞳剤の影響を受けた眼に眩しくささる過酷でせつない帰り道でしたが、途中立ち寄ったカフェのランチが美味しくコスパが感動ものだったので、得した気分でちょっぴり元気が出ました。
そんな今年の夏でした。

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2度の震災を経て


老猫ちゃんの予感(?)

2018年9月6日(木)午前3時、私は愛しい老猫ちゃんに起こされました。
老猫ちゃんはお気に入りのマグカップの水が少なくなったとお怒りで「ウニャー!今すぐ起きて水を入れ替えるニャー!!」とばかりに寝ている私の耳元で叫び、若干爪を立てた手で何度も額を叩いておいででした。
私はいつものように「はいはい、わかりましたよぉ・・・(涙)」と仕方なく起きて部屋を明るくし、水を取り返させていただく前におトイレに行くことにしました。
低血圧なので起き上がってすぐに機敏に動くことができない私は、しばらくトイレでボーっとしていると、急にドーンと建物全体が突き上げられるような衝撃を感じ、嫌な感覚で一気に目が覚めました。

『震災』再び・・・

2011年の東日本大震災で被災し、かなり大きな縦揺れや横揺れのオンパレードを経験していた私は、トイレの壁に寄りかかりながら「あっ、この揺れはダメなやつだ!」と直感し、すぐに寝室へ走って戻り娘を起こしました。
娘は過去に経験した地震の恐怖を思い出して「うわぁ、怖いよー!」と泣いていました。
私もトラウマが蘇えり、恐怖で血の気が引きましたが、とにかく娘を抱きしめて「大丈夫だよ、ママがいるから大丈夫だよ。」と何度も繰り返し、前回の震災のときにした身を守る為の行動を瞬時に思い出し、これからやるべきことや必要な物を頭の中で整理しました。

非難の準備

揺れがおさまってからすぐにテレビをつけて地震情報を確認し、津波の心配がないことや震源との距離などを把握しました。
娘に懐中電灯を持って寝室の安全なスペースにいるよう指示をして、私は玄関までの通路の安全を確保し、玄関ドアがきちんと開くのを確認して、自分と娘のを持って寝室にもどりました。
次に、いつでも外に避難できるよう長袖の服とジーンズに着替え、財布保険証などが入ったバッグを手元に置きました。
そうこうしていると急に部屋が真っ暗になり、外の様子を窓から見ると他の家や建物の明かりも消えていたので停電だとわかりました。

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停電の影響

停電になると信号も消え、照明レジも使えなくなるので買い物もできず、電気で管理されているセキュリティーも機能しなくなるので、外は不便で危険な環境になります。
それに加え暗闇の中、娘を連れて外に避難するのはむしろ危ないので、朝になって明るくなるまで家にいようと決め、いつでも避難できる状態のまま待機しました。
災害で停電になるといつも、現地で被災している人はテレビという便利な情報源を絶たれるので、自分の置かれている状況を正確に把握できず、被害の少ない遠い所の人たちだけがニュースや速報で詳しい事情を知っているという、どうにも歯がゆい状態になるのが残念です。

断水と対策

今や、ほとんどの人が所有している携帯電話ですが、大事な時に電話が使えるよう、使用を必要最小限に抑えて電源を確保しなくてはいけないので、情報収集も不自由になります。
そんな状況で不安やストレスを感じ緊張していたので、余震が落ち着いてきた頃には疲れて寝てしまい、気がつくと朝でした。
マンションでは、停電になると各階に水を運ぶモーターが止まって断水になり、飲料水生活水もなくなります。
私は娘を起こし、まずは水を調達する為に出掛けることにしました。
お店はレジが使えず閉店していると思ったので、自治体の施設を目指して歩いていると、コンビニの袋を持って歩いている人がいました。

飲料の確保

訊ねてみると、近所の2軒のコンビニが開いているとのことだったので、私たちは急いで行きました。
2軒ともペットボトル入りの水はもう売り切れでしたが、片方のコンビニにはペットボトル入りのお茶が何種類かあったので、飲料の確保はできました。
電池や懐中電灯、携帯の充電器などはすぐに売り切れたようで、棚に並んでる食べ物も段々と減ってきている状態でした。
コンビニでは非常時でも使用できるレジ用機器を使ってお会計をしてくれていました。
コンビニが開いているのなら、近くのスーパーも開いているかもしれないと思い、次にスーパーへ行くことにしました。

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階段と行列

確保した飲料を、一度、家に置きに行ったのですが、停電でエレベーターが使えないので、マンションの8階まで非常階段を上らなくてはならず、かなりの重労働でした。
気温が高い日だったので汗だくで、休みながら息を切らしてやっとの思いで階段を上りきり、さっそく買ってきたお茶を飲んでしばしの休憩を取ると、気を取り直してスーパーに向かいました。
途中、スーパーで既にお買い物をして両手に荷物を持った知り合いに会い「お店に入るまで1時間も並んだよ!覚悟した方がいいよ!」と言われ「うわぁ・・・そんなに並ぶの?!」とガックリきました。

食料の確保

スーパーの入り口から長い行列ができており、ずっとここに並んでいたら他のお店に行けなそうだし、順番が回ってくるまでにスーパーの物がほとんどなくなってしまいそうだと思ったので、私は娘に1人で並んでもらい、近くのドラッグストア小型スーパーに先に行くことにしました。
ドラッグストアに着くともう品切れで閉店してしまっていたので、私は小型スーパーへと急ぎました。
店内には巡回コースが決まった列ができていて、ペットボトル入りの水は売り切れでしたが、食料の在庫は比較的ある方だったので、私は非常食になりそうなお煎餅パックのご飯とレトルトカレー、そして猫用の缶詰を買い物かごに入れました。

斬新なお会計

食事となるものがなくなったときの為に、一応スナック菓子飲むビタミンゼリーなども買い物かごに入れてレジに進みました。
レジが使えず正確な金額で計算して細かいお釣りを出すのが困難な為、100円以下の商品は全て100円101~200円の商品は全て200円201~300円の商品は全て300円として電卓で計算されるシステムでした。
「おぉー、なるほど!レジが使えなくてもそういう販売方法もあるんだぁ!」と、そのアイディアに感心しつつ「あれ、待てよ。ということは、私が念の為に買い物かごに入れた108円ぐらいのスナック菓子やらお煎餅やらの数々は、全部200円になるってことか・・・」と気づきました。

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親切なスーパー

こんな非常時には、食べ物を売ってもらえるだけでもありがたいことなので、食料を確保できて良かったと思いました。
再びスーパーへと戻ると、娘は行列の半分くらいまで進んでいました。
スーパーのすぐ隣では、各自の容器に水道局の人が水を入れてくれていたので、今度は私が行列に並び、娘は水をもらいに行きました。
娘が水の入った容器を手に私の所に戻ってくると、ちょうど私たちの順番になり、スーパーでお買い物ができました。
缶詰レトルト食品インスタント食品果物などがあり、レジが使えず細かい釣銭もないので、100円、150円、200円とキリが良い安めの金額設定で、買える数は決まっていましたが親切価格でした。

避難所へ

スーパーではペットボトル入りの水を買うことができて助かりました。
買い物が終わるとが降ってきたので急いで家に帰り、1回目よりも更に重い荷物を持って、何度も休みながら時間をかけて階段8階へ上りました。
食事をとり少しゆっくりしていると、娘が通っている小学校の体育館避難場所として開設されたというお知らせメールが入ったので行ってみました。
かなりの人が避難をしており、飲料水はなく非常食の乾パンをもらいました。
携帯の充電をしている人が多く、私も充電をしたかったのですが充電用のプラグを持参していなかったので家に取りに行くことにしました。

試練と根性

小学校でバケツを4つ借り、家に戻る途中の公園で水を入れ、私と娘はそれぞれ2つずつのバケツ4ブロック先の自宅まで運びました。
8階まで運んだバケツの水を自宅のトイレタンクに入れ、残った水を浴槽に貯水して、ソファーの上でぐったりしていると電気が復旧し、水が使えるようになりました。
もう少し待っていれば苦労してバケツで水を運ぶ必要はなく、無駄骨を折った感は若干ありましたが、こんなときに娘に『生き抜く為に必要な行動力と根性』を教えることができたので、体力的には大変でしたが学びの試練として受け止めました。
娘も私もよく頑張ったなぁと思います。


守られている私たち

私と娘は、ご先祖様や故郷の即身仏になられた上人様、2年前に19歳で旅立った老猫ちゃん、そして今も長生きしてくれている21歳の老猫ちゃんたちに常に守られているような気がしています。
前回の震災で恐ろしい思いをしましたが、娘が幼稚園から帰宅して私と一緒に家にいたので、私は娘を守ることができ、私たちにケガはありませんでした。
本当なら次の日から車で東京に出掛ける予定だった為、車にはガソリンが満タンに入っており、スーツケースには旅行用の荷物がまとめてあったので、震災の翌日、道路が封鎖されて移動ができなくなる前に他県の実家に避難することができました。

ありがたいこと

今回の震災でも、たまたま老猫ちゃんが私を(無理矢理)起こしてくれ、家の中が明るい状態だったので被害状況を把握でき、焦って事故に至ることもなく無事に乗り越えられました。
今回は、台風の後の大きな地震だったので、踏んだり蹴ったりだという気もしましたが、台風と地震が同じ日にこなかったことをありがたく思っています。
「わざわざ遠い地域に引っ越したのに、そこでもまた震災に遭うとはね・・・」と私のことを思う人もいるかもしれません。
(実際、私自身も「ウソでしょー!!!」と思いました(^^;)
ですが、私はこの地域に多大な魅力を感じており、予想外の2度目の震災で再び怖い思いはしましたが、それでもやっぱりこの地域に移住して良かったと思っています。

目から鱗』な観点

今回の震災では、この地域の人たちの復旧に対するハングリーさ力強さを感じ、今まで私が持っていた観点とは違う『逞しい生き方』を学べたような気がしています。
「こんな時だから自粛して静かに過ごそう・・・」という考えが当たり前だった私には「こんな時だからこそ負けてられない!どうにかしよう!とにかく前へ進もう!」という姿勢と行動が目から鱗が落ちるくらい新鮮で、やはり北の寒く厳しい土地を開拓してきた人たちの精神を脈々と受け継ぎ築き上げられた『北の大地の文化』は深いなぁと感じました。
私は、この土地に導かれて生きている人生をとても幸せに思っています。

ご自分の家も大変だったはずなのに、震災後すぐに人々の為にお店や避難所などの施設、その他の場所で仕事をしてくれた献身的で勇気と思いやり溢れる皆様に、心から感謝しお礼を申し上げます。

『今年の夏』Vol.1

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貴重なお休み

今、私が住んでいる地域は夏が短く、お盆を過ぎると一気に涼しくなり、日中は気温が上がっても朝晩は空気がひんやりとします。
今朝は、開けた窓から入る外の空気に初秋の香りを感じました。
夏の終わりを寂しく感じる人も多いようですが、太陽が照り付ける激しい季節の後に訪れるピンと張り詰めた静けさが私は好きで、また違う季節の訪れを感じ気持ちが昂ります。
今日は、リビングの定位置でバランスボールに座り、お気に入りの景色を眺めながら、この夏を振り返ってみようと思います。
今年の夏は、職場で以前よりも任せてもらえる仕事が多くなりやりがいが増えた分、忙しさも増し慌ただしく過ぎていく日々の中、娘との楽しい思い出を作るべくなんとか仕事の帳尻を合わせ、お休みを3日とりました。

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こだわりのお席

劇団四季のミュージカルサウンド・オブ・ミュージックを観に行きました。
私は劇団四季のミュージカルが好きで、娘が小さい頃からよく一緒に観に行っていました。
公演によって演出が異なり、見応えのあるお席が違うので、日にちを優先してチケットを選ぶのではなく、自分の中でベストだと思うお席がとれる日を探してチケットを購入するのが私のこだわりです。
例えばオペラ座の怪人はシャンデリアが落ちてくる演出があるのでその位置よりも少し後ろの列の真ん中のお席、美女と野獣はステージの端から端までを使ったレビューがあるので全体を見渡せる後方ブロック1列目の真ん中のお席、『ライオンキング』は動物たちが通路を行進する演出があるので通路の十字部分の角のお席というように、こだわった選択で毎回満足のいく観劇をしていました。

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観劇の醍醐味

ミュージカル鑑賞は私と娘の共通の趣味なので、公演中はリピートして観に行きます。
動物好きな私たちが鑑賞するのにピッタリの『ライオンキング』の公演は、右側の通路と左側の通路で行進する動物たちの種類が違うので、右側のお席と左側のお席を交互に2回ずつ選び、合計4回観に行きました。
今回のサウンド・オブ・ミュージックでは、シスターがミサでキャンドルを持ちながら歌い、通路を行進するという演出があったので、通路側のお席をとりました。
間近で聴くプロの演者の歌声と、そのオーラ圧倒され感動しました。
観劇後は街で少し早めの夕食をとり、「やっぱりミュージカル鑑賞って迫力があってイイよねぇー!」と、夏ならではのイカジュースを飲みながら娘と盛り上がりました。


老猫ちゃんとトカゲちゃん

我が家にトカゲちゃんが遊びに来てくれたので、私たちはゲストのおやつにバナナを用意し、小さくカットして手であげました。
バナナをあげる側の私たちも食べる側のトカゲちゃんも慣れておらず、最初の内は上手く口に入れられなくて苦戦しましたが、トカゲちゃんは舌と上顎と下顎を駆使し、一生懸命に食べていました。
娘に抱っこされ、頭を撫でられながらリラックスしていたトカゲちゃんですが、バナナを食べた後はパワフルに何度も脱走を試みていました。
ウチの老猫ちゃんトカゲちゃんは会うのが3度目で、お互いの匂いを嗅ぎながら鼻と鼻をくっつけ、ちょっぴり戸惑っている様子がとても可愛らしかったです。

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お気に入りのリゾート

今年も湖の近くにあるリゾートホテルに行きました。
湖を一望できる立ち湯や、お風呂上がりに寛げるお洒落な空間が特に気に入っています。
浮き輪をして造波プールで揺られながら過ごした後は、ゆっくりと温泉に浸かり、お風呂上がりに冷たいローズヒップティーを頂きながら湖を眺め、お部屋で少しお昼寝をしました。
夕食は、地元の食材を使ったお料理が並ぶビュッフェスタイルで、いろんな種類があったので2泊しても飽きずに美味しく頂けました。
食後にはショーがあり『ガールズブラスバンドジャズ演奏を聴きました。
夏の間は毎晩、湖で花火が打ち上げられていて、昨年は湖のほとりに出て見たのですが、今年はちょうど花火が見えるお部屋だったのでソファに座って寛ぎながら見ました。


夕方の動物園

この夏は、近くの動物園に2回行きました。
2回とも、たまたま用事が早く済んで時間が空き、単なる思い付きで行ったので、動物園に着いたのは閉園まで2時間もないぐらいの時間でしたが、夕方近くで気温が少し下がったからか動物たちがいつになく活発に動いていて楽しめました。
昼間は暑くてずっと水の中に沈んでいたと思われるカバは、声を掛けるとザブーンと水から顔を出し、短い脚でトコトコ歩き大きなあくびをしていました。
ライオンもめずらしく外にいて「ガオーッ」吠えながら歩きユキヒョウは高い所から素早く降りて来て、私たちの目の前で毛づくろいを始めました。
いつも目を閉じてジッとしているミミズクは鶏肉を片足で押さえながら食事中で、レッサーパンダ愛嬌たっぷりにつり橋の上を行ったり来たりしていました。


アクティブな動物たち

普段なかなか姿を見せてくれないヒグマは目の前に立ち、ガラスをベロベロと舐めていました。
爬虫類館では、大きめのパイソンがニョロニョロと天井に沿って頭を移動させ、身体の模様としなやかな筋肉の動きが美しく、興味深かったです。
トカゲたちもガサゴソと動き回っていて、何だかとても得した気分になり、じっくりと観察していたのですが、爬虫類館は館内の設定温度と湿度が高めなので夏場はしんどい
気がしました。
この春に新設されたシロクマ館に行くと、トンネル状の水槽や面白い見せ方の水槽があり、シロクマアザラシ気持ちよさそうに泳いでいました。
まだ古いエリアに残されているシロクマとアザラシもいたので「早く全員が新しいエリアに移って快適に暮らせますように・・・」と思いました。


いろんな気持ち

娘が、子供だけ参加の1週間ほどのキャンプに行ったので、私はしばし静かな生活を送ることになりました。
バスに乗り、一人旅気分ワイン葡萄の栽培作業に出掛け、初めてのサクランボ狩りを体験し、あとはただひたすらのんびりと『贅沢な静寂』満喫しました。
キャンプが終了したお迎えの日、こんがりと日焼けして、あちこちに擦り傷を作り、昨年と同じように薄汚れた格好に変わり果てた娘が笑顔で戻ってきた瞬間から、再びいつもの騒がしい生活が始まりました。
「さようなら、束の間の静かな日々よ(涙)」と思いながらも、お寿司ビールを頂きながら娘の土産話を聞き「親から離れた環境で様々な体験をして一段と逞しく成長し、楽しい思い出を作って無事に帰って来てくれて良かったなぁ・・・」としみじみ思いました。

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気ままな休日

我が家の愛しき老猫ちゃんがお世話になっている動物病院『猫の写真展』のチケットを頂いたので、娘と一緒に見に行きました。
まずはお気に入りの『いきなりステーキ』でいつもの『乱切りステーキ300gダブルオニオン』をペロリと食し、お気に入りの写真展で世界中の猫ちゃんたち
にウットリと見とれ、この上なく幸せな気分でした。
展示会場の側ではたくさんの猫グッズが販売されており、娘が釘付けになっていました。
「そんなに猫グッズが気になるなら、ママと猫グッズを作ろうよ!」と言って家に帰り、フェルトで作れる物やデザインを考えていたら段々と眠くなり、そのまま老猫ちゃんと一緒にお昼寝をしたら夜になっていました。
結局、何も作らずに1日が終わってしまいましたが、それはそれで猫のような気ままな休日でアリだと思いました。

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『リメイク』のリレー

近くの観光地に出掛け、娘と一緒にガラス工房グラス作り体験をし、それを夏休みの工作にする予定が、あまりの暑さで「涼しくて過ごしやすい秋に行こう!」と変更になりました。
フェルトで作る猫グッズも良かったのですが、デザインから考えて作ると時間が掛かるので、簡単だけどアイディアがポイントの『リメイク』に決定となりました。
娘が幼稚園で着ていた私の手作りのスモックがあり、私が布地を足してサイズを直すと、娘はそのスモックを小学3年生の終わりまで着続けてくれました。
今度は娘がそのスモックの裾を縫い閉じて袋状にし、リボンを2本縫い付けて取っ手を作り、手提げバッグへとリメイクしました。
縫う箇所は少なくても手縫いだった為かなりの根気と時間を要し、娘は完成後やりきった感いっぱいで、私もそんな娘のアイディアと頑張り嬉しく誇らしく感じました。

『今年の夏』Vol.2へ続く

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『過去のブログ』を振り返る Vol.5

ブログを始めた頃の記事を、現在の書式スタイルに編集して掲載し、皆様にぜひご覧頂きたいと思いました。
どうぞよろしくお願いいたします(^^)/

Vol.7『バランスボールと二度目の成長期』


憧れの身長

私は近年『二度目の成人式』ならぬ『二度目の成長期』を迎えています。
普通ならば、だいぶ大人になってからは年齢を重ねるごとに徐々に縮んでいく身長が、この2年で3センチも伸びたのです。
ずっと154センチという小柄な身長『可愛らしさ』として、40歳を過ぎてもしれっとアピールし続けていましたが、今は憧れだったいわゆる標準身長(私の世代ではそうだったと思われる)157センチのボディを手に入れました。
自分が157センチだと知ってから、私は嬉しさのあまり背筋を伸ばして姿勢良く自慢げに歩くようになりました。
 

成長の理由

身長が伸びたのは、バランスボールに座る生活に切り替えたことと関係があるのではないかと私は睨んでいます。
ソファーや普通の椅子に座るのとは違い、バランスボールは体の重さを吸収して変形するので、重力によって背骨がギュッと詰まることなく座っていることができ、腰への負担軽減されているように感じます。
つい猫背になっても、姿勢が変わるとバランスボールが動いて体重が掛かる点と角度が変わるので、背中を丸めながら背筋を伸ばすストレッチをしているような状態で気持ち良く座っていることができます。

バランスボールの凄さ

本来ならば、バランスボールは様々な運動に取り入れながら活用されるべきものなのでしょうが、私の場合はバランスボールを使って特別なエクササイズをする訳でもなく、ただソファーや椅子の代わりにして足をしっかり床に付けた楽な状態で座っているだけです。
それでも、姿勢が変わって体の中心がズレる度、インナーマッスルが自然と働いて体の芯を真っすぐ保ち続けるというトレーニングになっているようで、「何の苦労も感じないまま、知らない間に身体が鍛えられているなんて素晴らしい!」と、バランスボールの素敵すぎるシステムに心から感謝しています。


身長と体重

バランスボールには大・中・小の3種類のサイズがあり、大きすぎると床に足がつかずグラグラして安定感に欠け、小さすぎるとテーブルとの高さが合わず暮らしづらくなってしまう為、私は中くらいの直径50~55センチぐらいのものを使っています。
ツボ押し効果も考えてボツボツがあるバランスボールを使用していたのですが、最近は体重の増加によりすぐにお尻が痛くなるので、通販でノーマルなものを購入し「身長が3センチ伸びたんだから、体重だって増えて当たり前だよねー!」と、明らかに比率が合わない増加体重をサラリと流し、体重計を部屋の隅にそっと押しやりました。

『物忘れ』と『物持ちの良さ』

ノーマルなバランスボールが届いたのですが、忙しくしていた私はすぐに利用せずに「今度にしよう」と片付け、何か月後かに「いい加減、新しいバランスボールに変えようかな・・・」と購入したバランスボールを出そうとしました。
ところが、片づけた場所を思い出すことができず、張り切ってスペア用と2つ購入したのに、未だに1つも利用できておらず、新品のバランスボールは今も家のどこかで箱に入ったまま待機中です。
そんな訳で、私は今も慣れ親しんだボツボツのバランスボールのお世話になり続けており、物持ちが良いのでこのまま何年も使い続けるのだろうと思います。

私の野望

私は「ヒラキ」という通販サイトで、1個780円(税込み842円)のバランスボールを購入しました。 ※2018年8月現在は1個680円(税込み734円)と、更にお買得になっているようです。
大きさは直径55センチで、カラーはピンクとブルーがあり、空気入れポンプも付いている親切でお得な商品なので、バランスボールが気になっている方、試してみたい方に役立つ情報になればと思います。
あわよくばこの調子で160センチぐらいまで成長し、今までとは違う視界の生活を送るという密かな野望を胸に、私の(ただ座っているだけの)バランスボール生活は今日も続きます・・・


Vol.8『昭和の死語への愛』


昭和好きな私

私は昭和時代が大好きです。
謡曲もテレビ番組も映画もアニメも、それらが醸し出すレトロ感も、育児環境も、今ほど便利ではなかった通信環境や電化製品も全部大好きです。
昭和時代の私はまだ子供でしたが、いろんな面であの頃の方が単純で面白味があったように思います。
私は昭和の言葉が特に好きで『ザ・昭和』的なフレーズを聞くと心をくすぐられ、気になって仕方がありません。
それは随分と前から「死語」と言われ廃れ果て、現在使用すると周りに引かれてしまう言葉ですが、私にとっては常に魅力的で、思わずワクワクしてしまう言葉なのです。

突然の『ボイン』

先日、大人の女性が集まる『起業家との勉強会』に参加し、ランチタイムの雑談で『SNSはプロフィール写真が巨乳だと確実にアクセス数が増える』という話題になりました。
「ボインってやっぱり人気があるわよねぇ。」
「いつの時代もボインの需要って大きいのね。侮れないわ。」
「やっぱり、ボインは男性の憧れなのかしらね・・・」
「いやいや、っていうか『ボインの需要』って何?!その表現、どうなの?!」
「やだぁ、そもそも『ボイン』って死語じゃないの!」
「ホント!昭和の言葉!死語よ!」
「そもそも『ボイン』って言い出したの誰?!」
と、ちょっと面白い展開になりました。


『死語』と『言っちゃった感』

昭和を愛する私は、知的でエレガントな大人の女性たちの会話に『ボイン』という昭和の死語が飛び交う状況と『言っちゃった感』いっぱいに慌てふためく様子を見ると、なんだか嬉しくて楽しい気分になりました。
何ならこの際『サタデーナイト』『ボインのカワイコちゃん』『ディスコでフィーバー』『オレッチ』『ナウいハンサムボーイ』『なんちゃって』と死語の王道を極めたワードを羅列し、鳥肌が立つような『ダサイ』発言をしてみたくなりましたが、そのお洒落な大人の女性グループから追放されて勉強ができなくなるのは避けたかったので、私は必死に我慢して愛しい死語たちを飲み込みました。

玉砕する40代

ナウいいう言葉がまた流行ったらいいなぁと思っている私は、過去に何度も若者との会話にわかりやすいくらい強調してその死語を使ってみたのですが、私が40代の為「あ、この人きっと死語だって思ってなくて普通に『ナウい』とか使っちゃってるんだ・・・オバサンだし、痛くて気の毒だから傷つけないようにそっとスルーしてあげなくちゃ・・・」と、全く突っ込まれることなく、逆に可哀相な感じで気を遣われるという、とても残念な結果に終わってしまいました。
それは私にとって、とても『ガビーン』まいっちんぐなことでした。

繰り返される流行

私は、若者の間でも敢えて昭和の死語を使うことが流行り、また昭和の素敵な世界観で世の中が満たされることを期待しています。
平成生まれの人が昭和の歌、映像、本などを知り「なんかこれ、凄くイイ!」と感じることがあるように、良いものはやっぱり良いし、魅了されるものです。
時代と流行は繰り返されるのが世の常なので、ファッション、文化、ダンスなど、とにかく様々なものに昔のニュアンスが取り入れられる流れの中、いつの日か堂々とナウいというような『死語』が当たり前の会話に登場するようになるのを心待ちにしています。