『オーストラリアの動物たちと』Vol.3


様々なビザ

人生初の海外旅行オーストラリアを選び、2か月半程の滞在を終えて帰国した私は、オーストラリアの大自然と動物たちにすっかり魅せられ、再びオーストラリアに行く計画を練り始めました。
海外に滞在する為にはビザが必要となり、国によって規定が異なります。
オーストラリアの場合は3か月までの滞在であれば『ETAS』というビザが必要で、取得はそう難しくありません。
それ以上の滞在の場合は、就労ビザ学生ビザなど、目的に応じて様々な条件をクリアしている人にだけ与えられるビザが必要になります。
オーストラリアと日本の間で協定を結んでいる、1年間の滞在と働いて収入を得ることが可能な『ワーキングホリデイビザ』というものもあり、これは年齢制限があるのですが取得は比較的簡単です。

新たな思いつき

日本とのワーキングホリデイ協定国にはニュージーランド、カナダ、イギリス、ドイツなどもあり、全部で18~19か国程です。
(協定の打切りや新規の登録で変動があります)

当時、私は『ワーキングホリデイビザ』の取得制限にまだ間に合う年齢だったので、そのビザを取得して活用することにしました。
1年間の滞在が条件ではなく、3か月以下や6か月程の滞在に利用してもそれは個人の自由で、働かずに観光だけをして過ごしても問題ないという、使い勝手の良い便利なビザでした。
せっかく1年間の滞在ができるのだから、その期間を有効に使い意義のあるものにしたいと思い、やりたいことをあれこれと考えた末、動物好きな私は「そうだ!オーストラリアの動物園でボランティアとして飼育員のお手伝いをしてみよう!!」と思いつきました。


目標と実行

目標が決まれば、あとは実現に向かって実行あるのみで、私はオーストラリアの動物園で飼育員のお手伝いをするチャンスを掴むべく思考をフル回転させ行動を開始しました。
まずは英会話教室で、実際に生活の中で使う言葉や表現方法を更に身につけ、自分の言葉で自分の想いを正確に伝える為の取組みをしました。
世間には、料金を支払えば動物園で職業体験ができるという観光者向けプログラムもあり、それを利用すれば簡単に叶うことでしたが、そういったサービスでお客さんとして動物と関わるのではなく、自分の力でチャンスを掴みたかったので、私はオーストラリアの動物園などの施設をインターネットで調べ、30か所程の施設に「どうぞボランティアとして飼育員のお手伝いをさせて下さい!」というお手紙を書き国際郵便で送りました。

私の伝え方

Eメールを利用すれば費用も手間も掛かりませんでしたが、私は敢えて自分の動物に対する気持ちや、どうして飼育員のお手伝いをするチャンスが欲しいのか、自分はどんな考えを持った人間なのかなどを1枚1枚に手書きでしたため、自分の想いと情熱を相手に伝えました。
一般的には、動物に関わる職業を目指している学生などが、必須研修として、 動物園で飼育員のお手伝いをするようで、私は動物に関して学ぶ学生でもなく、動物に関する特別な知識がある訳でもなかったので、お断りのお返事が次々と返ってきました。
日本からの突然のお手紙に対し、ほとんどの動物園がきちんとお返事をくれ、幾つかの動物園はわざわざ国際郵便でお返事をくれたことに感動し、「やっぱり動物に対する思いやりがある人たちは優しいなぁ・・・」と思いました。


念願のチャンス

そんな中、一か所だけ私を受け入れてくれるお返事をくれた動物園がありました。
南オーストラリアにある動物保護施設で、担当者からのEメールには「あなたの動物に対する気持ちと、動物の為に働きたいという熱意が伝わりました。滞在場所や費用の援助はできませんが、それでも良ければボランティアとして受け入れます。」とあり、私はすぐに「受け入れのお返事に感謝します!ぜひよろしくお願いします!!」という内容の返信をしました。
受け入れて貰える日程が決まり、それをメインに考えてオーストラリア滞在の具体的な計画を立て始めました。
オーストラリアに渡ってすぐにその動物園に向かうのではなく、しばらく滞在して英語の環境に慣れてから飼育員のお手伝いを始めたいと思い、準備期間を設けました。

絶景の動物園

オーストラリアに渡り、初めにシドニーでホームステイをしました。
ホストファミリー宅にはスタンダードプードルトイプードルがいて、どちらもフワフワした白い毛が可愛らしく、私の良き遊び相手になってくれ、トイプードルは毎晩一緒に寝てくれました。
シドニーはオーストラリアで一番大きな都市で、ホストマザーによるとその都市の動物園は『世界一景色が綺麗な動物園』だそうで、私は早速フェリーに乗って行ってみました。
高台にある動物園にはビューポイントがあり、海の向こうにオペラハウスハーバーブリッジが見える絶景で、ホストマザーの言葉に納得しました。
動物越しに緑の木々青い海白い高層ビルが見え、自然と近代都市の不思議な融合が楽しめる、ダイナミックなパノラマが印象的でした。


イルカのご挨拶

オーストラリアで一番大きな都市の動物園だけあって、全てのエリアの造りがそれぞれ凝っていてとても豪華でした。
シドニーでは州の法律コアラを抱っこすることができないので、飼育員が抱っこしているコアラと並んで記念撮影をしました。
帰りにフェリーのデッキから深い青色の海を眺めていると、イルカがプカリと姿を現してフェリーを追いかけてきてくれました。
「さすがオーストラリア、湾にもイルカが普通にいるんだぁ!」と感激し、帰宅して夕食の際にホストマザーにその話をすると「それはとても珍しいことよ。あなたは運がいいわね。」と言われ、再び嬉しくなりました。
シドニー水族館は、ガラスのトンネルを通りながら魚たちを眺められる造りで、トンネルの上で寝ているサメたちのお腹を、下からガラス越しに見られるのが面白かったです。

異なるペット事情

一か月間のシドニー滞在を終え、次はメルボルンに滞在しました。
メルボルンはオーストラリアで二番目に大きい都市で、シドニーよりもコンパクトな中心街が行動するのにちょうど良い大きさで便利でした。
ホストファミリー宅は植物園に近い閑静な住宅街にあり、毛がフサフサした猫がいました。
州によって法律が違い、かれこれ15年前の話なので現在はどんなペット事情になっているのかわかりませんが、夜行性狩りをする習性があるは、国の大事な保護野生動物を殺してしまうので、ケアンズでもメルボルンでも夜になるとケージに入れられ、困った存在として扱われていたような気がします。
ちなみに、日本ではペットとして人気のウサギも、オーストラリアでは庭の草木や花、野菜など何でも食べてしまうので、害虫扱いされているようでした。


野外レッスン

私がボランティアとして飼育員のお手伝いをさせてもらえることになった動物園は、メルボルンから車で二時間ほどの地域にあり、メルボルンでの滞在を終えたらいよいよその動物園で私のスペシャルな体験が始まる予定でした。
それに備えて私は、私の英語のプライベートティーチャーでもあるホストマザーと一緒にメルボルンの動物園に何度か出掛け、動物についての表現や会話をメインに英会話の野外レッスンをしました。
タスマニアンデビルが人懐っこい様子で私の方へ寄ってきてくれるので、動物園に行く度にしばらく見ていました。
飼育員のことが大好きで集団でついて歩く小さなペンギンたちがいて、その内の2羽が飼育員の靴の上にちょこんと乗ったまま降りず、飼育員が動けずに困っている姿を、私は今でもはっきりと覚えています。

ラッキーな展開

メルボルンを後にし、電車とバスを乗り継いで、ついに飼育員のお手伝いをさせてもらえる動物園に到着しました。
受付で担当者を呼んでもらうと、飼育員の責任者がやってきました。
私の受け入れを許可してくれた担当者は、急な事情で少し前にその動物園を退職し、誰も私の受け入れの件を引き継いでいなかったのですが、私は念の為に担当者からのEメールをプリントアウトして持参していたので、それを見せ無事に予定通り受け入れて貰えることになりました。
私に素敵なチャンスをくれた担当者に会えないのは残念でしたが、新しい担当者がまだいない状態の為、それぞれのセクションの飼育員たちが順番に私の世話をしてくれることになり、通常ではどれか一つのセクションでしか飼育員のお手伝いができないところ、私はいろんなセクションでお手伝いができることになりました。
一歩間違えれば受け入れて貰えないということにもなりかねない状況だったのに、結果ラッキーな展開となりました。

本格的な飼育員のお手伝い体験のお話は、また『オーストラリアの動物たちと』 Vol.4にて★

心のグラスを満たすアート


早起きの休日

先週の土曜日に、娘と美術館に行きました。
4月からスタートし、先週末で終了する美術展があり、開催期間の最後の週末は私たちの様に滑り込みで来館する人で混雑すると思い、なるべく人の少ない早めの時間に美術館に行けるように早起きをして出掛けました。
晴れたり曇ったりの空模様でしたが気温的には穏やかな日で、お散歩がてら歩いて美術館に行くと、既に来場者でいっぱいでした。
以前、私がよく行っていた東京のプライベート・アートミュージアム(個人所有の美術館)の美術展で、現在その美術館は建て替えの為に長期休館中ということもあってか展示作品数が多く、第2会場も設けられていました。

懐かしい絵画たち

会場に入り、いつもの様に人混みから少し離れた場所で、絵画全体が見えるポイントタイミングを上手く見つけて展示作品を眺めました。
ほとんどの作品は東京で何度も見ていたものだったので「お久し振りですね」と心の中で絵画たちに挨拶をしながら、その当時を思い出し懐かしい気持ちで鑑賞しました。
第1会場は主に洋画の展示となっており、その中の私のお気に入りはモネルノワールの作品でした。
娘はルノワールが描いた少女の肖像画の、優しい瞳の輝き肌の美しさに目を奪われ、肌の色の描写に水色を使用していることに衝撃を受けていました。


ユニークなアート

小川が流れる音を聞きながら、初夏の緑が綺麗な庭園を通って第2会場になっている隣の美術館へ移動しました。
そこには日本人画家の作品が展示されていて、海外の印象派の有名画家たちの影響を受けて描かれたと思われる作品も幾つかあり、シャガールピカソカンディンスキーの融合のように見えたり、ピカソとダリの融合のように見えたりして面白いなぁと思いました。
第2会場では、私も娘も藤田嗣治を描いた作品が気に入りました。
こじんまりとした美術館は、階段のシルバーの手摺りがクネクネと曲線状になっていたり、二階の踊り場はバルコニーになっていて階下の展示スペースを眺めらるようになっているユニークな設計でした。

私のトライ

美術に興味があり、素敵な空間アートに囲まれて仕事ができたら最高だと思った私は、以前その美術館の受付・監視員の募集に応募したことがありました。
娘が小学生の内は、土日は娘と一緒に過ごしたいと私は考えており、面接に出向いて仕事の内容などを詳しく聞いたところ、土日も含めてスタッフ全員でローテーションを組むとのことで、私の希望条件と先方の希望条件が一致せず、残念ながら採用には至りませんでしたが「まぁ、こういう類の仕事で土日に休めるなんて都合の良い話はそうそうないし、仕事の仕組みや応募の要領がわかっただけでも、勉強になって良かったなぁ・・・」と思いました。

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グッジョブな娘

第1会場に戻り、ミュージアムショップでグッズを見ました。
ミュージアムショップには、面白いアートグッズがいっぱいあるので、美術館に行った際に私は必ず立ち寄ります。
家には、私が過去に訪れた国内外の数々の美術館ミュージアムショップで購入したグッズがけっこうあり、飾る場所がなくて段ボール箱で何箱かしまってあるので、これ以上購入しないよう私は娘に「ママがアートグッズや絵画を買いそうになったら絶対に止めてね!」と頼んであります。
いつもそのミッションを忠実にこなし、今まで何度も私の浪費を阻んでくれている娘には『グッジョブ、サンキュー★』という気持ちでいっぱいです。

もう一つの美術展

ミュージアムショップの隣に、藤田嗣治リトグラフが展示されているスペースがあったので行ってみました。
その美術館では、日本に魅かれ12年にわたり日本に滞在して画家たちと交流を持ったアメリカ人の所蔵品の美術展も開催されており、その展示作品の中から一部のリトグラフを展示販売しているとのことでした。
藤田嗣治珍しい作品が展示してあると聞き、私と娘はせっかくなので鑑賞することにしました。
絵画の他に、画家たちから友人として受け取ったカードや手紙なども展示されており、センスの良いイラスト入りでどれも可愛らしかったです。

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魅かれる画家

私も娘も、猫好きという共通点がある藤田嗣治が大好きで『きのこカットに丸メガネの猫好きなおじさん』と表現し、深い愛着を持っています。
猫好きが知る、ありがちな猫の仕草を描いた作品に、気持ちがほっこりします。
私は、絵画ではゴッホ、モネ、シャガールなどの作品が大好きなのですが、作品と画家本人の両方を合わせて考えると、自身の容姿を独特なファッションセンスでプロデュースしていた藤田嗣治サルバトーレ・ダリに魅かれます。
その美術展の展示作品を所蔵しているアメリカ人と日本の画家たちの交流を撮影した楽しげな写真を見て、私はミッドナイト・イン・パリという映画を思い出しました。

魅力的な映画

手掛けている仕事や、挑戦していることが上手く進まずにいた主人公の男性が、パリを訪れた際、画家たちが活躍していた華やかな時代タイムスリップし、才能溢れる画家たちとひと時を共に過ごして多大な影響を受け、消沈しかけていた情熱を取り戻し、新しい一歩を踏み出すという内容の映画で「私もあんな風に画家たちと時間を共有し、シャンパングラスを片手に語り合ってインスピレーションを受けることができたら素晴らしいだろうなぁ・・・」と、うっとりと憧れていました。
タイムスリップした時代の再現や画家たちの描写にとても凝ったその映画を、今度は娘と一緒に観たいと思いました。

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洗練された空間

日本のプライベート・アートミュージアムでは、倉敷の大原美術館、箱根のポーラ美術館、東京のブリジストン美術館、福島の諸橋美術館などが有名だと思います。
私はまだ大原美術館には行ったことがなく、いつかはあの神殿の様な建物と、大原美術館展で展示されていない有名な所蔵品をぜひ見たいと思っています。
ポーラ美術館は、白い壁や天井、大きなガラスから射す自然の光が、明るく開放感のある空間を演出し、足を踏み入れたとたん自分が特別な存在になったような気持ちになりました。
テラス席もある上品なレストランは高級感と遊び心があり、その美術館は大人が森の中で羽を伸ばす為の洗練された場所でした。

ダイナミック&ワイルド

現在、ポーラ美術館には森の中を散策できる遊歩道があるそうなので、緑が綺麗な時期に訪れ、今度は美術鑑賞やお食事の他に森林浴もしながら、のんびりと過ごしたいと思います。
同じエリアにある彫刻の森美術館も、壮大な自然の中に幾つものダイナミックな美術品が点在し、ワクワク度が高かったです。
私が訪れた際に、カフェでシャンパンのキャンペーンをしていて、ヴーヴ・クリコのベビーボトル(一番小さいサイズのボトル)の口にオリジナルのシャンパン・ポアラーを差し込んでボトルのままワイルドに飲むという斬新なスタイルシャンパンを楽しんでいるのがカッコよかったです。


緩く長い目標

私は、自分が感銘を受けたものや風景をできる限り娘にも見せたいと思っており、中でもそれらの美術館は外せない場所なので、いつか必ず箱根で温泉と美術鑑賞の旅をしようと思っています。
そのときは、大自然の中のアートを楽しみながら、カフェでシャンパを娘と一緒に味わいたいので、その旅行はあと9年以上先の話になります。
私のしたいことの多くは、娘が大人になってからのことなので、それまではとにかく健康でしっかり動ける状態でいるのだと自分に言い聞かせ、自己の健康管理緩く長く励むつもりです。

お気に入りの美術館

福島県諸橋美術館は、大きな池の水面に建物が映るメルヘンな景色が印象的で、サルバトーレ・ダリの作品が多く展示されているゴージャスな美術館です。
スペースを贅沢に使った展示方法も好きで、私は猪苗代湖へドライブがてら何度も訪れました。
そこには他の有名な画家の作品もあるのですが、私にはメインで展示されたダリの作品のインパクトが強すぎて、それ以外はあまり記憶にありません。
また、松尾芭蕉の俳句にも詠まれた山形県山寺にある後藤美術館には、ガレドームの作品が所蔵されており、ガラス好きな私はよく訪れ、アールヌーボーの優雅なガラスの芸術品を眺めていました。

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心のグラス

自分が好きな美しい芸術作品を鑑賞すると、まるで心のグラス『アート』という名のワインを注がれたように、潤いで満たされた気持ちになります。
仕事で忙しい毎日を送っていると、アートと関わることをつい後回しにして機会を失いがちですが、心に余裕がなく殺伐としているときこそ、感動で心を潤し感性を磨く必要があるということを、懐かしさと共に思い出しました。
今回の美術鑑賞で得たインスピレーションを活かし、今後も個性的な感性第一の生き方を楽しんでいこうと思います。

『ワイン体験レポート2年目』6月

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楽しみの共有

2018年6月16日(土)、娘と一緒にワイン葡萄の栽培作業に行ってきました。
今年のワイン葡萄の栽培作業は昨年とは違い、ランチと保険付きの4回の講座としてスケジュールが組んであり、会費制一般の人単発で参加が可能になっています。
4月の『ワイン葡萄の棚上げ作業』をした帰りに、地元のワインが飲めるワインバーに立ち寄った際に、転勤でその地域に引っ越してきて、ワイン葡萄の栽培を体験してみたいという女性がいたので、私が関わっている施設や『ワイン葡萄の栽培講座』の情報を教えたところ、今回その女性も参加していました。
私が提供した情報を基に、地元のワイン葡萄農家のお手伝いなどに参加して、いろいろと楽しんでいるとのことで、自分の情報が必要としている人のお役に立てて良かったなぁと思いました。

『芽欠き』と『除葉』

いつものように、近所のワイナリーのオーナーワイン葡萄の状況説明作業の指導をしてくれました。
雪の下で一冬眠っていたワイン葡萄の木をワイヤーを貼った棚に括りつける『棚上げ』という作業を終え、しばらくするとツルが伸びて葉がしげり、ツルの所々に芽が出ます。
その葉と芽の量が一本のツルにあまり多くありすぎると、養分が分散されて一つ一つの芽の育ちが悪くなるので、ある程度の量に統一する為に余分な芽や葉を取り除く『芽欠き』『除葉』という作業が必要となります。
私たちに指導してくれるワイナリーのオーナーの方針は、一本のツルに芽は2つぐらい残し、下側にある芽のすぐ下の葉は残してそれより下の葉っぱは全て取り除き、木やツルから新たに芽を出そうと生えている小さな葉っぱなども全て取り除くというものでした。


スパルタ指導

今年は、その地域のワイン葡萄全般の育ちがとても良い状態なのですが、害虫大量発生していて、その施設のワイン葡萄の葉はかなり虫に食べられているようで、酷く虫に食べられている葉は取り除き、虫を見つけたら踏みつぶしておく必要がありました。
葉が重なりすぎの状態になると風通しが悪くなり、ワイン葡萄の木の病気が発生しやすくなります。
また、虫に食べられているからと言って芽の下に葉が一枚も残らない状態になると、芽に必要な養分が運ばれなくなるので、そういった点も考えなくてはならず、慣れとセンスが必要となる作業でした。
私は昨年の作業の際にコツを教わっていたので、今年は本格的に作業への参加を始めた娘への指導に力を入れました。
子供の覚えの早さと私のスパルタ指導の効果もあり、私たち親子はスムーズに作業を進めることができました。

意識高い系ランチ

お昼になり、シェフをしていた経験のある近くの農家の方が用意してくれた有機ランチを頂きました。
地元の野菜を中心とした数々の料理がプレートの上に小分けに盛り付けられ、特別なご飯スープもついて、見た目もお洒落な『意識高い系ランチ』でした。
味付けは自然のものや自家製の調味料を使っているので、野菜そのものの味がよくわかりました。
スープには、近くの山で採ってきた若竹酒粕をふんだんに使われており、私のおばあちゃんがよく作ってくれた『孟宗だけと厚揚げの酒粕煮』を思い出しながら、旬の食材懐かしい味を堪能しました。
娘も初めて食べる味付けに興味津々の様子でした。
他の人たちが料理を口に運ぶ度に味の感想や作り方についてあれこれ話しているのに対し、私たちは会話に頷く程度で、一品一品を集中して味わいながら頂きました。


動物的な私たち

私たち親子は、他人とお食事をするときはコミュニケーションのマナーとして楽しくお話をして場を盛り上げたりはするものの、自分たちだけで本当に味わいたいものを食べるときはお互い食べることに没頭し、食べ終わるまでほとんど会話はせず、食べ終わってからあれこれと感想を述べ合うスタイルだと思い出し、きっと私たちの食べているときの集中力勢いは、動物が一心不乱に食べているときの姿に似ているだろうと思いました。
感性第一の動物的な直感で生きているから食べるときも動物の様に集中するのか、動物としての本能に忠実に食べることに集中する性質だから動物的な勘が働き感性が独特で豊かなのか、まるで『卵が先か、ニワトリが先か?!』みたいな話にもなってきますが「まぁ、いずれにしても野性的で何気に面白いよなぁ・・・」と自分で思って可笑しくなりました。

順調な午後

午後も引き続き『芽欠き』『除葉』の作業をしました。
ワイン葡萄の木が育ち始めると、雑草も勢いよく生えてくるので、を手に草刈り体験をする人もいました。
午前中は、迷い悩みながら『除葉』をしていた人たちも、段々と感覚を掴んで作業ペースが上がり、予定よりも早く作業が完了しました。
今年もそこの施設に仲間入りした羊たちがいたので、写真を撮ったりしました。
白い羊と茶色の羊が一頭ずつで、茶色の羊は人懐っこくて呼ぶと走ってきてくれました。
夏らしく毛が刈られていて、背中を撫でるとカフカの毛布のような出触りでした。
ティータイムには、摘みたてのミントをティーポットに入れ、お湯で蒸らし『生ミントティー』を作り、その施設の果物を使ってパティシエが作ったというゼリーのような洋菓子『パート・デュ・フリュイ』を頂きました。


ミントの魅力

『生ミントティー』は、冷めてくると草の青っぽい香りが弱まり、贅沢なお菓子と一緒に美味しく頂けました。
ミントは生命力が強く、茎と葉だけを摘んだものを水に入れておくと根が出て、それを土に植えるとどんどん育ち、庭に植えると庭中がミントに占拠され、挙句の果てには近隣の庭にも広がってしまうので、植えるならプランターにした方が良いとのことでした。
小学校の理科の授業で育てる植物朝顔』『ひまわり』『トマト』『へちま』などを、なぜかきちんと栽培することができなかった私たち親子にも、ミントなら育てられるのではないかと思いました。
また、強く逞しく育つ力を持ち、お茶、スイーツ、お料理のアクセントにも使える多彩で魅力的な特性を持つハーブだと考えると『ミント』という子供の名前は、可愛らしい響きだけでなく意味があって素敵かもと思いました。

楽しい予感

お茶を飲みながら畑を眺めると、遠くに見える茶色の羊クマのように見えて一瞬ドキリとしました。
今年は生え放題の草を食べるという『除草』をミッションに、レンタルの馬が一頭その施設に仲間入りするらしく、次に訪れるのが楽しみです。
ワイン葡萄は7月になると、ミニチュアの葡萄のような形の芽から黄色の小さい花が咲くそうで、私はまだその花を見たことがありません。
次回、ワイン葡萄の栽培作業が講座として予定されているのは8月なのですが、来週からその施設には、イギリスの大学生たちが農業などの学習の為に1か月間滞在する予定とのことなので、外国人との交流ワイン葡萄の木の観察を兼ねて7月に娘と一緒にまたその施設を訪れられたらいいなぁと思いながら、新設された屋外のテントでバーベキューなどのイベントが開催されるのを期待しています。

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更なるお仕事

予定より早いバスに乗り、いつものように車窓から大好きな日本海を眺め、少し眠りながら帰りました。
朝早くから出掛けたワイン葡萄の栽培作業の後で、体力的には既にしんどかったのですが、娘の強い希望があったので、バスを降り電車に乗り換えて街のお祭りに行きました。
週末だったことと、お祭りの注目フードをテレビ放送した後ということもあり物凄い人混雑していて、長い行列ができているお店もいくつかあり、流れに沿って歩くのも一苦労でしたが、何とかお目当ての食べ物を買い、やっとの思いでゴール地点としていたホテルの広場に辿り着きました。
夕方で気温が下がり寒かったので、ホテルの広場でビールを飲みながら、人混みの中を歩いて出店で買ったチーズダッカルビ鶏皮餃子、ホテルで販売していたピラフなどを食べ、けっこうしっかりめの夕食となりました。

複雑な親心

家に帰ると愛しい老猫ちゃんが、お約束のお怒りのご様子で私たちを迎えてくれ、私たちは謝りながらしばらくの間ひたすら撫で続けました。
早々にベッドで横になり「年々、人混みの中を歩くのがしんどくなるなぁ・・・」とグッタリしながらも、来年から中学生になる娘があと何年ぐらいこうして私と一緒にお祭りに行きたがってくれるのかと考え、いずれ親離れしてくであろう娘の成長を想像して少し淋しくも感じました。
ワイン好きな私の影響で、娘は神の雫というワインをテーマにした漫画を読み「ママが美味しそうに飲んでいるシャンパンやワインを私も早く味わってみたい」興味を持っているので、私は娘が子供時代を卒業した後の新しい関わり方に想いをめぐらせ、心地よい眠りにつきました。
久しぶりにアクティブに楽しく過ごせた、充実感溢れる休日でした。

最近の娘氏


無償の愛

ウチの娘氏は恐ろしいくらいに野比のび太のような資質を持ち、いつもパンチの効いたボケっぷりやダメっぷりで私を振り回してくれます。
平日のフル勤務で、日々、クタクタになるくらい精一杯働きながら育児をしている40代の私にとって、そんな娘氏の行動はかなりの打撃となり、たまに衝撃が大き過ぎて気絶しそうになりますが、それでも私は娘氏を心から愛しています
がっかりして途方に暮れても気を取り直し「愛しい我が子がきちんと社会で生きていける人間になれるように、責任を持ってしっかりと教え、見守り、育てよう!」と強く心に誓う度に、自分の中にある『母親の無償の愛』を感じ、母親として確実に成長していることを実感します。

娘氏の才能

6年生になった娘氏は、学校で1年生のお世話をする機会が増えたことで、責任感と頼りにされる充実感を知り、毎日張り切って登校しています。
1年生の子供たちにとても慕われているようで、いつも「みんな可愛いんだよ」「いっぱい面倒をみてあげたい」と楽しそうに話しています。
認められ必要とされる喜びが後押しをして、委員会やクラブ活動にも一段と積極的になり、仲の良いお友達も増え、いろんなことに活発に取り組んでいます。
娘氏には、子供や動物に好かれる空気感があるようで、それは生まれ持った才能なのだと思います。
人間には皆それぞれ、生まれ持った何らかの秀でた才能がありますが、私は娘氏が『平和的で好かれる才能』を持って生まれてくれたことを嬉しく思います。


万端な準備

すっかりお姉さんになった娘氏の姿を見て逞しさを感じ、安心していた矢先にいつもの残念なハプニングはやってきました。
5月末は大きな学校行事の第一弾として『運動会』があり、子供たちはほぼ毎日ジャージ姿で運動会の為の練習や準備に忙しそうでした。
子供の身体的な成長は早く、靴やお洋服のサイズがあっという間に変わってしまい「買い替えたばかりだと思ってたら、また買い替えなきゃいけないの?!」という感じで、特に子供たちの学校生活に必需品ジャージやスニーカーは需要が多く、早く買わないと欲しいデザインやサイズが売り切れてしまうので、今年は早めに娘氏のジャージとスニーカーを何種類か購入し「これでこの一年間は大丈夫!」と安心していました。

テヘペロ』とため息

5月2週目のある日、私が帰宅すると娘が「今日、学校の帰り道で転んでジャージに穴があいちゃった!テヘペロー(≧▽≦)」と報告してきました。
『たいしたことないよ感』いっぱいだったので、さほど気にもせずにジャージを受け取って見てみると、膝の部分が大きく裂けていました。
「うわーっ!何なの、この状態は?!これじゃあ怪我も酷いんじゃないの?!」と娘氏の膝を見ると、大きな絆創膏が貼ってありました。
「ちゃんと水で傷を洗って絆創膏を貼ったよ。そんなに痛くないから走れるし。」と自信満々に『ちゃんとしてますから大丈夫です感』を漂わせる娘に「まぁ、痛くないなら何よりだけど、これは『テヘペロ』程度の穴じゃないよね・・・」と、ため息をつきました。


帰れない私

5月3週目のある日、私が帰宅し玄関のチャイムを鳴らすと、いつもはすぐにドアを開ける娘氏が出てきませんでした。
「お友達の家にまだいるのかな?」と思いながら鍵を出してドアを開けると、アチェーンが掛かっていました。
「???」と思い、何度も玄関のチャイムを鳴らしましたが、家の中からは何の反応もなく、ドアの隙間から娘氏を呼んだり、娘氏の携帯電話家の電話に何度もかけたり、しばらくの間あれこれ試みてみましたが、やはり無反応でした。
「具合が悪くて倒れているんじゃ・・・」「不審者が押し入って監禁されていたらどうしよう!」心配になり、これはもうアチェーンを切って家に入るしかないと思い、マンションのすぐ隣にある管理会社へ助けを求めに行きました。

大きな不安

管理会社の人がすぐに鍵屋さんに手配をしてくれ、マンションに到着するのに30分かかると言われ「家の中の人は無事なんですか?」と確認されました。
私は「中に入れなくて連絡もとれないので様子が全くわかりません」と答えながらますます不安になり、「110番に通報した方がいいんだろうか・・・それとも119番だろうか・・・」と考え、その場でもう一度、家の電話にかけて留守番電話に「ちょっと!寝てるの?!起きなさい!!いるなら電話に出なさい!!早く!!」と、管理会社の人が驚いて引くぐらいの大声で話しました。
それでも反応はなく、自宅前で鍵屋さんを待つように言われたのでマンションに戻り、再度、ドアチェーンが掛かったままのドアを限界まで開けて玄関のチャイムを鳴らしまくりました。


寝起きの娘氏

すると、リビングに通じるドアが開き、頬にくっきりと布団の痕をつけた娘氏が『今起きました』という表情全開でのっそりと現れました。
娘氏の姿を確認し「あぁ、無事で良かった・・・」と私は胸を撫で下ろし、ドア越しに「具合悪いの?どこか痛いの?大丈夫なの?」と確認しました。
「大丈夫。どこも痛くないよ。」という娘氏の答えを聞きホッすること二秒、次の瞬間、私の頭にはツノが生え「とりあえず、チェーン外してくれる?」と静かに言いました。
家に入り「えっ?何、寝てたの?!」と問う私に「いやぁ、あの、寝てたっていうか・・・その・・・」とモソモソと答える娘氏。
「私が帰ってくる時間にチェーンをかけたまま爆睡してたの?!(怒)
と更に問う私に娘氏は何とかとぼけようと必死の様子でした。

無情のゴング

「管理会社に行って、鍵屋さんをキャンセルしてもらってくる。」と言って、私は再び管理会社へと向かい、無事に家に入れたことを伝えて何度も頭を下げ、一歩一歩を踏みしめながらマンションに戻りました。
とても心配した分、何も考えずにぐっすりと気持ち良く眠っていた娘氏の自由過ぎる所業への怒りは大きく、家に近づくにつれ私の頭のツノは伸びていきました。
私のただならぬ殺気が伝わったようで、娘氏は私が玄関のチャイムを鳴らす前に「さぁママ、どうぞお入り下さい!」とばかりにサッとドアを開けて、素早く私を迎え入れました。
疲れ果てた身体40分近く締め出された私の怒りがそんな気遣い程度でおさまるはずもなく、ドアを閉めると同時にゴングが無情に鳴り響きました。


ハートの強さ

「一体どういうことなのか説明してもらおうか・・・」と問う私に「違うのママ、これは違うの・・・」とアワアワする娘氏。
「何も違わない!!」という言葉を皮切りに、娘氏の頭上にが落ちたのは言うまでもありません。
眠っていただけでこっぴどく叱られた娘氏を可哀相に思う方もいるでしょう。
ですが、娘氏はしょんぼりと反省している姿を見せていたと思いきや、夕食の準備が整う頃には「今日は何の動画見るー?!イエーイ★」iPadを手に、まるで何事もなかったかのようにウキウキとはしゃいでおり、私は娘氏のハートの強さ感心したり呆れたり脱力したりで、もはや何も言う気力もないまま白目で放心状態でした。
きっと、ハートが強い人間に勝る者などこの世にいないのだと、私はしみじみ感じました。

行方不明のジャージ

5月4週目のある日、仕事の帰りに娘氏を空手教室まで迎えに行きました。
娘氏はこの春から護身の為空手を学ぶと自ら決め、楽しそうに通っています。
練習が終わり着替えて帰る支度をする頃に、娘氏が「ジャージがない」と言い出しました。
「着替えたジャージって、普通なくなる?!まさかその辺に脱ぎっぱなしにしたの?!」と娘氏に言いながら、着替えた場所を探してみたのですが見つかりませんでした。
受付でジャージのことを尋ねるよう娘を促すと、受付の若い女性に「ここにはありません」即答
され、涙目で私にすがってきました。
娘氏も来年からは中学に通うので、そろそろ自分の意思や主張を相手にしっかりと伝えられるよう訓練しなくてはと考え、私は助言だけして見守ることにしました。


残念なタイミング

「自分の管理ミスで失くしたんだから、見つかるように自分でベストを尽くしなさい。ないと即答されてすぐに諦めるのではなく、どんなジャージをいつどこで失くしたのかを詳しく伝えて、見つかったら連絡をもらうようにするとか、自分なりに頭を使いなさい。」と私は娘氏に教えました。
その週の土曜日には運動会があり、それに合わせて予備の分も考え二着のジャージを準備したのに、運動会前に一着は転んでズボンを台無しにし、もう一着は空手教室で紛失するなんて一体どういうことなんだと、私は悲しい気持ちになりました。
結局、娘氏は運動会に古いジャージで参加し、空手教室で失くしたジャージは運動会後に見つかり娘氏のもとへ戻ってきました。

必要なストレスと体力

結果オーライと言えばその通りで、娘氏は「あぁ、良かった!私ってラッキー★」と相変わらずのスーパーポジティブな反応でしたが、そんなミラクルなタイミングの悪さを持つ娘氏を見ていると、母親としては「もうちょっと何とかならないものかなぁ・・・」と思ってしまいます。
人間には適度なストレスが必要なので、幸せな日々を送っている中、娘氏の残念な行動により与えられるストレスは、私にとって必要なのかもしれません。
とすれば、現在40代で体力的に年々衰えを感じている私に反比例し、どんどんパワフルになって、ますます破壊力を増していくであろう娘氏の行動の影響に、しっかりと耐えられる体力だけは何としてもキープしていかねばと思う今日この頃です。
娘氏よ、お手柔らかに頼みますぞ( ;∀;)

『過去のブログ』を振り返る Vol.4

ブログを始めた頃の記事を、現在の書式スタイルに編集して掲載し、皆様にぜひご覧頂きたいと思いました。
どうぞよろしくお願いいたします(^^)/

Vol.6『集団心理』というもの


カースト制度

随分と前に『ママカーストというものが話題になりました。
カーストとはインドの身分制度のことで、現在、インドでは法律上で全面禁止となっているのですが、実際のところ人権差別は今も残っていて『家の名誉を守る為に、しきたりに背いた身内を親族が公衆の面前で焼き殺した。』などという恐ろしいニュースが記憶にあります。
以前、ドラマの題材になった『タワマンカーストも本当に存在し、都心のタワーマンションの住人たちの間で、上層階に住む人が格上とされ、低層階に住む人は格下とされていると聞いたことがあります。
私はそのドラマを見ていませんでしたが、何かと話題になっていたので、かなり殺伐とした内容なのだろうと思っていました。

身近にある『格付け』

『タワマンカーストは、マンションの購入価格から考えられる経済力の比較なのでしょうが、せっかく素敵な生活を楽しもうとそれぞれの想いや期待のもとお洒落なマンションを購入したのに、勝手にそんな格付けをされたのでは、上層階以外の住人にとっては非常にガッカリで迷惑な話だろうなぁと思いました。
『ママカーストもそれと同様で、御主人の社会的地位が高く経済的に潤っている家庭の母親は格上とされ、そうではない家庭の母親は格下とされるもので、それぞれの人生の選択を勝手に型に当てはめて格付けをするという、大きなお世話としか言いようのないものでした。
都会に限らず『ママカースト母親が集まる社会に存在し、子供が社会生活をスタートさせる『幼稚園』などの社会にありがちなのかなと思います。


残念な悪影響

せっかく授かった子供をそれぞれの家庭で大事に育て、何も知らない無垢な状態の子供に教育や躾をしていく中で、家庭そのものを勝手に格上だの格下だのと格付けされるなど、全く持って迷惑な話であり、そんな関係性を作ることは、子供たちの情操教育社会環境悪影響だと思いました。
私は、幼い子供が一番に信じて頼るのは母親なのだから、母親には子供のお手本になるという役目もあると考えていましたが、残念ながら、母親の中にも他人と比較して優越感に浸ることでしか、自分の存在価値認識できない人はいました。
私は、娘が幼稚園に入園し『園ママ』としてデビューをしたとき既に『ママカースト前衛的な流れに巻き込まれていたような気がします。

幼稚園バスの停留所

娘が通っていた幼稚園は、全ての行事の準備は幼稚園が行い、親は見学に招待されるのみというシステムで、母親同士の摩擦が起きないような対策徹底されていました。
私の『プチ・ママカースト体験』の舞台となったのは幼稚園ではなく、幼稚園バスの停留所でした。
当時、私が住んでいたエリア周辺は、社会的地位が高いとされる職業の人々が多く住む、その地方のステイタス的な居住地で、子供を通わせる幼稚園もだいたい決まっており、娘と同じ幼稚園には20世帯の子供たちが、スクールバスで片道40分かけて通園していました。
娘の通園が始まったばかりの頃、子供たちをバスに乗せて見送った後、そのバス停を利用する母親20人自己紹介をすることになりました。


不思議な自己紹介

私は、母親としての自己紹介なのだから、自分の名前と子供の名前や年齢「一人っ子で甘えん坊です」とか「ピアノを習ってます」とか、子供のことを紹介しあうものと思い、何を言おうかとあれこれ考えていました。
少しクセのある母親が「じゃあ、私から言わせて頂くわね。」と一番目に自己紹介を始め「○○です。子供は特別英語クラスです。主人は医師です。××マンションの1階に住んでいますの。猫の額ほどの庭しかございませんが、いつでも遊びにいらして下さいな。」と、子供の情報はほぼないまま自己紹介が終わりました。
すると、他の母親たちも子供のクラスと御主人の職業、自分の住居を発表する形で続き、結局、子供の情報はあまりないまま、わかったのは20世帯の内17世帯は御主人が医師だということでした。

戸建ての強さ

『御主人が医師でそのエリアに住んでいる』というのが、その母親たちの中ではステイタスとなっているようで、更に戸建てに住んでいると一目おかれるという感じでした。
意外にも、ご主人が医師で戸建てに住んでいるのは2世帯しかなく、そこの地域には珍しい若いギャル系の母親が、御主人は普通の会社員で戸建てに住んでいると自己紹介をして、他の母親たちをザワつかせている様子が何気におもしろかったです。
また、医師の間でも開業医勤務医、代々続く個人病院の跡取り格差があり、医師の妻同士探り合いと比較が日々の会話の中で行われていて、面倒で大変だなぁと思いました。
中には物凄く裕福な人もいて、他人と比べることもせずいつも礼儀正しく『金持ち喧嘩せず』っていうもんなぁと思いました。


変わった母親

医師である御主人と一緒に、そのバス停を利用している世帯の住居を外から見て回り、評価をしている母親がいました。
あるとき私は不運にもその母親に捕まってしまい、お茶をしながら所有しているの種類や資産の有無、結婚指輪のブランドまでもあれこれと聞かれて当惑しました。
その母親から携帯に電話がかかってくるようになり、忙しくて出られないでいると、20回ぐらい着信記録を残すという病的ともいえる行動に恐怖を感じ、全力で早急に距離を置き『医師の妻』にも変わった人がいるものだと身をもって知りました。
私が住んでいたのはその『特別エリア』と道路を1本挟んだ隣のエリアで『特別エリア』のバス停の方が近くて便利だったので、そちらを利用していたのですが、少し不安を覚えました。

おかしな質問

ある日、子供の情報が何も伝わらない例の不思議な自己紹介を最初に始めた、少しクセのある母親「お宅は○○エリアに住んでもいない上に、御主人が医師でもないなんて随分珍しいこと。そんな方は今までいらっしゃらなかったわよ。」高圧的に言われました。
日々そのエリアの『医師の妻』たちの探り合いと比較の独特の雰囲気に飲み込まれていたことや、子供が幼稚園という社会にデビューし、初めてのことで何もわからない状態だったこともあり、少数派の自分は普通じゃないのかもと思ってしまうぐらい精神的に疲れていたようで、私は「はぁ、○○エリアに住んでなくてすみません・・・」と答えていました。
そして帰宅すると旦那さんに「ねぇ、どうして貴方は医者じゃないの?」と尋ねていました。


正常な思考

『僕は医者ではないけど、会社を2つ経営してそれなりに頑張っているつもりだよ。それに○○エリアよりもこのエリアの方が地価は高いんだし。しっかり者の君が、他人に流されるとはね。」という、私の唐突で意味不明な質問に対する答えを聞き、私はハッと我に返りました。
医師は確かに人の命を救う尊い仕事ですが、世の中で医師だけが頑張っている訳じゃないし、その『特別エリア』に住んでなくても誰にも迷惑はかかってないという、ごく当たり前のことを思い出して反省し、改めて集団心理というものの恐ろしさを感じました。
それ以来、バス停への娘の送迎は基本的に旦那さんに行ってもらうことにして、私はその集団から離れ、そのバス停を利用する母親たちで定期的に開くお食事会にも参加せず、なるべく関わらないようにしました。

母親の悩みと不安

初めての育児は、子供が大きくなってもその年齢その年齢でわからないことだらけの手探り状態で、子供が10歳、15歳と成長したとしても、それぞれの年齢特有の課題を新たに抱えることになるので、母親の悩みと不安は尽きないと思います。
何が正解なのかわからず自信が持てないでいるとき、人は自分を見失って周りに流されやすくなりがちです。
決して内気でなく、むしろはっきりとした意思を持っている私でも、自覚のないまま簡単集団心理に押し潰されたことを考えると、娘の社会生活が本格的にスタートした『幼稚園デビュー』は、母親の私にとって正に迷いや不安が多く、育児生活において最も危うい時期だったように思います。


集団心理と距離

私はその後、同じ様に惑わされないように、他の母親とはあまり関わらずに育児をすることにしましたが、ママ友を作らなくても、情報の入手や相談幼稚園や学校の先生に連絡をしたので、特に困ったことはありませんでした。
娘の成長に伴い、今後よその子供やその母親とのお付合いも出てきますが、娘が自分で選んだ友人関係母親として寄り添うだけで、ママ友だとか同じ母親グループであるかなどは関係ないと思っています。
私はわりと極端なタイプなので、私と同じ方法をお勧めしようとは思いませんが、もし母親同士の人間関係に悩んでる人がいたら、集団心理に飲み込まれて判断力を失っていないか、一度その集団から離れて確認してみることも大事だと思います。

御縁と選択肢

全ての出逢いには何らかの意味があるのだと思いますが、その御縁をどう受け止め、どうするのかは自分次第だと思います。
苦しみから学ぶこと、また苦しみからしか学べないこともありますが、ずっと苦しみ続けなくても、学ばせてもらったことに感謝「ありがとうございました。さようなら。」決別するという選択肢があっても良いと思うのです。
あの『特別エリア』の母親たちの中にも、本当は競い合いたくなんかないのになす術もなく流され続けていたり、後に自分がどうすべきかを学んで強く成長した人もいるかもしれません。
きっと人間は、大人になっても失敗苦い思いをしながら『正しく見極めて生きる術』を学び続けるのでしょう。
私もまだまだ人として成長の途中ですが、私のこんな体験談が少しでも、以前の私の様に精神的に疲れ集団心理に捉えられてしまっている人のお役に立てばと思います。

年に一度の里帰り ~後編~


感謝のご挨拶

ゴールデンウィークの後半の連休で、101歳のおばあちゃんに会いに里帰りをしました。
乗り換えを繰り返し長い移動を経てようやく実家に着き、元気そうなおばあちゃんの笑顔を見てまずは一安心し、お仏壇に手を合わせ、ご先祖様のお墓参りをし、自分の大切な人たちが元気でいてくれていることに改めて感謝しました。
お墓参りの後は、海岸沿いにある温泉旅館にみんなで泊まりに行きました。
午前中はとても良いお天気で、お寺の池のほとりでのどかな風景を楽しんでいたのですが、午後からは急に雨が降ったり晴れたりと何だかおかしなお天気になりました。

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温泉旅館にて

大好きな日本海を眺めながらのドライブを40分程し旅館に到着すると、窓から海が見える広いお部屋に案内されました。
お茶を飲んで一休みしてからすぐに大浴場に行き、ゆっくりとお湯につかりました。
ずっと入っていられるような心地良いぬるめのお湯で、おばあちゃんもご機嫌でした。
一度お部屋に戻り海を眺めていると、青空だったのが急に曇で暗くなり、凄い勢いでヒョウが降ってきました。
「えーっ、せっかくの日本海の景色がぁ・・・」と私も娘も残念に思っていると、空から稲光が走り、少し遅れて雷鳴が轟き「うわぁーっ!」と大声を出して驚きました。


無意識の解説

「海に落ちたのかなぁ?!」「ここにも落ちるかなぁ?!」ビクビクしながら話していると、また稲光が今度はさっきよりも近くに大きく見えて「ヒェェェェェッ!」と悲鳴をあげました。
「この旅館に雷が落ちたらどうしよう?!」と不安そうな顔で焦る娘の問いに、私は無意識のうちに「高い建物には普通、雷が落ちても電気を地面に流して被害を避ける為の避雷針という物が設置してあるから大丈夫なはずよ。」と口早に答えていて、自分の頭の中でその言葉を再認識することで「あ、そういえばそうだった、大丈夫なんだった・・・」とホッとしました。

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稲光と檜風呂

気持ちに余裕ができると、さっきまでとは打って変わって「灰色の空にジグザグに走る一本の太い黄色の稲光、これはまさに大自然のアートだよねぇ!贅沢な景色が見られてラッキーだね!」と盛り上がりました。
夕食まで時間があったので、今度は別のお風呂に入りに行ってみました。
中途半端な時間だったからか私たち以外には誰もおらず、貸し切り状態に妙にテンションが上がった私たちは、ヒャッハーな気分で円形や四角形の五種類の檜風呂を満喫しました。
私と娘は、樽型の檜風呂が特に気に入り、お漬物になった気分でしばらくお湯に浸かっていました。


夕陽のグラデーション

世間には『ワイン風呂』というお風呂にワインを入れて楽しむ入浴方法もあるらしいので、私は本物のワイン樽にお湯とワインを入れた『ワイン樽風呂』なんてものがあったら面白いだろうなぁと思いました。
私はワインを最後の一滴まで飲みきり、絶対にお風呂に入れたりはしないので「そんなお風呂があったら贅沢感が倍増しそうだなぁ」などと考えていると夕食の時間になりました。
お天気が落ち着き、やや曇ってはいましたが夕陽を見ることができました。
夕陽は、晴天よりも雲に光が映えた方が色のグラデーションが楽しめるので、より美しさが増していました。


アワビ三昧

私は、海に沈む夕陽を見て育ったので見慣れていましたが、久し振りに眺めるとやはり懐かしくて感慨深い気持ちになりました。
夕陽が彩る空と海の綺麗なグラデーションを楽しんだ後は、地元の食材をふんだんに使ったお料理に感激しました。
器の蓋を開けると、大きな肉厚のアワビが貝殻ごと入っていて、旅館の人がそこに地酒を注いで酒蒸しにしてくれ、ナイフとフォークで頂きました。
その他にお刺身にもアワビが使われており、どちらもとてもやわらかくて、おばあちゃんと娘がお腹いっぱいで食べきれなかった分も私が頂き、約3個分のアワビを食べてとても幸せでした。

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お風呂三昧

夜はまた違う浴場で露天風呂に入ったのですが、海風が冷たすぎて寒く、お湯がぬるめなので身体が震えて歯のガチガチが止まらず、早々に出て屋内の岩風呂でじっくりと温まってから寝ました。
次の日は朝から快晴で、朝食後に檜風呂に浸かり、お風呂上りは海を一望するカフェコーナーで紅茶を頂きました。
毎年、この温泉で宿泊した後に寄っている絶景が楽しめる島があるのですが、風が強くて危なそうだったので行くのをやめてお寺に行きました。
私の故郷には即身仏を祀ってあるお寺があり、私と娘は里帰りの際は必ずそこに行き二体の即身仏にご挨拶をします。


即身仏

この土地や人々を見守り続ける為に自ら決意した僧侶が、即身仏になる為の特別な修行を重ねた後に土の中の空洞に入り、鈴を鳴らしながらお経を唱え続け、鈴の音が止み、息が絶えたとされてから三年後に掘り出され、即身仏として祀られているのだそうです。
エジプトのミイラは、死体になってから腐らないよう手が施されますが、即身仏の場合は死んでも腐らない身体を自ら作る為に木の実などの決まったものだけを食べ、その後は断食をします。
人の為に自分の命を差し出す献身的な精神と、厳しい修業を全うし成し遂げるその覚悟と意志の強さに深く敬意を払い、里帰りの際はご挨拶に行くことにしています。


元気な二人

そのお寺の名前には『海』という字が使われており、またそのお寺の住職を務め即身仏になった二人の僧侶の名前にも『海』と言う字が使われています。
私は海が大好きで娘の名前にも『海』という字を使って名付けたので、そのお寺には何だか親近感を感じています。
お寺から戻ると、おばあちゃんと娘は仲良くお散歩に出掛けました。
おばあちゃんは昔から足腰が強く握力も強いので、手をつないでいると手を握り潰されそうになります。
眼下には、遠くには青い山々を望む眺めの良い道を歩き「お花が綺麗だった!」と二人ではしゃぐ姿を見て、元気で何よりだなぁと思いました。


食べられる幸せ

夜は地元のお寿司屋さんに行き、おばあちゃんも娘もお散歩でお腹が空いたようで、よく食べていました。
人間は、年齢と共にあまり食が進まなくなると、どんどん体力が落ちて弱り動けなくなってしまうと聞いたことがありますが、おばあちゃんが101歳にして元気でいられるのは、好き嫌いせずに出されたものは何でもモリモリと食べるからなんだなぁと納得しました。
海側の地域なので、もともとお肉よりもお魚を食べる率が高く、おばあちゃんの時代の人は特に野菜中心の粗食が多かったこともあって、いまだに内臓が丈夫なんだろうなと思いました。


懐かしの動物園

次の日はおばあちゃんに「また来るからね!」と告げ、昼頃のバスに乗りました。
渋滞やら悪天候でバスの到着が遅れても飛行機に乗れるように、いつも飛行機は遅い便をとっており、順調にバスが到着して時間があったので、娘の希望で動物園に行きました。
娘が小さい頃、よく行っていた動物園なので、懐かしく思いながら園内を見て回りました。
夕方になり涼しくなったからか、動物たちは活発に動き回っていて、特にシロクマたちがプールに飛び込んではザッブンザッブン激しく水しぶきをあげて遊んでいて、とても見応えがありました。


空港でのひととき

空港のレストランで夕食をとり、娘は地元のチーズを使ったピザを、私は牛タンとビールを頂きました。
食後はエアポートミュージアムに行き、娘はパイロット席での写真撮影や、飛行機の操縦体験ゲームをしました。
けっこう本格的な体験ゲームで、40代後半ぐらいの男性がかなり真剣に取り組んでいました。
ゲームの途中でも10分程たったら自動的に終了するシステムだったので、娘はとりあえず挑戦したのですが、目的地に近づいているのかどうかもわからないまま20分近くたっても終了の気配がなかったので、私が強制終了ボタンを押しました。


旅の終わり

「体験ゲームがずっと終わらなくて、どうなることかと焦ったよねー!」と二人で胸を撫で下ろして笑い、その地域の名物『ずんだシェイク』を味わい「里帰りって移動が大変だけど、美味しいものや楽しいことがいっぱいだよね!」と、数日間の旅に満足して帰路につきました。
夜遅くに帰宅すると、お留守番をさせられたウチの老猫ちゃんが、寝起きかつご立腹のご様子「うんにゃー!(怒)」力強く鳴いて出迎えて下さったので、私たちはひたすら謝り撫でさせて頂きました。
今年も無事に里帰りができ、家族の思い出を作れて良かったなぁと思いながらベッドに入ると、疲れと安堵感が押し寄せ一瞬で眠りに落ちました。

来年もいろんな意味で、無事に里帰りができたらいいなぁと思います。

年に一度の里帰り ~前編~


慌ただしい連休

今年のゴールデンウィーク前半の3連休はお部屋のお片付けと衣替えをしました。
ゴールデンウィーク後半の4連休は、101歳のおばあちゃんに会いに里帰りをする予定で、私たちの留守中にウチの老猫ちゃんのお世話をお願いするペットシッターさんとの打ち合わせもあり、前半の3連休はあっという間に過ぎました。
おばあちゃんに負けず、老猫ちゃんも21歳となかなかのご長寿で、特に問題もなく元気に生きてくれているのですが、やはり何かと心配だったので、5日間あるとゆっくりできる里帰りを、今年は4日間に短縮して行くことにしました。


ビッグなゲスト

ペットシッターさんとの打ち合わせには、またトカゲちゃんが一緒に遊びに来てくれました。
前回、トカゲちゃんが来てくれたのは昨年の10月で、恵まれた環境で大事にされながら一冬を越したからか、身体が一回りほど大きくなっていて、お腹が一段とポッコリしているように見えました。
ビッグになった黄色のゴージャスなトカゲちゃんは、春の陽気に気持ち良くお昼寝中で、移動用のバッグから取り出されて娘に抱っこされても警戒したり騒いだりもせず、ずっとスヤスヤと眠り続けたままで、その可愛らしい姿に私も娘もメロメロで夢中になりました。


無理矢理のグリーティング

ウチの老猫ちゃんは、長く生きているだけあり、自分の身を守り生きる為の術を習得しているようで、自分の知らない生き物や、関わらない方が良さそうなことには「は?!私は何も知りませんし、何も見えませんけど、何か?!」という態度で知らんぷりを決め通します。
前回、トカゲちゃんが遊びに来てくれたときも全く見ようとせずに、別の部屋でひたすら寝ていました。
ですが今回は娘に抱っこされて無理矢理トカゲちゃんに挨拶をさせられて「えぇー、ちょっと何すんのぉー・・・」と、とても困った顔をしていました。
トカゲちゃんも少し固まっていました。


トカゲちゃんと私

お互いに威嚇し合うこともなく、老猫ちゃんとトカゲちゃんのグリーティング静かに終了し、老猫ちゃんはまた別の部屋へと消えました。
初めて見る生き物を見てすっかり目が覚めてしまったのか、トカゲちゃんはさっきまでとは打って変わって活発になり、ジタバタと娘の手から逃げようとしてペットシッターさんに取り押さえられていました。
「じゃあ、今度はママが抱っこしたら?!」と娘に言われ「そうだね!こっちにおいで!」と言いながらトカゲちゃんに手を伸ばすと、思いきりプイッとそっぽを向かれてしまい「ガガーン!」ショックを受けました。


拒絶される理由

私は動物が大好きなのですが、たまに動物に全く相手にしてもらえないことがあります。
ペットシッターさんが気を遣い、私にトカゲちゃんを差し出してくれたのですが「いいんですよ、こういうことにはもう慣れっこなのでお気遣いなく・・・」と私が言うと、トカゲちゃんはまた娘に抱っこされておとなしくしていました。
動物はもともと子供には優しいのか、子供は身体が小さいから怖い存在ではないのか、子供には邪気がないから安心するのかなどと考え、何だかおもしろいなぁと思いつつ、ふと「ならば一体、私にはどれほどの邪気が漂っているというんだろう?!」と少し不安になりました。


長旅のビール休憩

里帰りは、乗り継ぎが何度もあり所要時間も長いので、身軽に動けるようにスーツケースを先に送るのですが、今年は天気予報が日ごとに変わって気温が全く読めず、荷造りするのに苦労しました。
昼の飛行機に乗り、時間通りに中継地点の空港に到着し、電車で街まで移動して、まずはビール休憩をとりました。
バス移動の時間が長すぎるので、ほろ酔いで眠りながら行かないとやってられず、バスに乗る前はお気に入りの牛タン屋で食事をするのが恒例となっています。
娘は牛タン定食を、私は牛タンホヤのお刺身ホタルイカの沖漬けを注文し、その土地の名物を味わいました。


ホヤと牛タン

ホヤのお刺身は、わさび醤油ポン酢で頂くのが一般的で、私はポン酢と紅葉おろしで頂きました。
『ばくらい』というホヤの塩辛も好きなのですが、今回は新鮮なホヤの味を楽しみたくてお刺身にしました。
最初の一口は苦みと渋みが舌に残り、それ以降はホヤの甘みが感じられるようなります。
私は、一口目のホヤの苦みと渋みが強すぎて二口目からは苦みを通り越して甘みだけを感じるようになり、ビールも甘く感じるような気がします。
牛タン分厚いのが好みで、私のお気に入りのお店では分厚くても噛み切れるように上手な調理がされています。
薄くて噛み切れない牛タンを出すお店もあるので、お店の選択はとても重要です。


よしもと新喜劇』の威力

バスに乗るとすぐに、iPadにイヤホンを繋いで、娘と一緒に動画を見ました。
私は最初に見たバラエティー番組の序盤でウトウトと寝入ったのですが、娘がバラエティー番組の次によしもと新喜劇を見て、声を殺しながら体をゆすって大爆笑しているその振動で目が覚めました。
「眠ってる人のことを起こしちゃうくらい、そんなに激しく笑う?!」と思いながら、寝起きのボーっとした頭で一緒に見ていると、お約束のボケに思わず「いやいや、そんなバカな!(笑)」と普通に声に出してツッコんでしまい、ハッとしました。


おばあちゃん孝行

バスの停留箇所が少し変わったことで高速道路をより長く利用でき、道路も空いていたので、3時間程で目的地に到着しました。
バスを降りてさらに車で移動し家に着くと、おばあちゃんは待ちくたびれて居間で眠っていましたが、声を掛けて起こすと、私たちを見て嬉しそうに笑って迎えてくれました。
かつて、おばあちゃんのお気に入りはずっとだったのですが、娘が生まれてからは娘が一番のお気に入りになったようで、二人はいつも隣に並んで仲良く一緒に過ごします。
私はそんな二人の姿を見る度に「あぁ、おばあちゃん孝行ができて本当に良かったなぁ・・・」としみじみ思います。


健康と長寿の秘訣

夕食は地元の野菜や山菜を使った煮物や炒め物『懐かしの味』を期待しながら食べるとどれもやたらと辛く、舌が痛くて濃い味の料理を控えている私と、薄い味付けに慣れている娘にとってはちょっとした地獄でした。
どうしてこんなに辛い味付けなのかと聞くと、健康の為に最近は何にでも唐辛子を使っているとのことで「そういえば昨年は何にでもニンニクを使って料理をしたり、毎日ニンニクの味噌漬けを食べていたなぁ・・・」と思い出しました。
常に健康の為食の情報仕入れて実行しているから病気知らずで長生きできているなら、唐辛子もまた良しと思いました。


特別なラーメン

私は、里帰りすると必ず一度は地元のラーメンを食べに行きます。
自家製麺率が高く、煮干しダシが特徴のスープ薄皮のとろけるようなワンタンがとにかく美味しくて、私はいつもワンタンメンの大盛りを注文します。
評判のお店がたくさんあるので、毎回どのお店に行こうか迷うのですが、今回は久しぶりに物凄く混むお店に行きました。
11時からの開店だったので、朝ご飯抜きで10時45分にお店に着くように行くと、もう既に行列ができていました。
連休だからか3家族12人で来ているグループもいて、このお店のラーメンの魅力を物語っているように思いました。


地元のラーメンへの愛

開店と同時に店内に案内され、ワンタンメンが出されたのは11時25分でした。
最初に麺をすすると「うまい!」という言葉が口から飛び出し、10~15分ぐらい掛けて「うまい!」連発しながらワンタンメンを完食するという至福のひと時を過ごしました。
私は今回、職場でお世話になっている上司たちに地元のラーメンお土産に選びました。
私が今住んでいる地域もラーメンが有名なのですが、それとは違う独特なラーメンを、私のお気に入りの煮干しダシのスープを味わって欲しくて、重いのを承知で決めました。
自分の分のラーメンは、スーツケースがもういっぱいだったので諦めました。


お墓参り

ラーメン店を出て、満腹かつとても幸せな気持ちお墓参りに向かいました。
お天気にも恵まれ、すがすがしい気分ご先祖様のお墓を回り「いつもありがとうございます。お陰様でとても幸せです。ありがとうございます。」と墓石にお水をたっぷりとかけ、手を合わせて何度も感謝の気持ちを伝えました。
青空の下、桜の花びらが浮かぶお寺の池のほとりでは、亀たちが気持ちよさそうに甲羅干しをしていました。
昨年も同じ場所で、ほのぼのと過ごす亀たちと、遅咲きの綺麗な桜を見ました。
来年も変わらず、平凡ながらも穏やか幸福感を感じられるこの光景が見られるといいなと思いながらお寺を後にしました。

後編へ続く。