2度の震災を経て


老猫ちゃんの予感(?)

2018年9月6日(木)午前3時、私は愛しい老猫ちゃんに起こされました。
老猫ちゃんはお気に入りのマグカップの水が少なくなったとお怒りで「ウニャー!今すぐ起きて水を入れ替えるニャー!!」とばかりに寝ている私の耳元で叫び、若干爪を立てた手で何度も額を叩いておいででした。
私はいつものように「はいはい、わかりましたよぉ・・・(涙)」と仕方なく起きて部屋を明るくし、水を取り返させていただく前におトイレに行くことにしました。
低血圧なので起き上がってすぐに機敏に動くことができない私は、しばらくトイレでボーっとしていると、急にドーンと建物全体が突き上げられるような衝撃を感じ、嫌な感覚で一気に目が覚めました。

『震災』再び・・・

2011年の東日本大震災で被災し、かなり大きな縦揺れや横揺れのオンパレードを経験していた私は、トイレの壁に寄りかかりながら「あっ、この揺れはダメなやつだ!」と直感し、すぐに寝室へ走って戻り娘を起こしました。
娘は過去に経験した地震の恐怖を思い出して「うわぁ、怖いよー!」と泣いていました。
私もトラウマが蘇えり、恐怖で血の気が引きましたが、とにかく娘を抱きしめて「大丈夫だよ、ママがいるから大丈夫だよ。」と何度も繰り返し、前回の震災のときにした身を守る為の行動を瞬時に思い出し、これからやるべきことや必要な物を頭の中で整理しました。

非難の準備

揺れがおさまってからすぐにテレビをつけて地震情報を確認し、津波の心配がないことや震源との距離などを把握しました。
娘に懐中電灯を持って寝室の安全なスペースにいるよう指示をして、私は玄関までの通路の安全を確保し、玄関ドアがきちんと開くのを確認して、自分と娘のを持って寝室にもどりました。
次に、いつでも外に避難できるよう長袖の服とジーンズに着替え、財布保険証などが入ったバッグを手元に置きました。
そうこうしていると急に部屋が真っ暗になり、外の様子を窓から見ると他の家や建物の明かりも消えていたので停電だとわかりました。

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停電の影響

停電になると信号も消え、照明レジも使えなくなるので買い物もできず、電気で管理されているセキュリティーも機能しなくなるので、外は不便で危険な環境になります。
それに加え暗闇の中、娘を連れて外に避難するのはむしろ危ないので、朝になって明るくなるまで家にいようと決め、いつでも避難できる状態のまま待機しました。
災害で停電になるといつも、現地で被災している人はテレビという便利な情報源を絶たれるので、自分の置かれている状況を正確に把握できず、被害の少ない遠い所の人たちだけがニュースや速報で詳しい事情を知っているという、どうにも歯がゆい状態になるのが残念です。

断水と対策

今や、ほとんどの人が所有している携帯電話ですが、大事な時に電話が使えるよう、使用を必要最小限に抑えて電源を確保しなくてはいけないので、情報収集も不自由になります。
そんな状況で不安やストレスを感じ緊張していたので、余震が落ち着いてきた頃には疲れて寝てしまい、気がつくと朝でした。
マンションでは、停電になると各階に水を運ぶモーターが止まって断水になり、飲料水生活水もなくなります。
私は娘を起こし、まずは水を調達する為に出掛けることにしました。
お店はレジが使えず閉店していると思ったので、自治体の施設を目指して歩いていると、コンビニの袋を持って歩いている人がいました。

飲料の確保

訊ねてみると、近所の2軒のコンビニが開いているとのことだったので、私たちは急いで行きました。
2軒ともペットボトル入りの水はもう売り切れでしたが、片方のコンビニにはペットボトル入りのお茶が何種類かあったので、飲料の確保はできました。
電池や懐中電灯、携帯の充電器などはすぐに売り切れたようで、棚に並んでる食べ物も段々と減ってきている状態でした。
コンビニでは非常時でも使用できるレジ用機器を使ってお会計をしてくれていました。
コンビニが開いているのなら、近くのスーパーも開いているかもしれないと思い、次にスーパーへ行くことにしました。

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階段と行列

確保した飲料を、一度、家に置きに行ったのですが、停電でエレベーターが使えないので、マンションの8階まで非常階段を上らなくてはならず、かなりの重労働でした。
気温が高い日だったので汗だくで、休みながら息を切らしてやっとの思いで階段を上りきり、さっそく買ってきたお茶を飲んでしばしの休憩を取ると、気を取り直してスーパーに向かいました。
途中、スーパーで既にお買い物をして両手に荷物を持った知り合いに会い「お店に入るまで1時間も並んだよ!覚悟した方がいいよ!」と言われ「うわぁ・・・そんなに並ぶの?!」とガックリきました。

食料の確保

スーパーの入り口から長い行列ができており、ずっとここに並んでいたら他のお店に行けなそうだし、順番が回ってくるまでにスーパーの物がほとんどなくなってしまいそうだと思ったので、私は娘に1人で並んでもらい、近くのドラッグストア小型スーパーに先に行くことにしました。
ドラッグストアに着くともう品切れで閉店してしまっていたので、私は小型スーパーへと急ぎました。
店内には巡回コースが決まった列ができていて、ペットボトル入りの水は売り切れでしたが、食料の在庫は比較的ある方だったので、私は非常食になりそうなお煎餅パックのご飯とレトルトカレー、そして猫用の缶詰を買い物かごに入れました。

斬新なお会計

食事となるものがなくなったときの為に、一応スナック菓子飲むビタミンゼリーなども買い物かごに入れてレジに進みました。
レジが使えず正確な金額で計算して細かいお釣りを出すのが困難な為、100円以下の商品は全て100円101~200円の商品は全て200円201~300円の商品は全て300円として電卓で計算されるシステムでした。
「おぉー、なるほど!レジが使えなくてもそういう販売方法もあるんだぁ!」と、そのアイディアに感心しつつ「あれ、待てよ。ということは、私が念の為に買い物かごに入れた108円ぐらいのスナック菓子やらお煎餅やらの数々は、全部200円になるってことか・・・」と気づきました。

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親切なスーパー

こんな非常時には、食べ物を売ってもらえるだけでもありがたいことなので、食料を確保できて良かったと思いました。
再びスーパーへと戻ると、娘は行列の半分くらいまで進んでいました。
スーパーのすぐ隣では、各自の容器に水道局の人が水を入れてくれていたので、今度は私が行列に並び、娘は水をもらいに行きました。
娘が水の入った容器を手に私の所に戻ってくると、ちょうど私たちの順番になり、スーパーでお買い物ができました。
缶詰レトルト食品インスタント食品果物などがあり、レジが使えず細かい釣銭もないので、100円、150円、200円とキリが良い安めの金額設定で、買える数は決まっていましたが親切価格でした。

避難所へ

スーパーではペットボトル入りの水を買うことができて助かりました。
買い物が終わるとが降ってきたので急いで家に帰り、1回目よりも更に重い荷物を持って、何度も休みながら時間をかけて階段8階へ上りました。
食事をとり少しゆっくりしていると、娘が通っている小学校の体育館避難場所として開設されたというお知らせメールが入ったので行ってみました。
かなりの人が避難をしており、飲料水はなく非常食の乾パンをもらいました。
携帯の充電をしている人が多く、私も充電をしたかったのですが充電用のプラグを持参していなかったので家に取りに行くことにしました。

試練と根性

小学校でバケツを4つ借り、家に戻る途中の公園で水を入れ、私と娘はそれぞれ2つずつのバケツ4ブロック先の自宅まで運びました。
8階まで運んだバケツの水を自宅のトイレタンクに入れ、残った水を浴槽に貯水して、ソファーの上でぐったりしていると電気が復旧し、水が使えるようになりました。
もう少し待っていれば苦労してバケツで水を運ぶ必要はなく、無駄骨を折った感は若干ありましたが、こんなときに娘に『生き抜く為に必要な行動力と根性』を教えることができたので、体力的には大変でしたが学びの試練として受け止めました。
娘も私もよく頑張ったなぁと思います。


守られている私たち

私と娘は、ご先祖様や故郷の即身仏になられた上人様、2年前に19歳で旅立った老猫ちゃん、そして今も長生きしてくれている21歳の老猫ちゃんたちに常に守られているような気がしています。
前回の震災で恐ろしい思いをしましたが、娘が幼稚園から帰宅して私と一緒に家にいたので、私は娘を守ることができ、私たちにケガはありませんでした。
本当なら次の日から車で東京に出掛ける予定だった為、車にはガソリンが満タンに入っており、スーツケースには旅行用の荷物がまとめてあったので、震災の翌日、道路が封鎖されて移動ができなくなる前に他県の実家に避難することができました。

ありがたいこと

今回の震災でも、たまたま老猫ちゃんが私を(無理矢理)起こしてくれ、家の中が明るい状態だったので被害状況を把握でき、焦って事故に至ることもなく無事に乗り越えられました。
今回は、台風の後の大きな地震だったので、踏んだり蹴ったりだという気もしましたが、台風と地震が同じ日にこなかったことをありがたく思っています。
「わざわざ遠い地域に引っ越したのに、そこでもまた震災に遭うとはね・・・」と私のことを思う人もいるかもしれません。
(実際、私自身も「ウソでしょー!!!」と思いました(^^;)
ですが、私はこの地域に多大な魅力を感じており、予想外の2度目の震災で再び怖い思いはしましたが、それでもやっぱりこの地域に移住して良かったと思っています。

目から鱗』な観点

今回の震災では、この地域の人たちの復旧に対するハングリーさ力強さを感じ、今まで私が持っていた観点とは違う『逞しい生き方』を学べたような気がしています。
「こんな時だから自粛して静かに過ごそう・・・」という考えが当たり前だった私には「こんな時だからこそ負けてられない!どうにかしよう!とにかく前へ進もう!」という姿勢と行動が目から鱗が落ちるくらい新鮮で、やはり北の寒く厳しい土地を開拓してきた人たちの精神を脈々と受け継ぎ築き上げられた『北の大地の文化』は深いなぁと感じました。
私は、この土地に導かれて生きている人生をとても幸せに思っています。

ご自分の家も大変だったはずなのに、震災後すぐに人々の為にお店や避難所などの施設、その他の場所で仕事をしてくれた献身的で勇気と思いやり溢れる皆様に、心から感謝しお礼を申し上げます。

『今年の夏』Vol.1

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貴重なお休み

今、私が住んでいる地域は夏が短く、お盆を過ぎると一気に涼しくなり、日中は気温が上がっても朝晩は空気がひんやりとします。
今朝は、開けた窓から入る外の空気に初秋の香りを感じました。
夏の終わりを寂しく感じる人も多いようですが、太陽が照り付ける激しい季節の後に訪れるピンと張り詰めた静けさが私は好きで、また違う季節の訪れを感じ気持ちが昂ります。
今日は、リビングの定位置でバランスボールに座り、お気に入りの景色を眺めながら、この夏を振り返ってみようと思います。
今年の夏は、職場で以前よりも任せてもらえる仕事が多くなりやりがいが増えた分、忙しさも増し慌ただしく過ぎていく日々の中、娘との楽しい思い出を作るべくなんとか仕事の帳尻を合わせ、お休みを3日とりました。

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こだわりのお席

劇団四季のミュージカルサウンド・オブ・ミュージックを観に行きました。
私は劇団四季のミュージカルが好きで、娘が小さい頃からよく一緒に観に行っていました。
公演によって演出が異なり、見応えのあるお席が違うので、日にちを優先してチケットを選ぶのではなく、自分の中でベストだと思うお席がとれる日を探してチケットを購入するのが私のこだわりです。
例えばオペラ座の怪人はシャンデリアが落ちてくる演出があるのでその位置よりも少し後ろの列の真ん中のお席、美女と野獣はステージの端から端までを使ったレビューがあるので全体を見渡せる後方ブロック1列目の真ん中のお席、『ライオンキング』は動物たちが通路を行進する演出があるので通路の十字部分の角のお席というように、こだわった選択で毎回満足のいく観劇をしていました。

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観劇の醍醐味

ミュージカル鑑賞は私と娘の共通の趣味なので、公演中はリピートして観に行きます。
動物好きな私たちが鑑賞するのにピッタリの『ライオンキング』の公演は、右側の通路と左側の通路で行進する動物たちの種類が違うので、右側のお席と左側のお席を交互に2回ずつ選び、合計4回観に行きました。
今回のサウンド・オブ・ミュージックでは、シスターがミサでキャンドルを持ちながら歌い、通路を行進するという演出があったので、通路側のお席をとりました。
間近で聴くプロの演者の歌声と、そのオーラ圧倒され感動しました。
観劇後は街で少し早めの夕食をとり、「やっぱりミュージカル鑑賞って迫力があってイイよねぇー!」と、夏ならではのイカジュースを飲みながら娘と盛り上がりました。


老猫ちゃんとトカゲちゃん

我が家にトカゲちゃんが遊びに来てくれたので、私たちはゲストのおやつにバナナを用意し、小さくカットして手であげました。
バナナをあげる側の私たちも食べる側のトカゲちゃんも慣れておらず、最初の内は上手く口に入れられなくて苦戦しましたが、トカゲちゃんは舌と上顎と下顎を駆使し、一生懸命に食べていました。
娘に抱っこされ、頭を撫でられながらリラックスしていたトカゲちゃんですが、バナナを食べた後はパワフルに何度も脱走を試みていました。
ウチの老猫ちゃんトカゲちゃんは会うのが3度目で、お互いの匂いを嗅ぎながら鼻と鼻をくっつけ、ちょっぴり戸惑っている様子がとても可愛らしかったです。

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お気に入りのリゾート

今年も湖の近くにあるリゾートホテルに行きました。
湖を一望できる立ち湯や、お風呂上がりに寛げるお洒落な空間が特に気に入っています。
浮き輪をして造波プールで揺られながら過ごした後は、ゆっくりと温泉に浸かり、お風呂上がりに冷たいローズヒップティーを頂きながら湖を眺め、お部屋で少しお昼寝をしました。
夕食は、地元の食材を使ったお料理が並ぶビュッフェスタイルで、いろんな種類があったので2泊しても飽きずに美味しく頂けました。
食後にはショーがあり『ガールズブラスバンドジャズ演奏を聴きました。
夏の間は毎晩、湖で花火が打ち上げられていて、昨年は湖のほとりに出て見たのですが、今年はちょうど花火が見えるお部屋だったのでソファに座って寛ぎながら見ました。


夕方の動物園

この夏は、近くの動物園に2回行きました。
2回とも、たまたま用事が早く済んで時間が空き、単なる思い付きで行ったので、動物園に着いたのは閉園まで2時間もないぐらいの時間でしたが、夕方近くで気温が少し下がったからか動物たちがいつになく活発に動いていて楽しめました。
昼間は暑くてずっと水の中に沈んでいたと思われるカバは、声を掛けるとザブーンと水から顔を出し、短い脚でトコトコ歩き大きなあくびをしていました。
ライオンもめずらしく外にいて「ガオーッ」吠えながら歩きユキヒョウは高い所から素早く降りて来て、私たちの目の前で毛づくろいを始めました。
いつも目を閉じてジッとしているミミズクは鶏肉を片足で押さえながら食事中で、レッサーパンダ愛嬌たっぷりにつり橋の上を行ったり来たりしていました。


アクティブな動物たち

普段なかなか姿を見せてくれないヒグマは目の前に立ち、ガラスをベロベロと舐めていました。
爬虫類館では、大きめのパイソンがニョロニョロと天井に沿って頭を移動させ、身体の模様としなやかな筋肉の動きが美しく、興味深かったです。
トカゲたちもガサゴソと動き回っていて、何だかとても得した気分になり、じっくりと観察していたのですが、爬虫類館は館内の設定温度と湿度が高めなので夏場はしんどい
気がしました。
この春に新設されたシロクマ館に行くと、トンネル状の水槽や面白い見せ方の水槽があり、シロクマアザラシ気持ちよさそうに泳いでいました。
まだ古いエリアに残されているシロクマとアザラシもいたので「早く全員が新しいエリアに移って快適に暮らせますように・・・」と思いました。


いろんな気持ち

娘が、子供だけ参加の1週間ほどのキャンプに行ったので、私はしばし静かな生活を送ることになりました。
バスに乗り、一人旅気分ワイン葡萄の栽培作業に出掛け、初めてのサクランボ狩りを体験し、あとはただひたすらのんびりと『贅沢な静寂』満喫しました。
キャンプが終了したお迎えの日、こんがりと日焼けして、あちこちに擦り傷を作り、昨年と同じように薄汚れた格好に変わり果てた娘が笑顔で戻ってきた瞬間から、再びいつもの騒がしい生活が始まりました。
「さようなら、束の間の静かな日々よ(涙)」と思いながらも、お寿司ビールを頂きながら娘の土産話を聞き「親から離れた環境で様々な体験をして一段と逞しく成長し、楽しい思い出を作って無事に帰って来てくれて良かったなぁ・・・」としみじみ思いました。

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気ままな休日

我が家の愛しき老猫ちゃんがお世話になっている動物病院『猫の写真展』のチケットを頂いたので、娘と一緒に見に行きました。
まずはお気に入りの『いきなりステーキ』でいつもの『乱切りステーキ300gダブルオニオン』をペロリと食し、お気に入りの写真展で世界中の猫ちゃんたち
にウットリと見とれ、この上なく幸せな気分でした。
展示会場の側ではたくさんの猫グッズが販売されており、娘が釘付けになっていました。
「そんなに猫グッズが気になるなら、ママと猫グッズを作ろうよ!」と言って家に帰り、フェルトで作れる物やデザインを考えていたら段々と眠くなり、そのまま老猫ちゃんと一緒にお昼寝をしたら夜になっていました。
結局、何も作らずに1日が終わってしまいましたが、それはそれで猫のような気ままな休日でアリだと思いました。

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『リメイク』のリレー

近くの観光地に出掛け、娘と一緒にガラス工房グラス作り体験をし、それを夏休みの工作にする予定が、あまりの暑さで「涼しくて過ごしやすい秋に行こう!」と変更になりました。
フェルトで作る猫グッズも良かったのですが、デザインから考えて作ると時間が掛かるので、簡単だけどアイディアがポイントの『リメイク』に決定となりました。
娘が幼稚園で着ていた私の手作りのスモックがあり、私が布地を足してサイズを直すと、娘はそのスモックを小学3年生の終わりまで着続けてくれました。
今度は娘がそのスモックの裾を縫い閉じて袋状にし、リボンを2本縫い付けて取っ手を作り、手提げバッグへとリメイクしました。
縫う箇所は少なくても手縫いだった為かなりの根気と時間を要し、娘は完成後やりきった感いっぱいで、私もそんな娘のアイディアと頑張り嬉しく誇らしく感じました。

『今年の夏を振り返る』Vol.2へ続く

『過去のブログ』を振り返る Vol.5

ブログを始めた頃の記事を、現在の書式スタイルに編集して掲載し、皆様にぜひご覧頂きたいと思いました。
どうぞよろしくお願いいたします(^^)/

Vol.7『バランスボールと二度目の成長期』


憧れの身長

私は近年『二度目の成人式』ならぬ『二度目の成長期』を迎えています。
普通ならば、だいぶ大人になってからは年齢を重ねるごとに徐々に縮んでいく身長が、この2年で3センチも伸びたのです。
ずっと154センチという小柄な身長『可愛らしさ』として、40歳を過ぎてもしれっとアピールし続けていましたが、今は憧れだったいわゆる標準身長(私の世代ではそうだったと思われる)157センチのボディを手に入れました。
自分が157センチだと知ってから、私は嬉しさのあまり背筋を伸ばして姿勢良く自慢げに歩くようになりました。
 

成長の理由

身長が伸びたのは、バランスボールに座る生活に切り替えたことと関係があるのではないかと私は睨んでいます。
ソファーや普通の椅子に座るのとは違い、バランスボールは体の重さを吸収して変形するので、重力によって背骨がギュッと詰まることなく座っていることができ、腰への負担軽減されているように感じます。
つい猫背になっても、姿勢が変わるとバランスボールが動いて体重が掛かる点と角度が変わるので、背中を丸めながら背筋を伸ばすストレッチをしているような状態で気持ち良く座っていることができます。

バランスボールの凄さ

本来ならば、バランスボールは様々な運動に取り入れながら活用されるべきものなのでしょうが、私の場合はバランスボールを使って特別なエクササイズをする訳でもなく、ただソファーや椅子の代わりにして足をしっかり床に付けた楽な状態で座っているだけです。
それでも、姿勢が変わって体の中心がズレる度、インナーマッスルが自然と働いて体の芯を真っすぐ保ち続けるというトレーニングになっているようで、「何の苦労も感じないまま、知らない間に身体が鍛えられているなんて素晴らしい!」と、バランスボールの素敵すぎるシステムに心から感謝しています。


身長と体重

バランスボールには大・中・小の3種類のサイズがあり、大きすぎると床に足がつかずグラグラして安定感に欠け、小さすぎるとテーブルとの高さが合わず暮らしづらくなってしまう為、私は中くらいの直径50~55センチぐらいのものを使っています。
ツボ押し効果も考えてボツボツがあるバランスボールを使用していたのですが、最近は体重の増加によりすぐにお尻が痛くなるので、通販でノーマルなものを購入し「身長が3センチ伸びたんだから、体重だって増えて当たり前だよねー!」と、明らかに比率が合わない増加体重をサラリと流し、体重計を部屋の隅にそっと押しやりました。

『物忘れ』と『物持ちの良さ』

ノーマルなバランスボールが届いたのですが、忙しくしていた私はすぐに利用せずに「今度にしよう」と片付け、何か月後かに「いい加減、新しいバランスボールに変えようかな・・・」と購入したバランスボールを出そうとしました。
ところが、片づけた場所を思い出すことができず、張り切ってスペア用と2つ購入したのに、未だに1つも利用できておらず、新品のバランスボールは今も家のどこかで箱に入ったまま待機中です。
そんな訳で、私は今も慣れ親しんだボツボツのバランスボールのお世話になり続けており、物持ちが良いのでこのまま何年も使い続けるのだろうと思います。

私の野望

私は「ヒラキ」という通販サイトで、1個780円(税込み842円)のバランスボールを購入しました。 ※2018年8月現在は1個680円(税込み734円)と、更にお買得になっているようです。
大きさは直径55センチで、カラーはピンクとブルーがあり、空気入れポンプも付いている親切でお得な商品なので、バランスボールが気になっている方、試してみたい方に役立つ情報になればと思います。
あわよくばこの調子で160センチぐらいまで成長し、今までとは違う視界の生活を送るという密かな野望を胸に、私の(ただ座っているだけの)バランスボール生活は今日も続きます・・・


Vol.8『昭和の死語への愛』


昭和好きな私

私は昭和時代が大好きです。
謡曲もテレビ番組も映画もアニメも、それらが醸し出すレトロ感も、育児環境も、今ほど便利ではなかった通信環境や電化製品も全部大好きです。
昭和時代の私はまだ子供でしたが、いろんな面であの頃の方が単純で面白味があったように思います。
私は昭和の言葉が特に好きで『ザ・昭和』的なフレーズを聞くと心をくすぐられ、気になって仕方がありません。
それは随分と前から「死語」と言われ廃れ果て、現在使用すると周りに引かれてしまう言葉ですが、私にとっては常に魅力的で、思わずワクワクしてしまう言葉なのです。

突然の『ボイン』

先日、大人の女性が集まる『起業家との勉強会』に参加し、ランチタイムの雑談で『SNSはプロフィール写真が巨乳だと確実にアクセス数が増える』という話題になりました。
「ボインってやっぱり人気があるわよねぇ。」
「いつの時代もボインの需要って大きいのね。侮れないわ。」
「やっぱり、ボインは男性の憧れなのかしらね・・・」
「いやいや、っていうか『ボインの需要』って何?!その表現、どうなの?!」
「やだぁ、そもそも『ボイン』って死語じゃないの!」
「ホント!昭和の言葉!死語よ!」
「そもそも『ボイン』って言い出したの誰?!」
と、ちょっと面白い展開になりました。


『死語』と『言っちゃった感』

昭和を愛する私は、知的でエレガントな大人の女性たちの会話に『ボイン』という昭和の死語が飛び交う状況と『言っちゃった感』いっぱいに慌てふためく様子を見ると、なんだか嬉しくて楽しい気分になりました。
何ならこの際『サタデーナイト』『ボインのカワイコちゃん』『ディスコでフィーバー』『オレッチ』『ナウいハンサムボーイ』『なんちゃって』と死語の王道を極めたワードを羅列し、鳥肌が立つような『ダサイ』発言をしてみたくなりましたが、そのお洒落な大人の女性グループから追放されて勉強ができなくなるのは避けたかったので、私は必死に我慢して愛しい死語たちを飲み込みました。

玉砕する40代

ナウいいう言葉がまた流行ったらいいなぁと思っている私は、過去に何度も若者との会話にわかりやすいくらい強調してその死語を使ってみたのですが、私が40代の為「あ、この人きっと死語だって思ってなくて普通に『ナウい』とか使っちゃってるんだ・・・オバサンだし、痛くて気の毒だから傷つけないようにそっとスルーしてあげなくちゃ・・・」と、全く突っ込まれることなく、逆に可哀相な感じで気を遣われるという、とても残念な結果に終わってしまいました。
それは私にとって、とても『ガビーン』まいっちんぐなことでした。

繰り返される流行

私は、若者の間でも敢えて昭和の死語を使うことが流行り、また昭和の素敵な世界観で世の中が満たされることを期待しています。
平成生まれの人が昭和の歌、映像、本などを知り「なんかこれ、凄くイイ!」と感じることがあるように、良いものはやっぱり良いし、魅了されるものです。
時代と流行は繰り返されるのが世の常なので、ファッション、文化、ダンスなど、とにかく様々なものに昔のニュアンスが取り入れられる流れの中、いつの日か堂々とナウいというような『死語』が当たり前の会話に登場するようになるのを心待ちにしています。

『ワイン体験レポート2年目』8月


始発のバス

2018年8月4日(土)に、ワイン葡萄の栽培作業をしてきました。
今回は娘が5泊6日のサマーキャンプに参加中だったので一人で行ってきました。
天気予報によると午後から雨で、朝の9時から作業を始めて午前中には完了させたいということになり、私は朝5時に起きて始発のバスに乗りました。
始発ならバスでも時間がそんなにズレることなく来るだろうとバス停で待っていたのですが、お目当てのバスがなかなか来ず、予定の時刻を5分、10分と過ぎていく中「もしかしたら、始発は道路が空いているから逆にだいぶ早くバスが行ってしまったのかもしれない・・・どうしよう・・・」と不安になり次のバスの時刻を確認すると、遠くまで行くバスの為1時間後まで便がありませんでした。

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一人旅気分

肩を落として途方に暮れているところへようやく待ち焦がれていたバスが到着し「あー、良かった!まったく・・・朝からハラハラさせるアイウォンチューだぜ★と、安堵のあまりちょっぴりおかしなテンションでバスに乗り込み、焦りと緊張でカラカラに乾いた喉をレモン水で潤しました。
久しぶりの単独行動で、ちょっとした一人旅気分に浸りワクワクしていたので、車窓からの見慣れた景色もとても新鮮に感じられました。
「そういえば独身の頃はオーストラリアやヨーロッパを一人で旅して、なかなかの冒険をしたなぁ・・・」と、いろんな国を訪れたことを思い出しながら懐かしい気持ちでバスに揺られ「今度は娘と二人旅でどこの国を訪れようかなぁ・・・」と考えていました。


彩とりどりの風景

ワイン葡萄畑がある施設に着き敷地内を見渡すと、何だか全体的にグレードアップしているように思えました。
の他に馬が2頭仲間入りし、ニワトリたちも変わらず元気そうでした。
馬たちのエリアは羊とは分かれていて、除草用に迎えた馬で調教などはされてなく人に慣れていない為、撫でたり乗馬したりは出来ないとのことしたが、馬を近くで見る機会もなかなかないので、観察するだけでも私には楽しく思えました。
屋根付きのテラスデッキが、自然の中でゆったりと寛げる優雅な空間を演出し、敷地内の花や農作物はボリューム満点に育ち、彩とりどりの風景でした。
春に植えたワイン葡萄の苗木もいくつかは順調に育っており、いずれワイン葡萄棚に移植するのが楽しみになりました。

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夏のワイン葡萄

ワイン葡萄棚のエリアに行ってみると、ツルが棚の一番上のワイヤーよりも高い位置まで伸び、葉がフサフサと繁っていました。
棚の一番下のワイヤー辺りには可愛らしいミニチュア版の、緑色の葡萄がいくつもぶら下がっていました。
昨年、私は夏のワイン葡萄栽培作業に参加出来なかったので、この時期のワイン葡萄の成長状況を目にするのは初めてで、小さいながらも張りのあるしっかりした葡萄の実を見て、大地の恩恵と逞しい生命力に感動しました。
施設のスタッフにワイン葡萄の状況を聞くと、今年の6月は雨が多かった為、ワイン葡萄たちは果実としてよりも植物としてどんどん成長してしまい、ツルや葉だけがやたらと育っていて、葡萄の実の数は予想していたより少ないとのことでした。


長雨の影響

ワイン葡萄栽培を指導してくれている近所のワイナリーのオーナーは、本当なら今年は昨年の2倍の葡萄の実の数が期待できたところ、長雨でどんどんワイン葡萄のツルが伸びてきたときに、ツルの成長にそれ以上養分を取られるのを止め果実の成長に栄養分を与える為に、伸び続けるツルの先を切る『摘芯』という作業をしないでしまったせいだと後悔していたそうです。
今年は、その地域全体のワイン葡萄畑が同じ様な状態で、雨の中まめに『摘芯』を行ったいくつかのワイン葡萄畑だけは多くの実がついているとのことでした。
私としては昨年と同じくらいの量の収穫が見込めるのなら、あとはワイン葡萄の品質ワインの醸造方法昨年を上回る味のワインが出来上がればオッケーかなと思いました。


『除葉』と『摘芯』

夏のワイン葡萄の栽培作業『除葉』『摘芯』で、今回の『除葉』は葡萄の実の為に風通しの良い環境を作ってあげ、カビや病気の発生を防ぐというものでした。
葡萄の房のすぐ上にある葉は、土から養分を運ぶ為に必要なので残さなくてはならないのですが、葡萄のツルが交差していたり密着していたりで取り除くべき葉と残すべき葉の見極めが難しい作業でした。
『除葉』はワイン葡萄棚の両側から念入りにチェックしないと、繁った葉に葡萄の房が隠れていて見えないので、集中力と時間を要しました。
『摘芯』は長く伸びているツルをワイン葡萄棚の一番上のワイヤーの位置で切り揃え、どんどん伸び続けるツルに栄養分をとらせずに、果実の成長に栄養分を与える為の作業で、特にコツなどはなくとにかく切り落とすという感じでした。

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危険がいっぱいの夏

ツルも葉も主役の果実に負けず日々成長し続けるので『除葉』『摘芯』は今後、定期的に繰り返される作業のようでした。
また、雑草にワイン葡萄の成長に必要な土の栄養分をとられないように、ワイン葡萄棚の周りの『除草』も同様に繰り返し必要となる大事な作業で、鎌や草刈り機を使いまめに行われていました。
ワイン葡萄の葉に小さなコガネムシがついていて、作業をしているとボロボロと落ちてきたり、葉の裏に毛虫がついていたり、ハチやアブが飛んできたりと、夏のワイン葡萄栽培作業には危険がいっぱいでした。
ワイン葡萄棚のすぐ隣のエリアには2頭の馬がいて、岩塩を舐めて塩分補給をしていました。
馬の背中にはたくさんのアブがくっついていて、馬が体を揺さぶって追い払ってもなかなか離れず、気の毒なくらいでした。

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サクランボ狩り

10時半になると屋根付きのテラスデッキ手作り感溢れるお洒落な木のテーブルには、冷たい麦茶、地元特産の林檎ジュースお菓子の他に、一緒にワイン葡萄の栽培作業をしていた人の差し入れのキュウリの浅漬けや昨年この施設で収穫して冷凍していたサクランボが用意され、小休憩は素敵なお茶会になりました。
その後、またワイン葡萄棚に戻り、それぞれ黙々と作業を続け、午後1時前には作業が完了しました。
施設のスタッフに誘われ、午後から果樹園にサクランボ狩りに行くと、大きな木にルビーのように赤く輝くサクランボが散りばめられていました。
もうシーズン終了間際だったので木の高い所にしか実がない状態で、けっこうな高さの脚立に上って摘まなくてはならず、私の初のサクランボ狩りかなりハードなものとなりました。

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美しい果樹園

完熟した大きなサクランボをさっそく摘んで食べてみると驚くぐらい甘くて、腰に下げたカゴにせっせとサクランボを摘み入れる合間にいくつも食べました。
敷地内にはプラムやブルーベリー、ラズベリー、カシス、カラントなども植えられていて、休憩後はブルーベリー狩りをしました。
ラズベリーはそんなにないから、味見程度に摘んで食べてみて」と勧められたので摘んでみると、実が崩れやすく摘むのがとても難しく「洋菓子用のラズベリーや冷凍のきちんと整った形状のラズベリーは、一体どんな風に収穫されてるんだろう?!かなり高度な職人技だよなぁ・・・」と思いました。
食用葡萄の棚もあり緑の立派な葡萄の房がぶら下がっていて、その果樹園は美しい絵画のような景色も楽しめる場所でした。


本日の収穫

果樹園で摘んだサクランボブルーベリーを1パックずつと、ワイン葡萄棚のある施設でもらった特大のズッキーニシソの葉を手に、私は帰りのバスに乗りました。
盛り沢山な1日だったので、帰りはいつものように車窓から大好きな日本海の景色を眺め終えると心地良い眠りにつきました。
家に着いてすぐに、数日後に帰ってくる娘の為にサクランボブルーベリー冷凍保存しました。
ズッキーニは他の野菜や豚肉と一緒にガーリック炒めにし、シソの葉は焼いた鶏肉を巻いて南蛮味噌をつけ、レッドアイ(ビールとトマトジュースのカクテル)と共に頂きました。
暑い夏はやっぱり、肉と野菜、トマトのリコピンパワーで決まりです!
愛しい老猫ちゃんとソファに並んで静かに寛ぎながら、早朝から健康的大自然の中で過ごした私の長い一日は幕を閉じました。

大地の恵みに感謝です★

お疲れ気味な心たち


忘れがちなこと

人への対応の仕方には『ちょっとした違い』が多く潜んでいて、それにより笑顔良い関係が生まれたり、不要な憎み合い争いが生まれたりします。
人に挨拶をされた際にきちんと挨拶を返すのか、失礼な態度で無視するのか、お互いにぶつかってしまった際に「すみません」と謝るのか、「お前が悪いからぶつかった」と文句を言うのか、そんな些細な事からでもお互いに受ける印象や抱く感情は大きく違い、大人でも小さな子供のように感情のコントロールができなくなり争いに発展します。
大人が子供と同じレベルの行動をしてしまうなんて情けないようにも思いますが、きっと忙しい日々の中で直面する様々な問題が多すぎると、誰もが当たり前に守れていたマナーだとか思いやりだとか、そんな大切なことをつい忘れてしまうのかもしれません。

手の掛かるお年頃

先日、4~5歳ぐらいのやんちゃな男の子を連れたお母さんが、スーパーのレジで多くの小銭をバラバラと落としていました。
小銭を拾い集めるお母さんに、近くを通りかかった年配の女性が「ここにも落ちてますよ」と小銭を指さしながら教えてあげると、そのお母さんは「わかってます!」迷惑そうに冷たく答え、年配の女性は「だったら早く拾えばいいじゃないの」と気分を害して立ち去りました。
親切で声を掛けている人に対してそんな態度をとらなくても、ただ「はい」と答えれば済む話だと思いましたが、きっとあのお母さんは言うことをきかずにいろんなことをしでかすお年頃の子供を育てる日々に疲れてるのかもな・・・と、可哀想に感じました。
私も娘があのくらいの頃は育児がしんどかったと思い出し「あと少ししたら段々と手が掛からなくなるから、それまで頑張って!」と思いました。


通勤電車にて

ある朝、通勤の際に駅で眼の不自由な若い女性に会いました。
混雑する電車なので、その女性が無事に乗れるのか心配で、どこまで行くのかと声を掛けると私と同じ駅だったので、私はその女性と一緒に電車に乗ることにしました。
電車が到着し、いつも通りもみくちゃになりながらその女性と電車に乗り込み、安全そうなポジションを確保すると、「もう少し下がってもらえませんか?」「あぁ?嫌だよ、うるせぇな!」というやりとりが聞こえてきました。
どんどん人が乗ってくるのに、自分が立っている場所から一歩も動かない若い男性がいて、スーツ姿の男性が「乗る人がたくさんいるんで、ちょっと場所を空けて下さい。」と促していたのでした。
それに対して若い男性は再び「だったらお前が下がればいいだろ!」と乱暴に言い、スーツ姿の男性は呆れて言葉を失っていました。

苛立つ若者

電車が発車するとスーツ姿の男性が「皆が乗りやすいように少し動いて欲しいと言っただけなんですよ」と再び言うと「うるせぇよ!お前が動けばいいだろ!」と若い男性が攻撃的に返し、次の駅まで電車の中は不穏な空気でした。
私はそんな態度をとる人間の顔とナリが気になったのですが、一緒に電車に乗った女性を揉め事から遠ざけ、きちんとサポートするという(勝手に自分で決めた)重要なミッションがあったので、わざわざ振り返ってその若い男性の顔を見ませんでした。
社会で生活する以上、人に対して乱暴な話し方をするのは明らかにマナー違反ですが、きっとその若い男性はそんな最低限のマナーを守る余裕もないほど、何らかの大きな不満不幸を抱えていたのでしょう。
私はその若い男性の幼稚な行動を残念に思いつつも、その若者が早く苛立ちから解放され、優しくなれたらいいのになと思いました。


投げやりな講師

他人に話しかけられたり質問されるだけで、攻撃をされたと思い込み、ムキになって過剰に反応している人をたまに見かけます。
私は娘がまだ小さい頃、母親として我が子の身の安全を守る為にいろんな知識を身につけようと、救命講習を受けに行きました。
質疑応答の時間に年配の男性講師に「何か質問はありませんか?」と言われたので手を挙げると、あからさまに「何だお前は!俺様の説明に何か不満があるのか!」というような表情をされ、私は「えっ?」と戸惑いながらも、いろんな状況が重なった場合の優先順位について質問をしました。
すると「まぁ、臨機応変に対応するしかないでしょう。」投げやりな回答をされたので、この人に質問をしても意味がないと判断し「わかりました」と言って、後日、他の方法でその答えを得ることにしました。

弱さの表れ

私は、自分が欲しい知識を得る為に合理的に行動し、知識を手に入れる方法何パターンも考えるので、その年配の講師の面倒くさそうな返答や態度に別に困りはしませんでしたが、私が講師だったら興味を持って真剣に聞いて質問までしてくれることに感謝し、きちんと丁寧な説明をするし、意見があがれば「おぉー、なるほど!」と素直に受け止めて参考にするけどなぁ・・・と不思議に思いました。
『質問=自分に対する攻撃』と捉えてしまう人というのは、自分の考えや発言に自信を持てない弱さや、常に人に攻撃的な態度をとられ続けた結果、反射的に防御の姿勢をとる習慣があると思われるので、もしもその男性講師が自分を高圧的に見下す人に囲まれて、ずっと委縮しながら生きてきたなら苦しかっただろうなぁ・・・と思いました。


二人の女性

つい最近、職場のお手洗いで「臨時職員なんかに情報は見られないようにすればいいのに!」強い語気で話している二人の女性を見かけました。
その女性たちが臨時職員で、仕事が広がり過ぎて大変だから「自分たちになんか情報を見せないでくれたら仕事の負担が減るのに!」という意味合いなのか、自分たちは正職員で「臨時職員なんか信用できないから情報なんて見せたくない!」という意味合いなのか、あまり知らない人たちなので判断がつきませんでした。
前者だとしたらよほど仕事が大変なんだなぁ・・・と不憫に思いますが、後者だとしたら同じ職場で働いている人に対する差別的発言にかなり引きます。
そんなに重要な情報ならば企業が責任を持ってきちんと管理すべきであって、臨時職員がそんな言われ方をするのはずいぶんと酷い話だと思いながら、私は年上であろう緩い服装の二人の女性を眺めていました。

スキルと知識

社会問題となっている雇用の格差について私は、正社員と非正規社員の間にある違いは優遇されるかされないかという運の良し悪しと御縁の問題で、実力の優劣によるものとは限らないと思っています。
新卒で正社員として雇用されたとしても、何らかの理由で退職して他の会社に就職すれば、ヘッドハンティングでもない限り中途採用という理由で自動的に非正規社員として迎えられるのが現代の一般的な流れだと思います。
ある企業ではチームを率いて優秀な仕事をしていた人が、違う企業に就職すれば立場も待遇も変わり、そこでの勤続年数は0からのスタートになりますが、その人の『スキルと知識』までもがリセットされる訳ではないので、場合によっては前からその企業で働いている人よりも実績をあげることだって当然あり得る話なのです。


正当な評価

待遇に差がある人間同士が一緒に働く以上、優遇されている人間低待遇の人間よりも仕事をしなかったり、同じくらいの仕事しかこなさなかったりすると、様々な問題に発展してしまいます。
また、低待遇の人間が優遇されている人間と同じ責任や働き方を求められるのもおかしな話で、やはり労働に見合う対価が支払われるべきだと思います。
『勤続年数』『立場』を武器に自分を優位に見せようと必死な人も稀にいますが、私は『仕事の勝負は仕事でするもの。仕事ができない人間に発言権なんてない。』というのが暗黙のルール下剋上的な環境で働いてきているので、職場においては誰のことだろうと仕事に対する姿勢や実力でしか評価しませんし、媚びへつらったりもしません。
勤続年数が短くても、向上心が強く応用力に長けている人間には敬意を払い、立場や年齢に関わらず学ばせてもらいたいと思います。
社会が肩書き重視のスタイルを卒業し、誰もが実力に見合った正当な評価を受けられるようになれば、働く人間のレベルが上がり事業の質がより良くなると私は考えます。

疲れた心に響く言葉

吐き捨てるような口調『臨時職員』の話をしていたあの二人の女性の発言の意図愚痴なのか差別なのか今も気になるところですがヘイトスピーチだった場合は企業の社会的信用に関わるので)、彼女たちの歪んだ表情を思い出すと「ストレスだらけで幸福感を持てない人生を送っているのかなぁ・・・」気の毒に思います。
そして最近の私もまた、蓄積された不満や怒りに支配されてあの二人の女性のように歪んだ表情になっていたであろうと自分を振り返り、反省し、原点に返るべくブルーハーツ『青空』『人に優しく』を聴き、その歌詞を噛みしめました。
子供の頃に当たり前にできていた真っすぐなものの見方シンプルな考え方人に対する優しさは生きていく上でとても重要なのに、失くしてしまうのは怖いことです。
お疲れ気味な心に響く言葉が詰まったその2曲を、よろしければ皆様もぜひ聴いて歌詞に注目してみて下さい。

♪ 聞こえて欲しい、あなたにも・・・『頑張れー!』

『オーストラリアの動物たちと』Vol.3


様々なビザ

人生初の海外旅行オーストラリアを選び、2か月半程の滞在を終えて帰国した私は、オーストラリアの大自然と動物たちにすっかり魅せられ、再びオーストラリアに行く計画を練り始めました。
海外に滞在する為にはビザが必要となり、国によって規定が異なります。
オーストラリアの場合は3か月までの滞在であれば『ETAS』というビザが必要で、取得はそう難しくありません。
それ以上の滞在の場合は、就労ビザ学生ビザなど、目的に応じて様々な条件をクリアしている人にだけ与えられるビザが必要になります。
オーストラリアと日本の間で協定を結んでいる、1年間の滞在と働いて収入を得ることが可能な『ワーキングホリデイビザ』というものもあり、これは年齢制限があるのですが取得は比較的簡単です。

新たな思いつき

日本とのワーキングホリデイ協定国にはニュージーランド、カナダ、イギリス、ドイツなどもあり、全部で18~19か国程です。
(協定の打切りや新規の登録で変動があります)

当時、私は『ワーキングホリデイビザ』の取得制限にまだ間に合う年齢だったので、そのビザを取得して活用することにしました。
1年間の滞在が条件ではなく、3か月以下や6か月程の滞在に利用してもそれは個人の自由で、働かずに観光だけをして過ごしても問題ないという、使い勝手の良い便利なビザでした。
せっかく1年間の滞在ができるのだから、その期間を有効に使い意義のあるものにしたいと思い、やりたいことをあれこれと考えた末、動物好きな私は「そうだ!オーストラリアの動物園でボランティアとして飼育員のお手伝いをしてみよう!!」と思いつきました。


目標と実行

目標が決まれば、あとは実現に向かって実行あるのみで、私はオーストラリアの動物園で飼育員のお手伝いをするチャンスを掴むべく思考をフル回転させ行動を開始しました。
まずは英会話教室で、実際に生活の中で使う言葉や表現方法を更に身につけ、自分の言葉で自分の想いを正確に伝える為の取組みをしました。
世間には、料金を支払えば動物園で職業体験ができるという観光者向けプログラムもあり、それを利用すれば簡単に叶うことでしたが、そういったサービスでお客さんとして動物と関わるのではなく、自分の力でチャンスを掴みたかったので、私はオーストラリアの動物園などの施設をインターネットで調べ、30か所程の施設に「どうぞボランティアとして飼育員のお手伝いをさせて下さい!」というお手紙を書き国際郵便で送りました。

私の伝え方

Eメールを利用すれば費用も手間も掛かりませんでしたが、私は敢えて自分の動物に対する気持ちや、どうして飼育員のお手伝いをするチャンスが欲しいのか、自分はどんな考えを持った人間なのかなどを1枚1枚に手書きでしたため、自分の想いと情熱を相手に伝えました。
一般的には、動物に関わる職業を目指している学生などが、必須研修として、 動物園で飼育員のお手伝いをするようで、私は動物に関して学ぶ学生でもなく、動物に関する特別な知識がある訳でもなかったので、お断りのお返事が次々と返ってきました。
日本からの突然のお手紙に対し、ほとんどの動物園がきちんとお返事をくれ、幾つかの動物園はわざわざ国際郵便でお返事をくれたことに感動し、「やっぱり動物に対する思いやりがある人たちは優しいなぁ・・・」と思いました。


念願のチャンス

そんな中、一か所だけ私を受け入れてくれるお返事をくれた動物園がありました。
南オーストラリアにある動物保護施設で、担当者からのEメールには「あなたの動物に対する気持ちと、動物の為に働きたいという熱意が伝わりました。滞在場所や費用の援助はできませんが、それでも良ければボランティアとして受け入れます。」とあり、私はすぐに「受け入れのお返事に感謝します!ぜひよろしくお願いします!!」という内容の返信をしました。
受け入れて貰える日程が決まり、それをメインに考えてオーストラリア滞在の具体的な計画を立て始めました。
オーストラリアに渡ってすぐにその動物園に向かうのではなく、しばらく滞在して英語の環境に慣れてから飼育員のお手伝いを始めたいと思い、準備期間を設けました。

絶景の動物園

オーストラリアに渡り、初めにシドニーでホームステイをしました。
ホストファミリー宅にはスタンダードプードルトイプードルがいて、どちらもフワフワした白い毛が可愛らしく、私の良き遊び相手になってくれ、トイプードルは毎晩一緒に寝てくれました。
シドニーはオーストラリアで一番大きな都市で、ホストマザーによるとその都市の動物園は『世界一景色が綺麗な動物園』だそうで、私は早速フェリーに乗って行ってみました。
高台にある動物園にはビューポイントがあり、海の向こうにオペラハウスハーバーブリッジが見える絶景で、ホストマザーの言葉に納得しました。
動物越しに緑の木々青い海白い高層ビルが見え、自然と近代都市の不思議な融合が楽しめる、ダイナミックなパノラマが印象的でした。


イルカのご挨拶

オーストラリアで一番大きな都市の動物園だけあって、全てのエリアの造りがそれぞれ凝っていてとても豪華でした。
シドニーでは州の法律コアラを抱っこすることができないので、飼育員が抱っこしているコアラと並んで記念撮影をしました。
帰りにフェリーのデッキから深い青色の海を眺めていると、イルカがプカリと姿を現してフェリーを追いかけてきてくれました。
「さすがオーストラリア、湾にもイルカが普通にいるんだぁ!」と感激し、帰宅して夕食の際にホストマザーにその話をすると「それはとても珍しいことよ。あなたは運がいいわね。」と言われ、再び嬉しくなりました。
シドニー水族館は、ガラスのトンネルを通りながら魚たちを眺められる造りで、トンネルの上で寝ているサメたちのお腹を、下からガラス越しに見られるのが面白かったです。

異なるペット事情

一か月間のシドニー滞在を終え、次はメルボルンに滞在しました。
メルボルンはオーストラリアで二番目に大きい都市で、シドニーよりもコンパクトな中心街が行動するのにちょうど良い大きさで便利でした。
ホストファミリー宅は植物園に近い閑静な住宅街にあり、毛がフサフサした猫がいました。
州によって法律が違い、かれこれ15年前の話なので現在はどんなペット事情になっているのかわかりませんが、夜行性狩りをする習性があるは、国の大事な保護野生動物を殺してしまうので、ケアンズでもメルボルンでも夜になるとケージに入れられ、困った存在として扱われていたような気がします。
ちなみに、日本ではペットとして人気のウサギも、オーストラリアでは庭の草木や花、野菜など何でも食べてしまうので、害虫扱いされているようでした。


野外レッスン

私がボランティアとして飼育員のお手伝いをさせてもらえることになった動物園は、メルボルンから車で二時間ほどの地域にあり、メルボルンでの滞在を終えたらいよいよその動物園で私のスペシャルな体験が始まる予定でした。
それに備えて私は、私の英語のプライベートティーチャーでもあるホストマザーと一緒にメルボルンの動物園に何度か出掛け、動物についての表現や会話をメインに英会話の野外レッスンをしました。
タスマニアンデビルが人懐っこい様子で私の方へ寄ってきてくれるので、動物園に行く度にしばらく見ていました。
飼育員のことが大好きで集団でついて歩く小さなペンギンたちがいて、その内の2羽が飼育員の靴の上にちょこんと乗ったまま降りず、飼育員が動けずに困っている姿を、私は今でもはっきりと覚えています。

ラッキーな展開

メルボルンを後にし、電車とバスを乗り継いで、ついに飼育員のお手伝いをさせてもらえる動物園に到着しました。
受付で担当者を呼んでもらうと、飼育員の責任者がやってきました。
私の受け入れを許可してくれた担当者は、急な事情で少し前にその動物園を退職し、誰も私の受け入れの件を引き継いでいなかったのですが、私は念の為に担当者からのEメールをプリントアウトして持参していたので、それを見せ無事に予定通り受け入れて貰えることになりました。
私に素敵なチャンスをくれた担当者に会えないのは残念でしたが、新しい担当者がまだいない状態の為、それぞれのセクションの飼育員たちが順番に私の世話をしてくれることになり、通常ではどれか一つのセクションでしか飼育員のお手伝いができないところ、私はいろんなセクションでお手伝いができることになりました。
一歩間違えれば受け入れて貰えないということにもなりかねない状況だったのに、結果ラッキーな展開となりました。

本格的な飼育員のお手伝い体験のお話は、また『オーストラリアの動物たちと』 Vol.4にて★

心のグラスを満たすアート


早起きの休日

先週の土曜日に、娘と美術館に行きました。
4月からスタートし、先週末で終了する美術展があり、開催期間の最後の週末は私たちの様に滑り込みで来館する人で混雑すると思い、なるべく人の少ない早めの時間に美術館に行けるように早起きをして出掛けました。
晴れたり曇ったりの空模様でしたが気温的には穏やかな日で、お散歩がてら歩いて美術館に行くと、既に来場者でいっぱいでした。
以前、私がよく行っていた東京のプライベート・アートミュージアム(個人所有の美術館)の美術展で、現在その美術館は建て替えの為に長期休館中ということもあってか展示作品数が多く、第2会場も設けられていました。

懐かしい絵画たち

会場に入り、いつもの様に人混みから少し離れた場所で、絵画全体が見えるポイントタイミングを上手く見つけて展示作品を眺めました。
ほとんどの作品は東京で何度も見ていたものだったので「お久し振りですね」と心の中で絵画たちに挨拶をしながら、その当時を思い出し懐かしい気持ちで鑑賞しました。
第1会場は主に洋画の展示となっており、その中の私のお気に入りはモネルノワールの作品でした。
娘はルノワールが描いた少女の肖像画の、優しい瞳の輝き肌の美しさに目を奪われ、肌の色の描写に水色を使用していることに衝撃を受けていました。


ユニークなアート

小川が流れる音を聞きながら、初夏の緑が綺麗な庭園を通って第2会場になっている隣の美術館へ移動しました。
そこには日本人画家の作品が展示されていて、海外の印象派の有名画家たちの影響を受けて描かれたと思われる作品も幾つかあり、シャガールピカソカンディンスキーの融合のように見えたり、ピカソとダリの融合のように見えたりして面白いなぁと思いました。
第2会場では、私も娘も藤田嗣治を描いた作品が気に入りました。
こじんまりとした美術館は、階段のシルバーの手摺りがクネクネと曲線状になっていたり、二階の踊り場はバルコニーになっていて階下の展示スペースを眺めらるようになっているユニークな設計でした。

私のトライ

美術に興味があり、素敵な空間アートに囲まれて仕事ができたら最高だと思った私は、以前その美術館の受付・監視員の募集に応募したことがありました。
娘が小学生の内は、土日は娘と一緒に過ごしたいと私は考えており、面接に出向いて仕事の内容などを詳しく聞いたところ、土日も含めてスタッフ全員でローテーションを組むとのことで、私の希望条件と先方の希望条件が一致せず、残念ながら採用には至りませんでしたが「まぁ、こういう類の仕事で土日に休めるなんて都合の良い話はそうそうないし、仕事の仕組みや応募の要領がわかっただけでも、勉強になって良かったなぁ・・・」と思いました。

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グッジョブな娘

第1会場に戻り、ミュージアムショップでグッズを見ました。
ミュージアムショップには、面白いアートグッズがいっぱいあるので、美術館に行った際に私は必ず立ち寄ります。
家には、私が過去に訪れた国内外の数々の美術館ミュージアムショップで購入したグッズがけっこうあり、飾る場所がなくて段ボール箱で何箱かしまってあるので、これ以上購入しないよう私は娘に「ママがアートグッズや絵画を買いそうになったら絶対に止めてね!」と頼んであります。
いつもそのミッションを忠実にこなし、今まで何度も私の浪費を阻んでくれている娘には『グッジョブ、サンキュー★』という気持ちでいっぱいです。

もう一つの美術展

ミュージアムショップの隣に、藤田嗣治リトグラフが展示されているスペースがあったので行ってみました。
その美術館では、日本に魅かれ12年にわたり日本に滞在して画家たちと交流を持ったアメリカ人の所蔵品の美術展も開催されており、その展示作品の中から一部のリトグラフを展示販売しているとのことでした。
藤田嗣治珍しい作品が展示してあると聞き、私と娘はせっかくなので鑑賞することにしました。
絵画の他に、画家たちから友人として受け取ったカードや手紙なども展示されており、センスの良いイラスト入りでどれも可愛らしかったです。

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魅かれる画家

私も娘も、猫好きという共通点がある藤田嗣治が大好きで『きのこカットに丸メガネの猫好きなおじさん』と表現し、深い愛着を持っています。
猫好きが知る、ありがちな猫の仕草を描いた作品に、気持ちがほっこりします。
私は、絵画ではゴッホ、モネ、シャガールなどの作品が大好きなのですが、作品と画家本人の両方を合わせて考えると、自身の容姿を独特なファッションセンスでプロデュースしていた藤田嗣治サルバトーレ・ダリに魅かれます。
その美術展の展示作品を所蔵しているアメリカ人と日本の画家たちの交流を撮影した楽しげな写真を見て、私はミッドナイト・イン・パリという映画を思い出しました。

魅力的な映画

手掛けている仕事や、挑戦していることが上手く進まずにいた主人公の男性が、パリを訪れた際、画家たちが活躍していた華やかな時代タイムスリップし、才能溢れる画家たちとひと時を共に過ごして多大な影響を受け、消沈しかけていた情熱を取り戻し、新しい一歩を踏み出すという内容の映画で「私もあんな風に画家たちと時間を共有し、シャンパングラスを片手に語り合ってインスピレーションを受けることができたら素晴らしいだろうなぁ・・・」と、うっとりと憧れていました。
タイムスリップした時代の再現や画家たちの描写にとても凝ったその映画を、今度は娘と一緒に観たいと思いました。

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洗練された空間

日本のプライベート・アートミュージアムでは、倉敷の大原美術館、箱根のポーラ美術館、東京のブリジストン美術館、福島の諸橋美術館などが有名だと思います。
私はまだ大原美術館には行ったことがなく、いつかはあの神殿の様な建物と、大原美術館展で展示されていない有名な所蔵品をぜひ見たいと思っています。
ポーラ美術館は、白い壁や天井、大きなガラスから射す自然の光が、明るく開放感のある空間を演出し、足を踏み入れたとたん自分が特別な存在になったような気持ちになりました。
テラス席もある上品なレストランは高級感と遊び心があり、その美術館は大人が森の中で羽を伸ばす為の洗練された場所でした。

ダイナミック&ワイルド

現在、ポーラ美術館には森の中を散策できる遊歩道があるそうなので、緑が綺麗な時期に訪れ、今度は美術鑑賞やお食事の他に森林浴もしながら、のんびりと過ごしたいと思います。
同じエリアにある彫刻の森美術館も、壮大な自然の中に幾つものダイナミックな美術品が点在し、ワクワク度が高かったです。
私が訪れた際に、カフェでシャンパンのキャンペーンをしていて、ヴーヴ・クリコのベビーボトル(一番小さいサイズのボトル)の口にオリジナルのシャンパン・ポアラーを差し込んでボトルのままワイルドに飲むという斬新なスタイルシャンパンを楽しんでいるのがカッコよかったです。


緩く長い目標

私は、自分が感銘を受けたものや風景をできる限り娘にも見せたいと思っており、中でもそれらの美術館は外せない場所なので、いつか必ず箱根で温泉と美術鑑賞の旅をしようと思っています。
そのときは、大自然の中のアートを楽しみながら、カフェでシャンパを娘と一緒に味わいたいので、その旅行はあと9年以上先の話になります。
私のしたいことの多くは、娘が大人になってからのことなので、それまではとにかく健康でしっかり動ける状態でいるのだと自分に言い聞かせ、自己の健康管理緩く長く励むつもりです。

お気に入りの美術館

福島県諸橋美術館は、大きな池の水面に建物が映るメルヘンな景色が印象的で、サルバトーレ・ダリの作品が多く展示されているゴージャスな美術館です。
スペースを贅沢に使った展示方法も好きで、私は猪苗代湖へドライブがてら何度も訪れました。
そこには他の有名な画家の作品もあるのですが、私にはメインで展示されたダリの作品のインパクトが強すぎて、それ以外はあまり記憶にありません。
また、松尾芭蕉の俳句にも詠まれた山形県山寺にある後藤美術館には、ガレドームの作品が所蔵されており、ガラス好きな私はよく訪れ、アールヌーボーの優雅なガラスの芸術品を眺めていました。

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心のグラス

自分が好きな美しい芸術作品を鑑賞すると、まるで心のグラス『アート』という名のワインを注がれたように、潤いで満たされた気持ちになります。
仕事で忙しい毎日を送っていると、アートと関わることをつい後回しにして機会を失いがちですが、心に余裕がなく殺伐としているときこそ、感動で心を潤し感性を磨く必要があるということを、懐かしさと共に思い出しました。
今回の美術鑑賞で得たインスピレーションを活かし、今後も個性的な感性第一の生き方を楽しんでいこうと思います。