おばあちゃんの教え

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信念と心構え

私の100歳のおばあちゃんは、私が子供の頃からいろんな事柄に対する心構えを、何度も繰り返し言い聞かせて教えてくれました。
ゴールデンウィーク帰郷したときにその教えを久しぶりに聞いたのですが、老齢の為、少しずつ『ボケ』の症状が出てきていても、その教えの内容は常に一貫しているので「人の信念ってすごいなぁ」と思いました。
私は自分が母親になり育児をしていく中で、度々おばあちゃんの教えを娘に言い聞かせ、自分の口から言葉にして発することによって再度噛みしめて心に刻んでいます。
正しい教えというのは子供にだけではなく大人にも必要なのだと思います。

心に響く言葉

おばあちゃんの教えの中でも一番多く耳にしたのは『自分がいくら出来るからといって威張っているような人間は必ず敵が増えて争いになり、自分も痛い目に合うし憎しみも生まれる。例え出来るとしても奢らずに、自分に対して威張ってくる人間がいたら相手にせず「凄いですね、貴方が一番です。とても敵いません。」とやり過ごす賢さを持ちなさい。『能ある鷹は爪隠す』というように、実力がある人間はその力を見せびらかすような真似はしないし、そんな必要もないものだ。馬鹿のフリをして人に頭を下げられる人間ほど、実力と余裕を兼ね備えた賢い人間なんだ。』という教えです。
この教えは、若い頃のとても気が強かった私に何度もブレーキをかけてくれました。
そして最近は、戦闘モードで仕事に猛然と立ち向かっている自分に、戒めとして度々深く響いています。

実力発揮のタイミング

私はその教えに加え、実力は隠すだけではなく、発揮するタイミングを見極めることも大事だと考えています。
『能ある鷹』が爪を隠すのは、狩りを成功させるという『達成すべき目的』があるからだということを忘れてずっと隠し通してしまっては、意味や結果が違ってくるように思います。
私の知り合いには職場に女性の先輩がいて、いつも「私は旦那さんの前ではわざと馬鹿っぽくて何もできない妻を演じているの。いつかイザというときがきたらビシッと賢い姿を見せつけて驚かせるつもりなの。人間はギャップに弱いから、きっと感激して私に惚れ直すはずよ。」と話していたそうです。

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残念な結果

数年後、その女性は離婚することになり、その『いつか驚かせる作戦』は実行されることがないまま、最後までダメな妻として評価され続け、別れ際に「君は何もできない女性だから、これからの人生で苦労が多くて気の毒だと思うけど、頑張って生きて下さい。」と同情されるという、残念な結果に終わってしまったそうです。
「本当は出来るのに見せ場がないまま終わってしまったから、私は未だに彼の中では物凄くダメな女として記憶されてしまっているのよー!」と、一緒に飲む度に嘆いているというその女性を、私の知人も私も不憫に思えてなりません。
やはり実力は発揮してこそのもので、そのタイミングの見極めが重要なのだと思いました。

おばあちゃんの育児方針


おばあちゃんの教えはとても役に立っていますが、一つだけ賛同できないものがあります。
育児方針についてです。
おばあちゃんは『子供は怒るとむくれて離れていってしまうから、いつでも「良い子だ」と褒めて持ち上げて育てる方が良い。』と言い、実際に自分の娘である私の母親のことをいつも褒めて育ててきたとのことでした。
母が結婚してからもずっと母とおばあちゃんは同居しているので、私の母は70年以上ずっと自分の母親に「良い子だ」と褒められ続け、何があっても味方についてもらっている状態です。
仲良し親子で何よりですが、そのせいもあってか私の母には昔から、明らかに自分に非がある場合でもそれを認めて潔く謝らないという困ったところがあります。

私の育児方針

私が育児を始めて間もない頃、おばあちゃんの教えでは『悪いことをしたら正直にちゃんと謝り、反省しなさい。相手の身になって考えられるようになりなさい。』なのに、どうして私の母にはそう教えなかったのかと聞いてみると「何度も繰り返し言い聞かせて教えてきているけど、何で謝れないのかねぇ・・・」と言っていました。
「いやいや、やっぱりそれは、悪いことをしても謝らないのに、叱らないで『良い子だ』と言いながら味方し続けてきたからじゃないでしょうか?」若干食い気味に言いそうになりましたが「今更それを言ったところでね・・・」と思い、何も言いませんでした。
ただ、自分は「良い子だ」と褒めてばかりではなく、ダメなものはダメだと厳しく叱ることもしながら娘を育てていこうと密かに心に決めました

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困った母親

私は人前でもどこでも、娘が何か悪いことをしたらいつもと変わらず厳しく叱るので、娘が小学校低学年ぐらいの頃まではその機会も多く、周りのお母さんたちに『厳しくて怖いお母さん』と思われていました。
実際に娘には厳しくて怖いのでその見方は合っていますし、他人にどう思われても全く気になりませんでしたが、たまに「まだ小さい子供だから・・・」子供が悪いことをしても叱らず「ちゃんと良い子にしてないと、あの怖いお母さんに怒られるよ。」と、私を利用して自分の子供をおとなしくさせようとする母親がいるのには困りました。

教えることの大切さ

私が娘を叱って厳しく躾をするのは我が子を愛しているからこそであって、叱るのが趣味だからでも叱らずにはいられない性格だからでもありません。
子供の躾や教育各家庭の責任下でされるもので、それぞれの方針において保護者よく考えて取り組むのが当たり前のことと思っています。
ルールやマナーが守れている子供「お利口さんだね」と褒められて良くしてもらえ、それが子供自身にとって良い影響になりますが、ルールやマナーが全く教えられていなかったり守れていない子供「なんて子なの!」と嫌がられたり避けられたりし、それは子供自身にとって良い影響にならず、その子供もきっと悲しい気持ちになると思います。
なので、子供にしっかりとマナーやルールを教えるということは、子供自身の為にも保護者がしっかりとしてあげた方が良いことだと思います。

ミッションの丸投げ

小さな子供ルールやマナーを教え、それができるまでにするのは、かなりの時間と労力と忍耐力を要する大変な仕事です。
「まだ小さいから・・・」教えないか、「小さいうちから教えていかないと!」教えるかの選択は、きちんと責任を持って各家庭で決めればいいと思いますが、保護者としてのその大切なミッション丸投げして、どこかの怖そうな他人が都合よく自分の子供を叱って躾けてくれると思うその考え方については、私は全く理解できませんでした。
「あのお母さんに叱られるわよ」と言っている母親たちを見る度に「ご期待し沿えず申し訳ございませんが、わざわざお宅様の為に自分の時間と労力を費やすつもりはないですよ・・・」と、困惑していました。

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親切な行動

おばあちゃんは『情けは人の為ならずといって、いつか自分も人に助けられるのだから、人にはなるべく親切にしてあげなさい。』ともよく言っていました。
私もその考えには賛成で、日頃から親切を心掛けています。
見返りを目的に親切な行いをしている訳ではありませんが、娘が生まれてからは「いつか娘もこんな風に誰かに助けてもらえますように」と願うようになりました。
最近は心身共に逞しいお年寄りが増えていて、電車で席を譲る「私は結構ですから!」強めに断られ「ヒィィィィィッ、余計なことをしてすみませんでしたぁぁぁ。」となることもたまにあり、声を掛けるのもヒヤヒヤしたりしますが、そういったささやかな親切めげずに続けていこうと思います。

心の蓄積

繰り返し言葉で何度も聞かされただけではなく、私は実際におばあちゃんの堅実で誠意ある姿を見ながら育ったので、おばあちゃんの教え自分の中に残っているのだと思います。
『正しいこと』=『守れること』ではないので、おばあちゃんの教えの中には理解はできていても、自分が未熟なせいで実行できずにいたこともありました。
でも、その教えや実際に見せて示してくれた姿心に蓄積されてさえいれば、いつか必要なときに心に響いて自分を助けてくれるものだと思います。
私はおばあちゃんの教えを思い出して自分なりに考えながら、娘にも引き継いでいきたいと思います。

★『おばあちゃん最強伝説』的な記事も、
 よろしければ是非どうぞ(^-^)

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