お気に入りの『格言』


潔い清々しさ

私には、とても印象に残っている『格言』があります。
以前、同じ職場で働いていた年下の女性の言葉です。
所属する課が違うので関わる機会があまりなく、たまにお手洗いで一緒になったときに話すぐらいだったのですが「他人のことを勝手に決めつけてウワサする人って面倒だよね」というような会話をしていたときに彼女が言った「言いたい奴には言わせておけばいい。私の人生に何の影響力もない雑魚の言う事なんて気にする価値もない。」という言葉です。
それを聞いたとき私は「なんて潔くてカッコイイ言葉なんだ!」と感動し、やさぐれ感溢れる単語のチョイスに「雑魚まで言っちゃうー?!」大爆笑しました。
的を射たその言葉を思い出すと、今でも笑ってしまいます。
私は、誰かが私の悪評を流し貶めて嘲笑おうが勝ち誇ろうが、別に私の寿命経済状況も変わる訳じゃないから気にする必要はないし、姑息な人間の相手なんかしてられないという考えで生きており、彼女のその言葉は正に私の思考をズバリ大胆に表現したものでした。
勢いのある口調でバシッと言い切る彼女の姿に力強さと清々しさを感じました。


言及するがゆえに

私は「えっ、それっておかしくない?」と思うことや「だったらこうした方がいいんじゃないの?」と思うことを割とはっきり言及するタイプなので、それに伴ったいろんな経験をしています。
ある職場では「評価基準を個人売上ではなく店の売上とした方が連帯感のある業務で売上が上げられると思います。できれば売上を達成した月はこちらが希望するお店でお食事会を開いて欲しいです。」と提案しました。
個人売上となると顧客の取り合いになってしまう、協力する姿勢に欠けてしまうという残念な現実があったからです。
とても柔軟で理解のある会社だったので提案を受け入れてもらえ、その結果ほとんどの月に売上を達成しては豪華なお食事会を楽しむことができ、私はその会社で評価されました。
ある職場では「利用者数を減らさないようにするには、こちら目線ではなく利用者目線でサービスを変える必要があると思います。」と提案し改善することができたのですが、「あいつ生意気だ」的な感じでとてもわかりやすく膨大な量の仕事を振られ、過酷な状況に追い込まれました。(昭和の人間なので根性でこなしましたが、体力的にキツかったです・・・)
そんな目にあうこともそれなりにあります。


打たれても打たれても

『出る杭は打たれる』という言葉がありますが、その対義語として『義を見てせざるは勇無きなり』という言葉や『出過ぎた杭は打たれない』『出ない杭は朽ちる』という言葉もあります。
私の言葉は『打たれてもまた出るし打たれっぱなしでは終わらない』です。
(いちいち挫けてメソメソしてたら見知らぬ土地でたった独り、ワンオペ育児なんてこなせませんからね★)
目立ちたいからという理由ではなく、やっぱり言うべきことはきちんと言える自分でありたいと思います。
そのせいでトホホな状況(←昭和な死語)に陥っても自己責任なので後悔はしません。
社会の風紀を守る『世直しポリス』を目指している訳ではないので他人のことには干渉しませんが、御縁があって関わった上で余程「それって主旨と違ってませんか?」とか「そのままではマズくないですか?」と思ったことには言及します。
そんな自分だからこそ困っている人を見かけたら躊躇せずに声を掛けられるのだと思うので、都合の良いイエスマン声をあげない人間にはなりたくないです。


行動しないということ

あるとき、国内空港で私はお手洗いの順番待ちの列に並び出入り口付近にいました。
お手洗いの中の方から歩いてきた若い女性が背面に注目を浴びているのを不思議に思い、すれ違ったときにその女性の背面に目を向けると、スカートの後ろ裾がウエストに引っ掛かりショーツが丸見えという恥ずかしい状態になっていました。
それに気づかずにお手洗いから出ていこうとする女性に私は慌てて声を掛け現状を伝えました。
お手洗いの出入り口まで来るには列に並んでいる多くの人たちの前を通りますし、洗面台では立ち止まっているはずなのに、注目だけして誰も声を掛けてあげないという冷たい現実に私は震えました
「目立ちたくないから」なのか「声を掛ける勇気がないから」なのか「他人のことだから関係ない」という考えなのか、いずれにせよ行動しない人間たちによって生み出される残酷さの一例だと思いました。


仲間の定義

また、「誰かにとっての敵はグループ全員の敵」みたいな全員一致主義同調圧力も怖いなと感じます。
人には相性があるので合う相手、合わない相手がいます。
それを仲間意識による「あいつ気に入らないよね!」という同調の押付け「嫌いじゃないけど嫌いと言って合わせておこう」という互助的な感情操作で故意に変えるのは、ある種のマインドコントロールのような気がするからです。
個人意思を操作してまで思考や行動を統一させる必要はないと思いますし、好き嫌いまで同じじゃないとそんなにダメなのでしょうか?
仲間の定義も様々ですが、悪い部分には目を向けず優遇し同調し合う心地良い存在が仲間なのではなく、すべき指摘をし合ってもこじれることのない強い関係性や、異なる思考を尊重し認め合えるのが仲間の定義であって欲しいです。
人間関係で悩んでいる方には、今回ご紹介した私のお気に入りのちょっぴりやさぐれた格言で少しでも強く清々しい気持ちになってもらえたらいいなと思います。
紆余曲折四苦八苦してる50代もなんとか必死に頑張ってますから、皆さんも元気出してくださいねー!

「言いたい奴には言わせておけばいい。私の人生に何の影響力もない雑魚の言う事なんて気にする価値もない。」

※ 声に出す場合は場所とタイミングに注意してくださいね (^_^;)